第10話 「隠された実力」
団長さんの呪いを解くため、地下迷宮に向かった僕とプラン。
どうやら例の地下迷宮は、アジトからおよそ半日で到着する場所にあるようだ。
距離で言えば、ノホホ村と同じくらい離れているらしい。
しかし急ぎ足で向かうことによって、予定していた時間の半分で辿り着くことができた。
これはプランが腕を見せた結果である。
団長さんを決して死なせたくないと思って、精一杯頑張ってくれたのだろう。
そうして僕たちは今、大きな口を開けている地下迷宮の前に立っていた。
「へぇ、こんな地下迷宮、魔大陸でもないここにあったんだな」
「は、はいッス。結構近隣の村の人たちも知らないみたいで、魔物たちが隠れるのに絶好の場所になってるッス。よく村人たちの私物が魔物に盗られていて、大抵ここを調べれば出てくるッスよ。で、でもやっぱり、いつもと雰囲気が違う気がするッスね」
プランがごくりと息を呑み込んだ。
確かに、普段のこの地下迷宮の姿を見ていない僕でも、異常が起きているのがわかってしまう。
入口からただならぬ気配が漏れているからだ。
しかしまあ、勇者パーティーにいた頃に挑戦した地下迷宮たちに比べれば、だいぶ可愛らしいものだが。
「よし。じゃあ行くぞプラン」
「は、はいッス」
僕たちはそう言い合って、地下迷宮の内部へと足を進めることにした。
剥き出しになっている岩肌。
ランプの灯りだけが頼りになる真っ暗闇。
そんな地下迷宮の中を、僕が先頭になってどんどん進んでいく。
一方でプランは、体をビクビクと震わせながら、引き腰で僕の後をついて来ていた。
「……おいプラン、怖いのはわかるんだけどさ、もう少しだけ僕から離れてくんない? ていうかめちゃめちゃ歩きづらいから、服の裾掴むのやめて」
「ちょ、冷たいこと言わないでくださいッス! これでも相当勇気を出してる方なんスよ」
いや勇気って……
これでもかってくらい尻込みしちゃってるじゃん。
てか、ランプを持っているのはプランなんだから、逆に先に行ってほしいのだが。
やっぱりこいつ置いてきた方がよかったかな。
けれどまあ、プランがこうなってしまうのもわかる気がする。
ただでさえおぞましい地下迷宮なのに、そのうえ薄い黒霧が辺りに充満しているので、女子が怯えるのも無理はないのだ。
おそらくこれが呪いの霧だろう。
しばらく触れていると、体が呪われてしまう邪悪な霧。
あまり時間を掛けるわけにはいかないな。
「もたもたしてると僕たちも呪いを掛けられる。だからなるべく急ぎ足で行くぞ」
「あっ、ちょ、待ってくださいッスー!」
背中に貼り付くプランを振り払い、僕はますます先に進んでいった。
おそらくこの霧を撒いている呪術師は、地下迷宮の最下層にいると思われる。
ちんたらしていたら簡単に呪い状態にされてしまうので、駆け足で進んでいきたいところだ。
一応僕の解呪魔法はあるけれど、なるべく魔力は温存しておきたいし。
だから僕は早足で地下迷宮を下りていった。
ちなみにプランには、『感知』スキルとやらで敵と罠の感知をしてもらっている。
どうやら周囲の気配を察知できるようで、それなりに範囲が広いようだ。
それがこいつを連れてきた最大の理由である。
プランにライトアップと感知をしてもらいながら、第一層から第二層に下りると、僕はふとあることに気付いた。
「にしてもなんか、全然魔物が出てこないな。やけに静かだし」
「そ、そうッスね。アタシの感知スキルにも、さっきからまったく反応がないッス」
すんすんと犬のように鼻を利かせるプラン。
それに何の意味があるのかツッコミたいところではあったが、今はそれを置いておくことにする。
迷宮内部には数々の部屋があり、いつどこから襲ってきてもおかしくないのだが、一向に魔物が現れる気配がない。
周囲は不気味な静けさに包まれていた。
「もしかしたら、この呪いの霧のせいで魔物たちは逃げちゃったんじゃないのか?」
「えっ? どうしてッスか?」
「魔物も人間と同じように呪いには掛かるからな。呪いを撒いている奴以外は、たぶんこの地下迷宮を放棄して脱出したんだと思う」
そう説明すると、プランは納得したようにこくこくと頷いた。
しかしこれはあくまで予想なので、警戒は怠らずに先に進むことにする。
と、再び走り出したその時……
「ところでノンさん」
「んっ、なに?」
「本当に呪術師討伐をお願いしてもよかったんスか? 最初は団員たちの呪いを解いてもらうだけのはずでしたのに、いつの間にかこんなことになってしまって。それにいくら勇者パーティーで回復役をやってたとはいえ、普通の治癒師の方に魔物討伐なんて……」
今さらのことをプランが言ってくる。
そう思っているのなら、もっと早い段階で言ってほしいものだったのだが。
それに対して僕は、何度目かわからない呆れた顔で返した。
「そのことはもう別にいいって言ったろ。乗り掛かった舟だし。それに団員たちの呪いを解くって意味なら、呪術師の討伐も依頼の一環に入る。一回受けた依頼は最後までやり通すよ」
「ノ、ノンさん……」
隣を走っているプランが、うるうるとした目をこちらに向けてくる。
感動してるのか知らないけど、ちゃんと前見て走りなさい。
「本当にありがとうございますッスノンさん! ノンさんのその優しさに少しでも恩返しできるよう、アタシも精一杯頑張らせていただくッス!」
「うん、よろしくよろしく。じゃあさっさと呪術師見つけてね」
お前の感知スキルだけが頼りなんだから。
なんて思いながら、僕らはさらに岩の道を突き進んでいく。
するとやがて、第二層のその先にある第三層へと辿り着いた。
どうやらこの地下迷宮は、基本的にずっと一本道らしい。
一番奥に行くと階段があり、そこを下りるとまた一本道があるという構造のようだ。
なので道なりに進んでいる限り迷うことはない。
「あっ、魔物っぽい気配を感じるッス。この先から」
第三層に下りた瞬間、不意にプランが道の先を指し示した。
ようやく感知スキルに反応があったようだ。
というわけで僕たちは、少し気を引き締めて進むことにする。
やがて前方には、大きな部屋の入口が見えてきた。
どうやらあそこが地下迷宮の最奥で、そこから魔物の気配を感じるらしい。
というわけで僕たちは、魔物を警戒しながらその部屋に近づき、中を覗いてみることにした。
「誰かいますかぁ……? って、誰もいなくないか? おいプラン、本当にここから魔物の気配が……」
と振り向こうとしたその時……
「ノ、ノノノ、ノンさん! あれっ!」
「……?」
「へへ、部屋の真ん中ッス!」
プランが慌てながら、薄暗い部屋の中央を指で示した。
首を傾げながらそちらに目を向けると、そこには確かに何かがいた。
部屋の中央に佇む一つの人影。
全身を真っ黒な甲冑で包み、黒光りする長剣と盾を手に持っている。
そして甲冑の隙間からは、おぞましい黒々とした霧が漏れ出ていた。
「もも、もしかして、あれが……」
「地下迷宮に呪いの霧を撒いて、盗賊団のみんなに呪いを掛けた”呪術師”だろうな……たぶん」
僕らは見た瞬間に直感した。
あの甲冑騎士が呪術師。
あいつを倒さなければ、団長さんの呪いを解くことはできない。
「ど、どどど、どうしましょうッス! あの黒い騎士めちゃくちゃ強そうッスよ! ホントにアタシらだけで倒せるんスか!?」
「……」
部屋の中央に佇む騎士は、見るからに邪悪なオーラを発していた。
おそらく、魔大陸の深部で勇者を待ち受けているような、凶悪な魔物と同等の力を備えていると思われる。
とてもこんな平和な大陸ではお目にかかることのできない、一言で言って”場違い”な魔物だ。
どうしてこんな魔物が、この地下迷宮に……?
という疑問はあったけれど、とりあえずそれは置いておくことにする。
今はとにかくこいつを倒すことを考えなければならない。
そうしないと手遅れになって、団長のクリウスさんが呪いによって死んでしまう。
けれど、プランはガタガタと震えたままだし、これじゃあ彼女はまともに戦えやしない。
まあ、元々こいつは戦闘で当てにしていなかったし、それは別にいいんだけど。
「……にしても、ここにいる魔物はあいつ一匹だけか」
僕は大部屋の中を見渡してそう呟く。
ここから見る限り、他に魔物はいなさそうだ。
やっぱり呪いの霧のせいで魔物たちは全員逃げてしまったんだな。
その名残として部屋の壁にはランプなどが掛けてあり、中は仄かに照らされている。
ここならかなり戦いやすそうだ。
それに倒さなきゃならない敵は、あいつ一匹だけみたいだしな。
「プランはここに隠れてろよ」
「えっ?」
僕は懐からアジトで拝借したナイフを取り出す。
素早くそれを逆手持ちで構えると、部屋の中央に向かって走り出した。
その瞬間、黒騎士も魂が入ったように突然動き出す。
長剣を大上段に構えて、同じく僕に向かって駆け出してきた。
唸りを上げて振り上げられた肉厚の刃が、容赦なく僕に振り下ろされる。
「ノンさん!」
後方のプランが叫びを上げる中、僕は久しく神経を研ぎ澄ませた。
怠けた思考を捨て去り、田舎村で治療院を開いているノンではなく、勇者パーティーで回復役を務めていたゼノンとして意識を切り替える。
すかさず僕は体を左に捻った。
「よっ!」
すぐ真横を黒い剣が落ちていき、凄まじい音を立てて地面に叩きつけられる。
難なく長剣を躱してみせると、僕は右手に持ったナイフを力強く握り直した。
そして騎士の横を通り過ぎさまに、短い刀身で奴の首元を引っ掻く。
瞬間、ナイフで撫でた黒騎士の首から、まるで血しぶきのように真っ黒な煙が噴き出してきた。
「えっ……」
後ろでプランが呆けたような声を漏らす。
信じがたい光景を前に固まっているようだ。
そんな彼女の思考を置き去りにするように、僕は続けざまに黒騎士を蹴り飛ばした。
「よっこい……しょ!」
確かな手応えが右足に伝ってくる。
二度の連撃を受けた甲冑騎士は、壊れた人形のように手足を乱し、大きく後方へと吹き飛んだ。
そして迷宮の地面に倒れ込み、驚愕するような目でこちらを見てくる。
「グ……ガガッ」
まさかこんなひょろひょろな人間に攻撃されるとは思わなかったのだろう。
同様に後方のプランも驚いた様子で言葉を失っていた。
普段ののんびりとした様子からは考えられない俊敏な動き。
田舎村で細々と治療院を開いている平凡な治癒師なので、想像できなかったのも無理はない。
けれど僕だって、いざという時に戦えるくらいの力は持っているのだ。
なぜなら僕は、恐ろしい魔大陸を渡り歩き、魔王軍と死闘を続ける勇者パーティーで、一番敵から狙われやすい回復役を務めていたのだから。
「来いよ
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