第15話 「恋人」

 

「あぁ、コマちゃんか」


 治療院に入ってきた少女を見て、僕はそう呟く。

 彼女の名前はコマちゃん。

 初めてこのノホホ村にやってきた時に、僕が最初に治療してあげた女の子だ。

 初めて会った時もそうだったが、何やらコマちゃんは野菜入りのカゴを持っていて、当時のことを思い出させてくれる。

 後に聞いた話だが、どうやらコマちゃんは八百屋を開いているお姉さんのお手伝いをしているらしい。

 その野菜を持ってここに来てくれたようだが、それにはいったいどんな意味が?

 と疑問に思っていると、コマちゃんは出迎えてくれたプランを不思議そうに眺め、やがて首を傾げた。


「お姉さん、誰?」


 当然の質問だと思った。

 プランはつい先日この治療院に入ったばかりなので、そのことを知っている者はいない。

 この治療院を運営しているのは、前と変わらず僕一人だと思っているはずだ。

 だからプランはそうではないとかぶりを振るように自己紹介をした。


「新しくこの治療院でアルバイトをすることになったプランと申しますッス。どうぞよろしくッス、コマちゃん」


「……」


 彼女の紹介を受け、再びコマちゃんは不思議そうな顔をする。

 次いでじろじろ、まじまじと興味津々な様子でプランを観察した。

 そういえば僕が初めて会った時もこんなことされたっけなぁ。

 人知れず感慨深く思っていると、ようやくコマちゃんの観察が終わり、彼女は無垢な笑みを浮かべた。


「な~んだ、ノンお兄さんの彼女じゃないんだ」


「かっ!?」


 唐突な発言にプランは目を見開いて驚愕する。

 そして頬を真っ赤にしながら慌てて返した。


「ち、違いますッスよコマちゃん! アタシがノンさんの彼女だなんておこがましいッス! いやもちろん、嫌というわけではないんスよ! ノンさんがその気ならアタシは全然……」


 チラチラ、ニヤニヤとわかりやすくこちらを窺ってくる。

 ……うぜぇ。

 コマちゃんも冗談のつもりで言っただろうに、真に受けて変な反応すんな。

 そんなプランのことは置いておき、僕は至って普段通りの対応をした。


「それで、今日はどうしたんだコマちゃん? どこか怪我でもしちゃったのか?」


 コマちゃんは笑顔で答える。


「ううん、今日はそうじゃなくてね、お姉ちゃんが作ったお野菜を持ってきたんだ。前にお怪我治してもらったから、そのお礼で持っていきなさいって」


 そう言って彼女は、手に抱えていた野菜入りのカゴを掲げた。

 なるほどと納得した僕は、プランに目配せをして、それを受け取るように指示を出す。

 そして僕の代わりにプランが「おぉ、立派なお野菜ッスね。調理のし甲斐があるッス」と嬉しそうに受け取ったのを確認すると、すかさずコマちゃんにお礼を言った。


「ありがとう、コマちゃん。お姉さんにもお礼言っておいてね」


「うん!」


「あっ、あとそれから、ちょっと右腕上げてみて」


「……?」


 突然の指示にコマちゃんは首を傾げる。

 それでも言った通りに右腕を上げてくれて、僕は見えやすくなった肘の部分に左手をかざした。


「ヒール」


 淡い光が灯り、そこにあった”傷”を治療する。

 それを見たコマちゃんが少し驚いたように反応を示した。


「あれ? さっきちょっとだけ転んじゃったから、その時に怪我しちゃったのかな? 全然気付かなかった」


「帰る時は気を付けてね」


「うん。ありがとう、ノンお兄さん」


「どういたしまして」


 お礼を口にしたコマちゃんに対して、柔らかく微笑む。

 すると彼女は、次いで困ったように眉を寄せた。


「あれでも、またお怪我治してもらっちゃったから、今のお野菜だけじゃ足りないかも」


 不安そうに呟くコマちゃん。

 そんなこと気にしないでいいのに。

 彼女のしょんぼりする姿を見て、すぐに僕はかぶりを振った。


「いいよ別に。こんなにたくさんあるんだから、あと二回くらいはおまけしてあげるよ。だから気にしないで」


「う、うん。ごめんねノンお兄さん」


 それでもコマちゃんはぺこりと頭を下げる。

 その後どうにか説得して、コマちゃんを笑顔で帰すと、僕らは彼女を見届けながら言い合った。


「いい子だったッスね、コマちゃん」


「あぁ、そうだな」


「ところでノンさん、さっきのアタシの発言にはノータッチなんスか?」


「にしても今日はいい天気だなぁ。時間があったら散歩にでも行くか」


「ちょ、ノンさん! わかりやすく無視しないでくださいッス!」


 本日はその後、十二人の怪我を治療して、応急師としての仕事を終えたのだった。




 夕飯時。

 約束通りプランがご飯を作ってくれるということなので、僕はテーブルで待たせてもらっていた。

 キッチンの方から良い香りと、上機嫌なプランの鼻歌が届いてくる。

 すでに掃除や洗濯の技術を見せてもらっているので、僕は別段心配することもなく彼女の背中を眺めていた。

 やがてプランがテーブルまで料理を運んでくる。


「じゃじゃーん! 今日はコマちゃんからもらったお野菜で、野菜の豪華ディナーを作ってみたッスよ!」


「う、おぉ……」


 卓上に並べられた品々を見て、思わず僕は唸りを上げてしまった。

 コマちゃんからもらった野菜たちが、その姿を変えて鮮やかに調理されている。

 色とりどりの景色は見てるだけでも楽しく、香りも食欲をそそってきた。

 唖然とした顔で卓上を見つめていると、いつもの盗賊コスチュームの上にエプロンを付けたプランが、笑顔で促してきた。


「どうぞ召し上がってみてくださいッス」


「お、おう。いただきます」


 フォークを持って、いざ実食。

 僕も長らく勇者パーティーの身の回りの世話をしてきたから、それなりに料理には口うるさいのだが。

 料理を口まで運んでいくと、そんな姑のような気分すら綺麗さっぱり吹き飛ぶほどの衝撃を覚えた。

 

「……う、うまい」


「本当ッスか!?」

 

「うん、やばい」


 子供みたいな感想を口にすると、それでもプランは嬉しそうに目を輝かせた。

 美味い。

 少なくとも僕が作るご飯の数倍は美味しいぞ。

 やはり盗賊の器用さは侮れないな。料理まで作れるとは驚きである。

 驚愕しつつもフォークを持つ手を止めることができず、次々に食べ進めていると、そんな僕を見てプランが満足そうに声を零した。


「盗賊団にいた頃も、よくみんなに頼まれてご飯を作ったりしていたので、ちょっと自信はあったんスよ。えへへ、お口に合ってよかったッス」


 そんな彼女と共に晩飯を食べ進めていき、やがて綺麗に完食をした。

 そしてプランは食器や調理器具の片付けなども行ない、僕はただそれを見守るだけとなった。

 その景色を眺めながら、僕は改めて思う。

 こいつやっぱり、意外に使えるな。

 飯は美味いし洗濯も丁寧だし掃除も早い。

 予想以上に楽ができているぞ。

 これはもしかしたらとんでもないスローライフ要因をつかまえてしまったかもしれないと、僕は密かに嬉しく思ったのだった。

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