第11話 「回復役が戦えないなんて誰が決めた」

 

 魔王軍と戦いを続ける勇者マリン。

 そのパーティーで回復役を務めていた僕は、いつも勇者たちの背中を後ろから眺めていた。

 凶悪な魔物たちに勇敢に立ち向かっていき、自分より大きな相手にも臆さず剣や杖を向ける。

 その姿に憧れなかったかと言えば、当然憧れたに決まっている。

 これでも僕は男なんだから。


 でも僕は、彼女たちのように強くはない。

 凶悪な魔物に勇敢に立ち向かうこともできないし、自分より大きな相手を見たら怖くて震え上がってしまう。

 それだけじゃなく、普通に町を歩いている時だって、僕はとても弱々しかった。

 前を見れば『勇者』。右を向いても『剣聖』。左に目を逸らしても『賢者』。

 そんなパーティーで長い間回復役として務めていたら、嫌でも”劣等感”を覚えることになる。


 本当に僕はここにいてもいいのだろうか。

 もしかしたら邪魔になっているんじゃないか。

 もっと相応しい回復役が他にいるんじゃないのか。

 パーティーメンバーとの力のギャップに、僕は長らく頭を悩ませ続けていた。

 だから僕は、考えることにした。


 マリンたちと肩を並べて戦うにはどうしたらよいかを。


 勇者と一緒に戦いたい。

 剣聖と同じように魔物を片っ端から倒していきたい。

 賢者のように誰にも真似できない強力な魔法を使ってみたい。

 勇者パーティーの一員として、彼女たちに追いつきたい!

 でもそんなこと簡単にはできないから、とにかく考えて、僕なりに強くなる方法を模索することにした。

 その結果、まず最初に僕が練習したことは……


「よっ……と!」


 攻撃を避けること。

 避けて、躱して、受け流して、とにかく敵の攻撃を回避することを先に覚えた。

 回復役である僕は、誰よりも死ぬことを許されていないから。

 もし僕が倒れたら、マリンたちの怪我を治す人がいなくなってしまう。

 それはつまり勇者を死なせることと同義であり、最悪のその展開だけは避けるべく、とにかく僕は攻撃を回避する技術を高め続けた。


「ギギッ!」


 壊れたおもちゃのような叫びを上げて、呪騎士が長剣を振り下ろしてくる。

 僕はそれを横にステップして躱し、続く二撃目の水平斬りも危なげなく回避した。

 これくらいの攻撃ならば、直撃する心配はない。

 勇者パーティーにいた時は、もっと速くて重い攻撃を連日受け続けていたのだから。

 しかしまあ、多少のブランクがあるせいで、少しばかり足をすくわれることもあるだろう。

 気が付けば僕は、デコボコの地面に足をとられ、呪騎士の剣を完全に避けることができなかった。


「ぐっ――!」


 真っ黒な長剣が僕の右腕を掠めていく。

 すかさず後方へ飛び退り、右腕の痛みに思わず顔をしかめた。


「いっつつ、効くなぁ。でも……」


 僕はナイフを持っていない左手を構えて、一言だけ唱える。


「ヒール」


 するとその手に、ぽわんと淡い光が灯った。

 それを傷口にかざすと、瞬く間に奴に付けられた刀傷が完治してしまう。

 無詠唱で発動させた回復魔法のヒール。

 そう、致命傷さえ受けなければ、僕はすぐに立ち上がることができる。

 素早い回復魔法による自己回復こそ、僕の強みであり、応急師である僕だけの特権だ。


 だから真っ先に回避技術を高めて、同時に生存確率を大幅に上昇させた。

 これで勇者たちと一緒に、戦場にて戦い続けることができる。

 次に僕が学んだのは、ナイフの使い方。


「次はこっちの番だ呪騎士」


 戦闘職ではない僕は、筋力も人並みでろくな武器を扱うことができなかった。

 使えたとしても、誰でも振り回すことができるナイフくらいである。

 だから僕はナイフを持ち、日々時間を見つけては弱い魔物や木々を相手に練習を重ねてきた。


「せ……やぁ!」


 ナイフを強く握った僕は、走った勢いを刃に乗せて呪騎士に突き出した。

 すると奴は左手に持った盾を構えて、防御の姿勢に入る。

 このまま突きこめばナイフが折れる。そう危惧した僕は呪騎士の直前で減速し、すかさず地面を横に蹴った。

 盾でできた死角に潜り込むように、奴の左脇に飛び込む。

 そして視界から外れたことを確認した僕は、右手のナイフを左手に持ち替えた。

 逆手持ちで握り、奴の左腕の関節部分を斬りつける。


「グガァァァ!」


 思い通りに刃が通って、そこから血しぶきのように黒いもやが噴き出した。

 他の部位は甲冑に守られていて、逆にナイフが折られる危険があるが、関節部分は比較的に柔らかい。

 そこを深く傷つけたおかげで、奴は盾を取り落とした。

 チャンスッ! と思った僕は、その隙を逃さずに左足を振り上げる。

 

「よっこい……せっ!」


 体を右回りに回転させて、振り上げた足で相手の腹部を強打する。

『武闘家』や『拳闘士』には遠く及ばないだろうが、体術もそれなりには向上させた。

 その甲斐あってか、蹴りを受けた呪騎士は、糸を失った操り人形のように大きく後ろまで吹っ飛んでいった。


「う……そ……」


 後方からプランの掠れた声が聞こえてくる。

 田舎村で細々と治療院を開いているただの治癒師が、ナイフ一本で恐ろしい魔物を圧倒していたら、驚くのも無理はない。

 ただでさえ僕は細身だし、勇者パーティーにいたと言ってもその役目は回復役だったのだから。

 でも……

 

 回復役が戦えないなんて誰が決めた。

 

 端っこの方で仲間たちの傷を待つだけではあったものの、何も魔物と戦う機会がなかったわけではない。

 むしろ敵からはよく狙われていた。だって回復役だから。

 ゆえに僕は最低限、自分の身は自分で守れるくらいには強くなったつもりだ。

 端っこの方で英雄たちの勇姿を眺めているだけなんて、そんなの耐えられるはずもない。

 勇者パーティーで回復役をして、彼女たちに追いつきたいと思ったからこそ、僕はここまで強くなることができたのだ。


「ふぅ~、終わったぁ」


 吹き飛ばした呪騎士が立ち上がってこないことを確認し、僕は一息つく。

 軽い運動をした後のように額の汗を拭うと、その姿を見ていたプランが震えながら声を掛けてきた。


「ノ、ノンさん……」


「……?」


「ノンさん……全然戦えるじゃないッスか!? ていうかめちゃくちゃ強いじゃないッスか!?」


「いや、誰も戦えないとは言ってないだろ」


 それにこの程度で強いって言うなら、勇者パーティーの連中はどうなるんだよ。

 相変わらずのプランの様子に、僕は呆れた顔でため息をついた。

 そもそも戦えなきゃ地下迷宮に来ようなんて考えないだろ。

 それに今回は相手が一人だったからよかったものの、複数いたらさすがに僕だって尻尾を巻いて逃げている。

 おまけにしばらくのブランクがあるため、動くとすぐ息切れしたり筋肉痛になったりするのだ。

 こりゃ明日は筋肉痛で動けないかなぁ、なんて思いながら、気を緩めたその瞬間――


「んっ?」


 ふと視界の端に、黒い影が動くのを見た気がした。

 何事かと思って振り向く。

 刹那――


「ぐっ!」


 左肩から右腰に掛けて、焼けつくような”激痛”が走った。

 目の前で鮮血が散る。

 そしてその奥では、長剣を振り抜いた体勢で止まる呪騎士が見えた。


「ノンさん!」


 気が付けば僕は、先刻の奴と同様、迷宮の地面に倒れていた。

 胸が焼けるように痛む。

 反対に冷たい感触が背中に伝ってくる。

 それらの不快な感覚にとらわれていると、プランが慌てて駆け寄ってくるのが見えた。


「ノンさん! しっかりしてくださいッス! ノンさん!」


 膝をつき、顔を近づけて懸命に呼びかけてくる。

 それを呆然と眺めていると、プランは目に涙を浮かべて声を震わせた。


「ご、ごめんなさいッス。アタシが無理に連れてこなければ、こんなことには……」


 別に無理に連れてこられた覚えはないのに、プランは執拗に謝罪をしてくる。

 そして彼女は、改めて僕の胸元の傷を見て、深く後悔するように叫びを上げた。


「ア、アタシ……なんて謝ったらいいか!」


「ちょ、おま、耳元でキンキンうるさい」


「…………えっ?」


 プランの声を遮ると、僕は右手を胸にかざして短く呟いた。


「ヒール」


 瞬間、右手に淡い光が灯る。

 それは瞬く間に胸の傷を完治させ、痛みを取り払ってくれた。

 そして僕は「よっこいせ」と言って立ち上がり、何事もなかったかのように言う。


「あぁ、痛かったぁ。今のはさすがにちょっとびっくりしたな」


「ノ、ノン……さん?」


 目を丸くして驚愕するプラン。

 彼女はまるで墓場から蘇ったアンデッドを目の当たりにしたような顔で固まっていた。

 そこまで深い傷ではなかったと思うんだけど、もしかして死ぬとか思われてたのかな。

 よくよく見ればお気に入りの白衣コートには大量の血が付いていて、確かにこれだと助からないとか思われそう。

 けど僕には素早い回復魔法があるんだから、別に心配する必要はないのに。

 と思っていると、すっかり涙が引っ込んだプランが呆然と問いかけてきた。


「い、今の食らって平気なんスか?」


「あぁ。勇者パーティーにいた頃なんか、同じような怪我とかしょっちゅうしてたからな。痛みにも少しは慣れてるつもりだし、別に何も問題はないよ。まあ、痛いことには痛いし、あれ以上深かったらちょっとやばいけど」


「マ、マジッスか」


 驚きのあまり、プランは力なく地面にへたり込んでしまう。

 そんな彼女と同じく驚愕しているのか、呪騎士も呆然とした様子で立ち尽くしていた。

 傍から見たら相当ひどい有様だったんだろうな。

 ていうかそんなことよりも、呪騎士が何事もなかったかのように復活していることの方が驚きなんだが。

 よくよく見れば奴は、最初に付けた首元の傷も、次に付けた左腕の傷も消えており、完全回復を果たしていた。

 何かカラクリがあるな。

 そう直感した僕は、唐突にプランに言う。


「ところでプラン、ちょっと頼みがあるんだけど」


「えっ? な、なんスか?」


「あいつの”弱点”とか探せない?」


「じゃ、弱点?」


 彼女は深く眉を寄せて疑問符を浮かべる。

 僕の経験則では、こういった自己再生ができる魔物たちには、何かしらの”弱点”が隠されたりしているのだ。

 当然それは簡単に見つかる場所にはなく、長時間の戦闘によってようやく発見されるものなのだが。

 僕らには今その時間がない。

 だから『大盗賊』であらせられるプラン氏に、敵の弱点を素早く見つけてもらおうと考えた。


「確か『観察』スキルには、魔物の弱点を見抜く効果もあるって言ってただろ。だからそれ使って、あいつの弱点とか探してくれないか?」


「そ、そういうことッスか。了解ッス。一応試してみますッス!」


「よし、頼んだぞプラン」


 期待通りの返答を受けて、僕はプランに微笑みを返した。

 そして二人して行動に移る。

 プランが呪騎士の弱点を見つけてくれるまで、僕が奴の注意を引き付けるんだ。

 そう意気込んで左手のナイフを右手に持ち替えると、それを握りしめて呪騎士のもとまで走り出した。

 

 こちらの接近に感応し、すかさず奴はいつの間にか拾い上げていた盾を構える。

 それを右手のナイフではなく、右足で押すように蹴りつけると、呪騎士の体が大きくぐらついた。

 構えられた盾が後方へと押し退けられる。

 がら空きになった奴の首元を見て、僕はすぐさまナイフを突き入れた。

 すると思いのほか刀身が深く沈み込み、大量の黒い霧が血しぶきのように舞う。

 やがて呪騎士はダメージを負ったように後ずさると、首を押さえて地に膝をついてしまった。

 

 まさかこれで終わりか? とも期待したのだが、すぐに奴の傷に変化が現れた。

 溢れた黒いもやが、呪騎士の首元に集まっていく。

 すると瞬く間に傷口が塞がってしまい、奴はすぐに立ち上がってきた。

 これが自己再生。

 このままいくらあいつを攻撃したところで、おそらくまた復活されてしまうだろう。

 そうとわかって密かに辟易したため息をつくと、不意に遠方から少女の声が上がった。


「わかったッスよノンさん!」


「――ッ!?」


「呪騎士の胸元に、体を形作っている”核”があるッス! それを破壊すれば……」


「了解!」


 最後まで聞くことなく、僕はプランの言わんとしていることを悟って駆け出した。

 狙いは胸元。

 そこを睨むように鋭く目を細めると、呪騎士が迎撃の構えをとった。

 黒剣を右肩に担ぐように振り上げる。

 それに対して僕は臆することなく接近し、密かに左手を開いた。


「ヒール」


 事前に回復魔法の光を灯しておく。

 瞬間、呪騎士が全力で剣を振り下ろし、僕の体に深い刀傷を刻み込んだ。

 常人ならば即効で気を失っているほどの深手。下手をしたらショックで死んでいてもおかしくない。

 しかし僕は痛みに慣れているおかげで意識を保つことができ、すかさず左手を傷口にかざした。

 すると見る間に刀傷が塞がってしまう。

 素早い回復魔法を用いた無茶な特攻。

 攻撃を受けることを前提とした、あまり褒められるようなものではない戦法だ。

 勇者パーティーにいた頃はよくこの戦法を使い、マリンたちとの戦力差を頑張って埋めようとしてたな。

 その甲斐あってか、呪騎士は剣を振り下ろしたばかりで無防備になっており、弱点である胸元を僕の前に晒していた。

 僕はにやりと頬を緩める。

 

「これで終わりだ呪騎士!」


 右手のナイフを順手持ちで握りしめて、がら空きになっている胸元に全力で刃を突き入れた。


「はあぁぁぁぁぁ!!!」


 ズガッ! と甲冑を貫いて胸元にナイフが沈みこむ。

 刃が折れる心配があったが、アジトで拝借したナイフは想像以上の切れ味を見せてくれた。

 そして力強く奥まで押し込むと、やがて刃先が硬い何かとぶつかった。

 その瞬間、呪騎士の体がピタリと止まり、全身から黒い煙がドバッと流れ出てきた。

 なんか穴を開けた風船みたいだな。

 

 しばらく経つと、呪騎士は魂が抜けたように崩れ落ち、体もバラバラになってしまった。

 地下迷宮の大部屋が、一時の静寂に包まれる。

 僕はナイフを突き出した体勢からおもむろに手を引っ込めて、いまだに警戒するように周囲を見渡した。

 まだ何かあるのではないかと、一抹の不安が胸中に残っている。

 しかしそれは杞憂に過ぎなかったようで、迷宮内部に充満していた呪いの霧も、空気に溶けるようにしてすぅっとなくなってしまった。

 どうやら無事に呪騎士を倒せたみたいだ。


「はぁ~、やっと終わったぁ」


 僕は辟易したように長いため息を漏らす。

 久しぶりに魔物と戦ったし、すっかりくたくたになってしまった。

 明日は絶対に疲れ果てて動けなくなっているだろうな。

 にしても、どうしてこのマルマル大陸にあんな危ない魔物がいたのだろう?

 その疑問は結局わからずじまいだ。

 

 まあ別にいいかとあっさりと割り切り、僕はぐっと背中を伸ばした。

 今はとにかくゆっくり休みたい。

 という願いは叶わず、突然何者かが僕に抱きついてきた。


「やったッスやったッス! ノンさんが勝ったッス!」


「ちょ、おい、急に抱きついてくんな」


 嬉しさのあまり目に涙を浮かべているプランだ。

 彼女は僕の背中まで手を回し、胸に顔を埋めるようにして体を密着させてきた。

 そこ、さっきまで怪我してたところだからやめてほしいんだけどなぁ。

 という文句を言うより先に、プランが間近から顔を見上げてきた。


「こ、これで、団長さんの呪いは解けたんスよね」


「うん、たぶんな。結構ぎりぎりになっちゃったと思うから、早く戻って様子を見に行ってみようぜ。ていうか、僕はもうくたくただ」


 まあ何はともあれ、これで依頼は完全に達成された。 

 ようやく憩いの治療院に帰ることができる。

 さっさとこいつからも解放されて、田舎村でゆっくりしたい。

 そう思っていると、不意にプランが嬉しそうに笑顔を咲かせた。


「や、やっぱり……」


「……?」


「やっぱり、ノンさんに助っ人を頼んで大正解だったッス!」


 こちらとしては依頼を受けて大失敗だったと返したいところではあったが……

 そんな顔で笑われてしまっては、僕も笑顔で応えるしかなかった。

 ……さあ、帰ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る