第12話 「大団円」

 

 呪騎士との激戦を制した後。

 僕とプランはすぐにその場を立ち去りはせず、しばし魔物の絨毯をじっと眺めていた。

 呪騎士のせいで寄り道が多くなってしまったが、ここからが本当の目的を果たす時である。

 プランが出会ったという女の子のペンダントを、地下迷宮から持ち帰らなければならない。

 でも……


「こん中から探すのはさすがに骨が折れるな」


 僕は頭を掻きながら困ったように眉を寄せる。

 魔物の死骸でできた絨毯。

 おそらくこの中に女の子のペンダントがあると思われるのだが、一匹一匹調べていくのはさすがにきついぞ。

 ていうかあんまり触りたくもない。

 どうしたものかなと人知れず頭を抱えていると、不意に隣から自信に満ちた声が聞こえてきた。

 

「ふふ~ん……」


「えっ、なに? なんで急にそんな得意げになってんの?」


「ここはアタシの出番ッスね! ノンさんばっかりに良い格好はさせてられないッスよ!」


「……?」


 突然そう言ったプランは、なぜか腰に手を当てて慎ましい胸を張った。

 自信に満ち溢れている様子だ。

 その姿を訝しい目で見つめていると、やがて彼女は広間の臭いを嗅ぐように鼻を鳴らし始める。

 すんすん、すんすん。

 

 しばし犬のように鼻を利かせながら部屋を徘徊し、そしてプランは隅っこの方で足を止めた。

 次いでそこに転がっている魔物の死骸に手を伸ばすと、すかさず何かを掴みあげる。

 きらっと光るそれは、なんとペンダントだった。


「ほら、見~つけた!」


「はやっ!?」


「アタシの感知スキルは敵や罠の他に、お宝の匂いも嗅ぎ取ることができるッス。さらには感じた度合いによって、敵の強さやお宝の希少さも判別できるんスよ。さっきの呪騎士の核もこの感知スキルで見つけたんス」


「な、なるほどな。だからあんなに早く弱点を見つけられたのか」


 先刻の光景を思い出して思わず頷く。

 盗賊スキル、なかなかに侮れないな。

 地下迷宮や戦闘以外でも、家の中で物を失くしてもすぐに見つけることができるではないか。

 

 あれっ? でもちょっと待てよ。

 スキルで見つけたのなら、臭いを嗅ぐ必要はなかったのでは?

 あの犬のモノマネにはいったい何の意味が……?

 確か最初に地下迷宮に入った時も、同じようなことしてたと思うけど……まあ、別にいいか。


「とにかくこれで、依頼完了ってわけだな」


「はいッス。ここまで付き合っていただいて、本当にありがとうございました」


 改まった様子でお礼を口にするプラン。

 彼女はぺこりと白髪の頭を下げて、感謝の意を表した。

 それに対して僕は、いえいえと軽くかぶりを振る。

 初めは面倒事に巻き込まれてうんざりしてしまったが、終わってみれば何かと気分がいいし、何よりいい運動になった。

 だからこちらこそ盗賊団の手助けをさせてもらってありがとうと言いたい。

 

 でもまあ今後は、治療以外の依頼は絶対に受け付けないけど。

 やっぱり戦いや面倒事はもうこりごりだ。

 今回の戦いを経て、一層その思いが強くなった。

 僕は田舎村で細々と治療院を開いている方が性に合っている。

 

 というわけで早々と帰ろうとすると、不意にプランがちょんちょんと腕をつついてきた。

 僕は何事かと思って振り向く。

 すると彼女は無邪気な笑みを浮かべて、意味ありげに左手を上げていた。

 すぐにその意味を察した僕は、同じようにして右手を掲げる。

 

 そしてパンッと手を打ち合わせると、僕らは互いの健闘を称え合ったのだった。




 戦いは終わった。

 地下迷宮を脱出した僕たちは、外で待っていた盗賊団の皆と合流を果たした。

 そして団長さんの無事を確認すると、僕はすぐに回復魔法を掛けてあげた。

 これにて死者はゼロ。

 僕らは誰も失わずに、今回の一件を丸く収めることができたのである。

 

 それからプランが持ち帰ってきたペンダントを皆に見せると、彼女たちは泣きながら依頼達成を喜び合った。

 それを傍から見ていた僕も、つい目頭を熱くさせてしまったものだ。

 その後、さっそく女の子にペンダントを返しに行くことになった。

 僕はいいですと遠慮したのだが、ペンダント回収に貢献したとして、プランに手を引かれるという形でついて行くことになった。

 すぐ近くの村に到着し、例の女の子と対面する。

 

「もう失くしちゃダメッスよ」


 プランが優しく微笑んでペンダントを渡すと、女の子はまるで生き返ったかのように笑顔を咲かせた。

 そして盗賊団を一望し、ぺこりと頭を下げる。


「ありがとう、お姉ちゃんたち」


 次いで僕にも視線を向けて、笑みを見せてくれた。


「それとお兄ちゃんも」


「……」

 

 その後、僕たちは女の子からたくさんのお礼を言ってもらい、彼女のもとを立ち去った。

 これにて正義の盗賊団の仕事は終了である。

 キリもいいところだったので、そのタイミングで僕もお暇させてもらおうかと思った。

 正直もうへとへとだし、丸一日治療院を空けてしまったので早めに戻りたい。

 

 そう言うと、すかさず盗賊団の面々から感謝の言葉を連射され、果ては宝石まで差し出されてしまった。

 今回の件のお礼だそうだ。

 僕に持って帰ってほしいようだったが、しかし僕は人数分の治療費を受け取るだけで遠慮しておいた。

 僕は冒険者でもなければ盗賊でもない、ただの治癒師だから。

 それに宝石なんて持っていても価値なんてわかんないし。

 

 というわけでそんなこんなあり、ようやく僕は治療院に帰ることになった。

 帰りは盗賊団の馬車に乗せてもらい、ノホホ村の近くで降ろしてもらった。

 たった一日ぶりに眺めた村の景色は、不思議と懐かしい感じがした。

 ただいま、僕の治療院。

 

 そしてプランの依頼から、早くも一週間が経過。

 僕は田舎村の治療院で、穏やかなスローライフを満喫していた。




――――――――




「ヒール」

 

 右手に白い光がぽわんと灯る。

 それは目の前の丸椅子に腰掛ける女の子の傷ついた膝を、見る間に癒やしていった。

 少女は治った足をぶらぶら揺らして、嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう、おにいちゃん」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 僕は軽くかぶりを振る。

 すると少女は、さらに嬉しそうに頬を緩めると、椅子から飛び降りて後方へと走り出した。

 次いで、傍らで治療を見守っていた一人の女性の足に抱きつく。

 その女性は娘さんである少女――ユウちゃんの頭をなでなでしながら、呆れ笑いを浮かべて僕に言った。

 

「ありがとうございます、ノンさん。これでもう三回目なのに」

 

「いいですよ全然。これが僕のお仕事ですから」

 

 お礼を言ったユウちゃんママに向けて、僕は先ほどと同じようなかぶりを振ってみせた。

 本日も治療院は絶賛営業中。

 僕はユウちゃんの怪我を治し、治癒師としての役目を果たしていた。

 やっぱりここは落ち着く。

 治療院でこうして、村の人の怪我を治してあげている時が、僕にとっては最高に有意義で穏やかな時間だ。

 

 ユウちゃんの治療を終わらせると、今度は彼女を抱っこしたママさんが丸椅子に腰掛けた。

 

「少し前に来たときは、誰もいなくて驚きました」

 

「す、すいません」

 

 おそらく一週間前のことを言っているのだろう。

 すぐにそうとわかった僕は、苦笑を浮かべて謝罪する。

 次いでママさんは抱っこしているユウちゃんの頭を撫でながらさらに続けた。

 

「その日もこの子、村で遊んでいるときに派手に転んでしまって、また治療院にお世話になろうと思ったんです。でも行ってみたら、いつもは開いている時間にやっていなくて、何かあったんじゃないかって二人で心配していたんですよ」


「ほ、本当に申し訳ないです。何も言わずに治療院を空けてしまって。せっかく頼りにしてもらったのに……」


「いえいえ、うちの子がたくさん怪我をしてしまうのがいけないんですよ。大人しい子ではあるんですけど、怪我だけは絶えなくて、まさかノンさんに会いたくてわざと転んでるんじゃないの? って、お父さんに言われちゃうくらいなんですよ」


 くすくすと笑いながらママさんは言う。

 僕に会いたくてわざと、ということなら、確かにそれは嬉しい気もするんだが。

 痛いと思うからなるべく怪我はしないでほしいな。

 それにユウちゃんが転びまくっているのには、確かな理由が存在する。

 子供の時期は体が急激に成長し、身長が高くなったり足も長くなったりするのだ。

 そのせいで歩幅にも変化が出て、成長期の最中はよく転ぶのだと世間的には言われているので、おそらくそのせいではないだろうか。

 

 にしても、せっかく頼りにしてもらえたというのに、その時に留守にしていたのが悔やまれるな。

 治癒師としてあるまじき愚行である。

 一応、留守中の札は掛けておいたんだけど、理由を記載していなかったので不思議に思われたのだろう。

 でもなぁ、盗賊の少女から依頼を受けて外出中なんて、正直に書けるはずもないし。

 ましてや今、口頭で伝えるのも躊躇われて、僕は言葉を濁してしまった。

 

「何か用事でもあったのですか?」

 

「え、えぇ。まあ、ちょっとだけ。でももう大丈夫ですよ。これからは黙って治療院を空けることはしませんから」

 

 胸を張ってそう宣言する。

 するとユウちゃんママは安心したように微笑んだ。

 嘘をつくのって心が痛むなぁ。

 そんな僕に追い打ちを掛けるように、彼女はさらに優しい言葉を掛けてくれた。

 

「ノンさんも何か困ったことがあったら、私たちだけではなく、村の人たちにどんどん頼ってくださいね。私たちは治療費以上にノンさんに助けてもらっているのですから」

 

「は、はい。そのときは必ず……」

 

 鈍い反応を返してしまった。

 本当に助けてもらっているのはこっちの方なのに。

 その後僕は、ユウちゃんママから治療費を受け取り、ユウちゃんと手を振り合ってお別れをしようとした。

 バイバ~イと手を振っていると、不意にユウちゃんが立ち止まり、僕の方へ戻ってくる。

 なんだろう? と思いながら、眼下から見上げてくるユウちゃんを見ていると、やがて彼女はきょとんと首を傾げた。


「そういえば、おにいちゃん」


「んっ? どうしたのユウちゃん?」


「まほうを使うときの”あれ”、言わなくてよかったの?」


「あっ……」


 そういえば、と僕は思い出す。

 ユウちゃんの怪我を治療する時、魔法詠唱をするのをすっかり忘れていた。

 僕が応急師であることを隠すためにしていたことだったんだけど……

 耳の奥で一人の少女の声を思い出しながら、僕はユウちゃんに返した。


「うん。言わなくてもできるように練習したんだ。これからはすぐに、お怪我治してあげるからね」


「うんっ、ありがとう」


 そう言って今度こそ、ユウちゃんはママさんと一緒に治療院を後にする。

 彼女たちの背中が見えなくなるまでお見送りすると、僕は治療院の中へと戻った。

 一つの治療を終わらせてぐっと背中を伸ばし、僕は体のあちこちに痛みを覚える。

 

「うっ、まだ筋肉痛治んないなぁ」

 

 あのときの疲れがまだ残っているらしい。

 呪いの地下迷宮に入り、呪騎士と激闘を繰り広げた。

 あれから一週間が経ったとはいえ、慣れないことをしたせいだろう。

 今もまだ筋肉痛が続き、これは完治までもう少しかかると予想される。

 正直もう店じまいをして体を休めたいところだが、そういうわけにもいかないしなぁ。

 

 従業員が一人しかいないので、僕が頑張る他ないのだ。

 こういう時にもう二人、せめてもう一人くらいアルバイトでもいれば、負担は軽減されるのに。

 なんて無い物ねだりをしながら、少しでも休憩をとるために僕は椅子に腰掛ける。

 すると不意に、入口の方から……

 

 コンコン。


「んっ?」


 扉を叩く音が聞こえてきた。

 僕は眉を寄せつつドアに目を向ける。

 今座ったばっかりなんだけどなぁ。

 

 しかしこの治療院を訪ねてきたということは、相手はお客さん。

 たとえ筋肉痛で全身が軋もうが、出迎えるのが治癒師としての務めだ。

 そう思いながら椅子から腰を上げて、僕はドアの方に歩いて行く。

 まさかとは思うけど、またユウちゃんかな?

 治療院を出てからすぐにすっ転んだとか、そういうのじゃないよね?

 

 あり得なくもない不安に駆られながら、ドアノブに手を掛けると……

 

「はいはい、どちら様でしょうか?」

 

 なんて言いながら扉を押し開けた。

 僕はその向こうに、あの内気ながらも可愛さいっぱいの黒髪少女の顔を思い浮かべる。

 しかし、そこにいたのは……

 



「お久しぶりッス、ノンさん! 元気にしてましたか!?」



 

「えっ……」


 白髪。

 童顔。

 小柄な体躯。

 おまけに本人の自覚がないだろう整った顔立ち。

 見間違いでもなければ幻覚でもない。

 

 一週間前にとんでもない依頼を持ってきた盗賊プランが、そこにはいた。

 

「な、なんでプランがここにいるんだ?」


 僕は驚愕した表情で呟く。

 まさか、また何か依頼でも持ってきたのか?

 今度は地下迷宮ではなく、危険な魔大陸について来てほしいとか?

 という悪い予想にかぶりを振るように、彼女は言った。


「改めてお礼をと思いまして。中に入ってもいいッスか?」


「あっ、うん……どうぞ」


 半ば放心した状態で頷き、プランを治療院の中へと入れる。

 彼女の勢いに流されて、つい中に入れてしまったのが、また何かの依頼を持ってきたのだとしたらかなり失敗だぞ。

 前のように再び涙を見せられたら、断れる自信がない。

 なんて警戒しながら丸椅子に腰掛けるプランを見つめて、僕は額に冷や汗を滲ませる。

 すると彼女はそんな僕に笑みを返すと、抱えていた大きな袋をこちらに差し出した。

 

「これ、お土産ッス。どうぞ」

 

「あ、あぁ、ありがとう。って、本当にお礼しに来ただけなのか」

 

「はいッス。ノンさんにはたくさんお世話になったので、日を改めて伺おうと思っていたんスよ」

 

 今一度それを聞き、僕は密かに胸を撫で下ろす。

 よかったぁ。また何か面倒なことでも持ってきたんじゃないかと心配してしまった。

 地下迷宮の時の疲れがまだ残っているというのに、さらに体に鞭を打つようなことにならなくて本当によかった。

 こっそり安堵の息を漏らしていると、さらにプランは続けた。

 

「あとほら、後日談とか近況報告とかも、しておこうかなと思いまして」


「な、なるほどな。じゃあ今お茶淹れてくるから、ちょっとだけ待ってろよ」


「はいッス!」


 彼女の元気な返事を背に受けて、僕はキッチンの方へ向かった。

 手早くお茶を淹れて対面の席に着く。

 二人してずずっとお茶を啜ると、そのタイミングでプランの話が始まった。

 

 あれから盗賊団のみんなは、しばし盗みの依頼も断り、ゆっくりと体を休めることにしたそうだ。

 そして今では呪いで失われた体力もすっかり回復し、元気を取り戻したらしい。

 何事もなくて本当によかったと思う。

 それからどうやらあの地下迷宮にも、事件後に何度か立ち入り、様子を見に行っているらしい。

 新しく魔物が住み着いてないか、人が誤って入り込んでいないか。

 

 今ではすっかり彼女たちが地下迷宮の管理をしているらしく、以前のような事件が再発する恐れはないとのことだ。

 以上のことを聞いて、僕は静かに頬を緩めた。

 

「みんな無事で何よりだな。地下迷宮の方も盗賊団の人たちに任せておけば大丈夫そうだし、ちょっとした心残りが解消されたよ。話しに来てくれてありがとな」

 

「い、いえ、別に大したことじゃ。あっ、あとそれからもう一つ、ご報告があるんスけど……」

 

「んっ?」

 

 ご報告? 

 報告なら今聞いただろうに。

 そう疑問に思った僕は、眉を寄せて首を傾げる。

 何やらもじもじと言いづらそうにしている白髪少女を見つめていると、やがて遅まきながら気が付いたことがあった。

 彼女が座っている丸椅子の傍らに、大きな”手荷物”が置いてある。


 なんだ? もう一つの報告って何なんだ?

 いったいその荷物はなんだっていうんだよ?

 言い知れぬ予感を抱きながら、バツが悪そうに座っているプランを見て、僕は恐る恐る問いかけた。

 

「な、なんだよ、もう一つの報告って?」

 

「えぇ~とぉ……そのぉ……あのですねぇ……」

 

 煮え切らない思いを滲ませるプラン。

 やがて彼女は頭の後ろまで手を持っていき、苦笑を浮かべながら情けなさそうに答えた。

 

「アタシ、盗賊団を追い出されちゃったッス」

 

「…………はっ?」

 

 思わず自分の耳を疑った。

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