第9話 「高速治癒」


 ゆらゆらゆら。

 馬車に揺られることしばらく。

 僕らは広大な森に到着し、一つの岩の前に立っていた。

 そこは岩肌をくり抜いたような洞窟になっていて、中は思いのほか広がっているように見える。

 自然にできた秘密基地のようだ。

 

「ここがアジトッスよ」

 

 プランは少し自慢げに言った。

 森がちょうどいい隠れみのになっているので、まあそうだろうなぁとは思ったけど。

 そして僕は彼女の後について行き、アジトの中へ入っていった。

 にしてもこいつ、よく堂々と僕にアジトを見せられたな。

 僕が冒険者や町の人にチクるとか考えなかったのか?

 盗賊としての危機感の無さに若干呆れながら、プランの後について行くと、ランプで照らされた広場に辿り着いた。

 そこには数人の女性たちが、顔色を悪くしながら横たわっている。

 

「みんな、ただいまッス。お待たせしましたッス」

 

 プランは真っ先にみんなのもとへと駆けていった。

 どうやら彼女たちが女盗賊団の仲間らしい。

 その中で仲間の看病をする一人の女性が、帰ってきたプランを迎えた。

 

「プラン、おかえりなさい」

 

「ただいまッス。お待たせして申し訳ないッス」

 

「いいえ、大丈夫よ。それで、治癒師の方は?」

 

「もちろん連れてきましたッスよ」

 

 という流れで僕は、プランの方から紹介されることになった。

 後ろに隠れていた僕を、彼女が両手で堂々と指し示す。

 

「聞いて驚いてくださいッス! なんとこの方、実はゆう……」

 

「わあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 何を口走ろうとしたのかわかった僕は、慌ててプランの口を後ろから塞いだ。

 息もできないくらいぴっちりと塞ぎ、情報漏洩を未然に防ぐ。

 すると彼女は呆気にとられた表情でこちらを振り返り、首を傾げて尋ねてきた。

 

「ど、どうかしたんスかノンさん?」

 

「いや、どうかしたんスかじゃなくてな、僕が何のために田舎村で治療院を開いたのか、もう忘れたわけじゃねえだろうな」


 呆れた顔をプランに近づけ、声を落として続けた。


「勇者パーティーの元回復役のゼノンってことは内緒にしてるんだよ」

 

「あっ、そういえばそうだったッスね。申し訳ないッス。ついテンションが上がっちゃって……」

 

 プランは悪びれた様子で頭を下げた。

 危ない危ない。

 おそらくプランは、勇者パーティーで回復役をやっていたゼノンさんッス、とでも紹介したかったのだろう。

 しかしそうは問屋が卸さない。

 秘密を知る人間をこれ以上増やしてたまるか。

 そしてプランはごほんと咳払いをしてから振り返り、改まった様子で言い直してくれた。

 

「こ、こちら、田舎の方で治療院を開いているノンさんと言います。みんなの治療をしに来てくれました」

 

 それに合わせて僕もぺこりと頭を下げる。

 至って平凡な自己紹介だ。

 これこそ僕が望んでいた展開。

 すると女盗賊さんは、別段僕のことを怪しがることもなく迎えてくれた。

 

「ノンさん、ですか。わざわざご足労いただき感謝いたします。どうぞよろしくお願いいたします」

 

「い、いえいえ、それじゃあさっそく容体を見てみますので」

 

 無駄な話は省き、僕は早々に盗賊団の容体を見てみることにした。

 一人の女性が横たわる前に、静かに膝を突く。

 薄暗い洞窟の中、控えめに灯るランプの灯りを頼りに、女性の顔を覗き込んだ。

 

「…………うっ」

 

 顔色が悪い。

 体も自由に動かせないみたいだ。

 何かしらの異常に晒されているのは確実。

 次いで僕は彼女の肩に静かに手を置き、祈るようにそっと目を閉じた。

 

【天 職】盗人

【レベル】10

【スキル】隠密 抜足

【魔 法】

 

【生命力】85/100

【状 態】呪い


 女性のステータスと心身状態が頭の中に流れ込んでくる。

 対象の内部情報を読み取ることができる、応急師が持つ固有スキル『診察』だ。

 あくまで治療目的に存在するスキルで、ステータスよりも生命力や心身状態を確認できるのが長所とされている。

 それを使って容体を確かめさせてもらった。


「……なるほどな」

 

 女性の状態を確認した僕は、納得したように声を漏らす。

 呪いと一口に言っても、体を痺れさせたり眠らせたり、様々な効果が発生する。

 どうやら彼女の場合は体の痺れと生命力の減少のようだが、効果そのものはそこまで強くない。

 これならまあ……

 

「み、みんな、助かりますッスか?」

 

 不意にプランが心配そうな表情で僕の顔を覗き込んできた。

 声が震えている。

 どうやら無言で考え事をしていたせいで、不安にさせてしまったらしい。

 そうとわかった僕は、咄嗟にとりあえずの見解を話した。

 

「んまあ、大丈夫なんじゃね?」


「あ、あれっ? なんかノリが軽くないッスか? ホントに大丈夫なんスか?」


「うん、たぶんな。思っていた以上に呪いの効果も薄いみたいだし、これならまあ……」


 倒れている女盗賊さんの肩に手を触れながら、一言唱える。


「ディスペル」


 瞬間、薄黒い光が僕の右手に灯った。

 それはすぐに女盗賊さんの全身に行き渡り、すっと浸透していく。

 すると彼女は顔色を良くし、落ち着いた様子で眠りについた。

 これが解呪魔法の『ディスペル』。

 呪いは綺麗に取り払われた。


「はい、これで完了。この調子でぱぱっと終わらせていくぞ」


「……」


 そう言いながら振り返ると、そこには口を開けて唖然とする団員の一人がいた。

 非常に驚いている様子だ。

 そこで僕は、遅れて”しまった!”と気付く。

 つい無詠唱で解呪魔法を使ってしまった。

 もしこの人もプランみたいにゼノンのことを知っているなら、正体を見破られるかもしれない。

 と密かに冷や汗をだらだらと流していると……


「い、今、無詠唱で解呪魔法を……」


「ノ、ノンさんは解呪魔法が得意な治癒師なんスよ! 解呪魔法だけなら無詠唱で使うことができるみたいッス! だからここに来てもらったんスよ!」


「……」

 

 咄嗟にプランが僕のことを庇ってくれた。

 かなり苦しい言い訳に聞こえるが、果たして上手く誤魔化せただろうか。

 すると団員さんは、多少面食らった様子になったが、納得したように頷いた。


「そ、そうだったの。すごく最適な人を見つけてきてくれたのね。とても心強いわ」


「あ、あはは……」


 ……助かったぁ。

 プランのフォローのおかげでなんとか事なきを得た。

 まあ正直、回復系の魔法を無詠唱で使ったからといって、すぐにゼノンとバレるとは思えない。

 そもそもゼノンのことを知っている人だってごく少数だろうし、初級の回復魔法を無詠唱で使うだけなら少し驚かれるくらいで済むだろう。

 今みたいにいくらでも誤魔化しが利くしな。

 プランみたいにゼノンのことを知り、かつ他人のステータスを盗み見ることができるとんでも能力を持っているなら話は別だが。

 

 ともあれ正体が割れる心配がなくなった僕は、どんどん解呪を進めることにした。

 ディスペル、ディスペル、ディスペルと、しばらく僕の声だけがアジトの中に響き渡る。

 それと同時に続々と女盗賊団の面々が顔色を良くしていく中、僕は不意に首を傾げた。


「んっ?」


 いよいよ最後の一人、なんだけど……

 この人の容体だけ他の人たちと違う。

 顔色や息遣いもそうだが、何よりディスペルを使っても一向に元気になる様子がないのだ。

 不思議に思った僕は、その人の肩に触れながら診察スキルを使ってみた。


【天 職】盗賊

【レベル】15

【スキル】隠密 抜足 窃盗

【魔 法】


【生命力】65/100

【状 態】呪い(強)


「団長さんが……クリウスさんがどうかしたんスか?」


 不意にプランが後方から顔を覗かせる。

 僕が無言で固まっていて、またも不安にさせてしまったようだ。

 だから僕はすぐにこの人の――団長のクリウスさんの容体を話すことにした。


「この人に掛けられた呪いだけ、他の人と違ってかなり強力だ」


「えっ!? な、なんでなんスか!? どうして団長さんだけ……」

 

 プランは信じられないと言わんばかりに口元に手を当てる。

 理由は不明だが、なぜか団長さんの呪いだけ他の人と違って強いものになっている。

 僕の解呪魔法で解けなかったのがその証拠だ。

 いったいどうしてこんなことに……と、僕も同様に疑問符を浮かべていると、呪いが解けたばかりの団員さんが不意に辛そうな声を上げた。


「そ、それはたぶん、団長が一番呪いの影響を受けているからだと思うわ」


「の、呪いの影響?」


「呪いのせいで私たちは体が痺れてしまって、唯一体を動かせた団長が一人一人背負って地下迷宮から出してくれたの。そのせいで呪いの霧をたくさん受けたみたいだし、体も弱ってしまったから」


 ……なるほどな。

 それなら彼女だけ強力な呪いを受けているのも頷ける。

 となるとやはり、この呪いは僕のディスペルでは解呪することができない。

 もっと上の……それこそ聖女が使えるような上級の解呪魔法『プリエール』が必要になってくる。

 この中でそんな魔法を使える人がいるはずもないし、地上に戻ってもそう簡単には見つからない。

 放っておいて治るようなものでもないし。


「そ、それで、団長さんの呪いは解くことができるんスか?」


 プランは不安そうに僕に聞いてきた。

 それに対して僕は、若干自嘲的な気持ちになりながら答える。


「僕の解呪魔法じゃ解くことができない。もっと上の解呪魔法が必要になる」


「そ、そんな……このままじゃ団長さんが……」

  

 そう、このままじゃ団長さんは、生命力を失くして死んでしまう。

 生命力は10を下回ると、回復が難しくなるとされている。

 たとえ傷口を完全に塞ぎ、体調を整えたとしても『死ぬか生きるか』は五分五分だ。

 このまま呪い状態が続けば、命を削られ続けてあと二日もしないうちに絶命してしまうだろう。

 一刻の猶予もない。

 

 一応これが猛毒状態ならば、回復魔法のヒールでとりあえず生命力の維持をすることができるのだが。

 呪い状態となればその手も使えない。

 呪いを受けている者に回復魔法を使うと、その効果は反転してしまうからだ。

 だからこそ今の団長さんには、即座の解呪が望ましい。

 けれど僕の解呪魔法では呪いが解けないと知り、険しい顔になるプラン。

 非情な現実を前に、思わず彼女は団長さんから目を逸らそうとする。

 しかし、そんなプランを止めるように、僕は呆れた顔で指を二本立ててみせた。


「だいじょーぶ。まだ助ける方法はあるよ」


「えっ?」


「呪いを解く方法は二つあるんだ。一つは治癒師が持っている解呪魔法を使うこと。そしてもう一つは……呪いを掛けてきた呪術師を倒すこと」


「じゅ、呪術師を倒す……ッスか?」


 首を傾げるプランを見て、僕はこくりと頷いた。

 そしてプランの気持ちが落ち着いていくのを確認しながら、さらに続ける。


「呪いっていうのは、必ず誰かしらの手によって生み出されるんだ。呪いに込められた念が強ければ強いほど、より強力な呪いになって解呪も難しくなっていく。だから状態異常の中じゃ毒よりも厄介だと思われがちなんだけど……」


「……けど?」


「呪いは念によって働いているから、それを生み出した張本人を倒せば綺麗さっぱり消えてしまう。毒は効果が薄い分、解毒魔法や薬が必須になるんだけど、呪いは強い効果が出せる分、力技で解くこともできる。そこが二つの大きな違いで、おそらくそれが現状で一番現実的な方法だと思うぞ」


「……」


 ということを伝えると、プランは目を丸くして固まってしまった。

 先刻の心配がまるで不要だったというように、簡単な解呪方法を知って呆気にとられている。

 この解呪方法、意外に知られてないんだよな。

 まあ、呪いを使ってくる魔物なんて滅多に会う機会ないし、知らなくても当然なんだけど。

 するとプランは、まだ団長さんを助けられると知って笑みを浮かべようとするが、寸前で頬を止めた。


「で、でも、そんな強力な呪いを使う呪術師なんて、本当に倒すことができるんスか? それに呪術師ってたぶん、地下迷宮の中にいるッスよね。それじゃあまた呪いの霧に……」


 プランは不安げに目を伏せてしまう。

 おそらく、呪いに苦しめられた団員たちの二の舞になると言いたいのだろう。

 もちろんそうなる可能性は高いし、地下迷宮にいるであろう呪術師を倒せるかも定かではない。

 けど……


「まあ、行ってみなきゃわかんないだろ」


「……?」


 僕は腰を上げ、そのままアジトの出口まで歩いていった。

 その途中で、アジトの床に手頃なナイフが落ちているのを見つけて、”ちょっと拝借”と拾い上げる。

 それを懐に仕舞うところを、プランがとても不思議そうに眺めていたので、僕は再び呆れながら言った。


「ほら、何してんだよ。さっさと行くぞ」


「えっ? い、一緒に来てくれるんスか? 呪いの治療だけの約束だったのに……」

 

 呆然とするプランを見て、僕はため息まじりに続けた。


「何度も言わすな。いいからさっさと馬車走らせて、地下迷宮まで案内しろ。団長さん死んじゃうぞ」


「は、はいッス! 急いで準備しますッス!」


 一方的に告げると、プランは慌てて出発の準備へと向かった。

 そんな彼女の背中を見届けながら、僕は人知れず考える。

 僕が一緒について行って、あいつを呪いの霧から守る。

 そんで二人で戦えば、呪術師を倒せる可能性だってゼロじゃない。

 見たところ僕たち以外に動ける人はいなさそうだし、急がなければ団長さんが死んでしまう。

 これが現状で取れる最善の策だ。

 なんとかなればいいんだけど……なんて呑気に考えていると、不意に後ろから団員の一人が声を掛けてきた。


「こ、こんなことまで任せてしまって、本当に申し訳ありません。呪術師とプランのこと、よろしくお願いいたします」


 その声に対し、僕は小さく首を縦に振った。

 正直もう帰りたいけど、ここまで来たら乗り掛かった舟だ。

 団長さんの呪いを解くために、地下迷宮に潜んでいる呪術師を倒しに行く。

 それにこれは、僕の無力さが招いた結果でもあるからな。

 もしここにいるのが『応急師』の僕ではなく、『聖女』のあの人だったなら。

 という雑念を無理に振り払って、僕はアジトを後にした。

 

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