第12話 「大団円」

 

 呪騎士との激戦を制した後。

 僕たちは地下迷宮を脱出して、盗賊団のアジトに戻ることにした。

 さすがに二人ともくたくたになっていて、地下迷宮を出るだけでも時間が掛かってしまった。

 おまけに昨日の夜から一睡もしていないので、馬車に乗っている間は揃って小舟を漕いでしまった。

 しかしなんとかアジトまで帰還すると、なんと回復した団長さんに出迎えてもらった。

 プランは嬉しさのあまり泣き崩れ、僕はその景色を寝ぼけまなこでぼんやりと眺めていた。

 これにて死者はゼロ。

 誰も犠牲者を出すことなく、今回の一件は丸く収まったのだった。


「ノンさんって言ったかい? 今回は本当に助かったよ。団長の私からもお礼を言わせてもらう」


 そして僕は、盗賊団の人たちからたくさん感謝された。

 治療費と依頼料ということでかなりの金額を握らされ、ついでに戦いに使ったナイフもプレゼントされた。

 さらにはご飯までご馳走されそうになったけど、さすがにそれは遠慮しておいた。

 正直もうへとへとだし、丸一日治療院を空けてしまったので早めに戻りたい。

 というわけで僕は、再びプランに馬車に乗せてもらい、盗賊団の面々に見送られる形で自宅に帰ることになった。

 

 半日掛けてノホホ村に帰還すると、すっかり真夜中になってしまった。

 たった一日ぶりに眺めた村の景色は、不思議と懐かしい感じがした。

 まあ色々大変だったし、この穏やかさが骨身に染みる。

 ただいまノホホ村。ただいま僕の治療院。

 そしてプランともお別れになった。


「それではノンさん、本当に本当に本当に本当に本当に……ありがとうございましたっ!!!」


「ちょ、おま、うるさいうるさい。いま何時だと思ってんだよ」


 最後まで落ち着いて終わらせてはくれないプランなのだった。




――――――――




「ヒール」

 

 右手に白い光がぽわんと灯る。

 それは目の前の丸椅子に腰掛ける女の子の傷ついた膝を、見る間に癒やしていった。

 少女は治った足をぶらぶら揺らして、嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう、おにいちゃん」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 僕は軽くかぶりを振る。

 すると少女は、さらに嬉しそうに頬を緩めると、椅子から飛び降りて後方へと走り出した。

 次いで、傍らで治療を見守っていた一人の女性の足に抱きつく。

 その女性は娘さんである少女――ユウちゃんの頭をなでなでしながら、呆れ笑いを浮かべて僕に言った。

 

「ありがとうございます、ノンさん。これでもう三回目なのに」

 

「いいですよ全然。これが僕のお仕事ですから」

 

 お礼を言ったユウちゃんママに向けて、僕は先ほどと同じようなかぶりを振ってみせた。

 プランの依頼から、早くも一週間が経過。

 僕は田舎村の治療院で、穏やかなスローライフを満喫していた。

 やっぱりここは落ち着く。

 治療院でこうして、村の人の怪我を治してあげている時が、僕にとっては最高に有意義で静かな時間だ。

 ユウちゃんの治療を終わらせると、今度は彼女を抱っこしたママさんが丸椅子に腰掛けた。

 

「少し前に来たときは、誰もいなくて驚きました」

 

「す、すいません」

 

 おそらく一週間前のことを言っているのだろう。

 すぐにそうとわかった僕は、苦笑を浮かべて謝罪する。

 次いでママさんは抱っこしているユウちゃんの頭を撫でながらさらに続けた。

 

「その日もこの子、村で遊んでいるときに派手に転んでしまって、また治療院にお世話になろうと思ったんです。でも行ってみたら、いつもは開いている時間にやっていなくて、何かあったんじゃないかって二人で心配していたんですよ」


「ほ、本当に申し訳ないです。何も言わずに治療院を空けてしまって。せっかく頼りにしてもらったのに……」


「いえいえ、うちの子がたくさん怪我をしてしまうのがいけないんですよ。大人しい子ではあるんですけど、怪我だけは絶えなくて。まさかノンさんに会いたくてわざと転んでるんじゃないの? って、お父さんに言われちゃうくらいなんですよ」


 くすくすと笑いながらママさんは言う。

 僕に会いたくてわざと、ということなら、確かにそれは嬉しい気もするんだが。

 痛いと思うからなるべく怪我はしないでほしいな。

 それにユウちゃんが転びまくっているのには、確かな理由が存在する。

 子供の時期は体が急激に成長し、身長が高くなったり足も長くなったりするのだ。

 そのせいで歩幅にも変化が出て、成長期の最中はよく転ぶのだと世間的には言われている。

 

 にしても、せっかく頼りにしてもらえたというのに、その時に留守にしていたのが悔やまれるな。

 治癒師としてあるまじき愚行である。

 一応、留守中の札は掛けておいたんだけど、理由を記載していなかったので不思議に思われたのだろう。

 でもなぁ、盗賊の少女から依頼を受けて外出中なんて、正直に書けるはずもないし。

 ましてや今、口頭で伝えるのも躊躇われて、僕は言葉を濁してしまった。

 

「何か用事でもあったのですか?」

 

「え、えぇ。まあ、ちょっとだけ。でももう大丈夫ですよ。これからは黙って治療院を空けることはしませんから」

 

 胸を張ってそう宣言する。

 するとユウちゃんママは安心したように微笑んだ。

 嘘をつくのって心が痛むなぁ。

 そんな僕に追い打ちを掛けるように、彼女はさらに優しい言葉を掛けてくれた。

 

「ノンさんも何か困ったことがあったら、私たちだけではなく、村の人たちにどんどん頼ってくださいね。私たちは治療費以上にノンさんに助けてもらっているのですから」

 

「は、はい。そのときは必ず……」

 

 鈍い反応を返してしまった。

 本当に助けてもらっているのはこっちの方なのに。

 そのあと僕は、ユウちゃんママから治療費を受け取り、ユウちゃんと手を振り合ってお別れをしようとした。

 バイバ~イと手を振っていると、不意にユウちゃんが立ち止まり、僕の方へ戻ってくる。

 なんだろう? と思いながら、眼下から見上げてくるユウちゃんを見ていると、やがて彼女はきょとんと首を傾げた。


「そういえば、おにいちゃん」


「んっ? どうしたのユウちゃん?」


「まほうを使うときの”あれ”、言わなくてよかったの?」


「あっ……」


 そういえば、と僕は思い出す。

 ユウちゃんの怪我を治療する時、魔法詠唱をするのをすっかり忘れていた。

 僕が応急師であることを隠すためにしていたことだったんだけど……

 耳の奥で一人の少女の声を思い出しながら、僕はユウちゃんに返した。


「うん。言わなくてもできるように練習したんだ。これからはすぐに、お怪我治してあげるからね」


「うんっ、ありがとう」


 そう言って今度こそ、ユウちゃんはママさんと一緒に治療院を後にした。

 一つの治療を終わらせた僕は、ぐっと背中を伸ばして体を休める。

 とその時、体のあちこちに痛みを覚えた。

 

「うっ、まだ筋肉痛治んないなぁ」

 

 あのときの疲れがまだ残っているらしい。

 呪いの地下迷宮に入り、呪騎士と激闘を繰り広げた。

 あれから一週間が経ったとはいえ、慣れないことをしたせいだろう。

 今もまだ筋肉痛が続き、これは完治までもう少しかかると予想される。

 正直もう店じまいをして体を休めたいところだが、そういうわけにもいかないしなぁ。

 

 従業員が一人しかいないので、僕が頑張る他ないのだ。

 こういう時にもう二人、せめてもう一人くらいアルバイトでもいれば、負担は軽減されるのに。

 なんて無い物ねだりをしながら、少しでも休憩をとるために僕は椅子に腰掛ける。

 すると不意に、入口の方から……

 コンコン。


「んっ?」


 扉を叩く音が聞こえてきた。

 僕は眉を寄せつつドアに目を向ける。

 今座ったばっかりなんだけどなぁ。

 しかしこの治療院を訪ねてきたということは、相手はお客さん。

 たとえ筋肉痛で全身が軋もうが、出迎えるのが治癒師としての務めである。

 そう思いながら椅子から腰を上げて、僕はドアの方に歩いて行く。


 まさかとは思うけど、またユウちゃんかな?

 治療院を出てからすぐにすっ転んだとか、そういうのじゃないよね? 

 あり得なくもない不安に駆られながら、ドアノブに手を掛けると……

 

「はいはい、どちら様でしょうか?」

 

 なんて言いながら扉を押し開けた。

 僕はその向こうに、あの内気ながらも可愛さいっぱいの黒髪少女の顔を思い浮かべた。

 しかし、そこにいたのは……

 



「お久しぶりッス、ノンさん! 元気にしてましたか!?」



 

「……はっ?」


 白髪。

 童顔。

 小柄な体躯。

 おまけに本人の自覚がないだろう整った顔立ち。

 見間違いでもなければ幻覚でもない。

 一週間前にとんでもない依頼を持ってきた女盗賊プランが、そこにはいた。

 

「な、なんでプランがここにいるんだ?」


 僕は驚愕した表情で呟く。

 まさか、また何か依頼でも持ってきたのか?

 今度はもっと厄介なやつとか?

 という悪い予想にかぶりを振るように、彼女は言った。


「改めてお礼をと思いまして。中に入ってもいいッスか?」


「あっ、うん……どうぞ」


 半ば放心した状態で頷き、プランを治療院の中へと入れる。

 彼女の勢いに流されて、つい中に入れてしまったのが、また何かの依頼を持ってきたのだとしたらかなり失敗だぞ。

 前のように再び泣き出されたら、断れる自信がない。

 なんて警戒しながら丸椅子に腰掛けるプランを見つめて、僕は額に冷や汗を滲ませる。

 すると彼女はそんな僕に笑みを返すと、抱えていた大きな袋をこちらに差し出した。

 

「これ、お土産ッス。どうぞ」

 

「あ、あぁ、ありがとう。って、本当にお礼しに来ただけなのね」

 

「はいッス。ノンさんにはたくさんお世話になったので、日を改めて伺おうと思っていたんスよ」

 

 今一度それを聞き、僕は密かに胸を撫で下ろす。

 よかったぁ。また何か面倒なことでも持ってきたんじゃないかと心配してしまった。

 地下迷宮の時の疲れがまだ残っているというのに、さらに体に鞭を打つようなことにならなくて本当によかった。

 こっそり安堵の息を漏らしていると、さらにプランは続けた。

 

「あとほら、後日談とか近況報告とかも、しておこうかなと思いまして」


「な、なるほどな。じゃあ今お茶淹れてくるから、ちょっとだけ待ってろよ」


「はいッス!」


 彼女の元気な返事を背に受けて、僕はキッチンの方へ向かった。

 手早くお茶を淹れて対面の席に着く。

 二人してずずっとお茶を啜ると、そのタイミングでプランの話が始まった。

 あれから盗賊団のみんなは、呪いで失われた体力もすっかり回復して、元気を取り戻したらしい。

 そして地下迷宮の方も魔物が完全にいなくなったので、周辺は見違えるように穏やかになったようだ。

 本当に綺麗に事件が片付いてよかった。

 

「ま、みんな無事で何よりだな。ちょっとした心残りが解消されたよ。話しに来てくれてありがとな」

 

「い、いえ、別に大したことじゃ。あっ、あとそれからもう一つ、ご報告があるんスけど……」

 

「んっ?」

 

 ご報告? 

 報告なら今聞いただろうに。

 そう疑問に思った僕は、眉を寄せて首を傾げる。

 何やらもじもじと言いづらそうにしている白髪少女を見つめていると、やがて遅まきながら気が付いたことがあった。

 彼女が座っている丸椅子の傍らに、大きな”手荷物”が置いてある。


 なんだ? もう一つの報告って何なんだ?

 いったいその荷物はなんだっていうんだよ?

 言い知れぬ予感を抱きながら、バツが悪そうに座っているプランを見て、僕は恐る恐る問いかけた。

 

「な、なんだよ、もう一つの報告って?」

 

「えぇ~とぉ……そのぉ……あのですねぇ……」

 

 煮え切らない思いを滲ませるプラン。

 やがて彼女は軽い握り拳を作り、それをこつんと頭に当てて答えた。

 



「アタシらの盗賊団、解散することになりましたッス」



 

「…………はっ?」

 

 思わず自分の耳を疑った。

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