第8話 「臨時休業」

 

 プランからの依頼を引き受けることになった後。

 僕らは治療院を後にし、さっそく団員たちが待つアジトに行くことになった。

 どうやらアジトはノホホ村から割と近い場所にあり、馬車に乗って半日で到着するそうだ。

 予想以上に近いことに驚きを隠せなかったが、しかし思い当たる節もある。

 僕がノホホ村に来る途中、馬車で送ってくれた御者のおじさんが『近くに盗賊団がいる』と言っていた。

 おそらくそれがクリウス盗賊団のことだったのだろう。

 あそこの近くにはアジトを作れそうな大きな森もあったし、色々と納得した。

 何はともあれ僕たちは、プランが乗ってきたという馬車でアジトに向かうことになった。


「改めまして、依頼を受けてくださってありがとうございますッス、ノンさん」


「あぁ、うん、別にいいよ」


 プランが手綱を握る馬車に揺られながら、僕はテキトーな声を返す。

 あのままだったら余計面倒な事になりそうだったから、仕方なく依頼を受けただけだ。

 本当だったら今頃、柔らかいベッドに体を預けてスヤスヤと眠っていたはずなのに。

 それに帰りが明日の昼頃になると思ったので、治療院の扉に臨時休業の札も掛けてしまった。

 こんなことは初めてだ。

 

「にしてもお前、馬車の操作なんてできるんだな。そういえば『観察』なんていう妙なスキルも持ってるし、いったい何者なんだ?」


 今さらの質問をしてみる。

 もしや乗馬の稽古などをしてきた元お嬢様で、今は仕方なく盗賊団にいるとか?

 なんて妄想を膨らませていると、馬車の前方から笑い混じりの声が返ってきた。


「そんな大した者じゃないッスよ。アタシの天職は『大盗賊』っていうんス。盗賊系のスキルは大体使えて、観察スキルもその一つッスね。で、たぶん”器用さ”ならどの天職にも負けないと思いますッス。まあ、ただそれだけッス」


「いや、ただそれだけって……」


 だいぶ万能な天職だな。

 馬車を簡単に操作できるくらいの器用さって、他になんでもできるんじゃないのか。

 密かに驚愕した僕は、この際だからと気になっていたことを続けて尋ねることにした。

 

「じゃあ、その『大盗賊』の天職を持ってたから、プランは盗賊団の仲間になったのか?」


「まあ、大体そんな感じッスね。『大盗賊』の天職のおかげで色々と器用にこなすことはできるんスけど、逆に物騒だって思われて仕事には全然ありつけなかったッス。そんな時にクリウス盗賊団のことを知って、入団を志願しに行ったんスよ」


 そう言ったプランは、次いで少し感慨深そうに続けた。


「初めは、若いうちから道を間違えちゃいけないって言われて、あっさりと断られてしまったッス。でも、どうしても人のために盗みを働くクリウス盗賊団に入りたくてしつこくお願いしたら、仕方ないってことでようやく盗賊団に入れてくれたんスよ。熱意が通じた証ッス」


「へぇ……」


「……いや『へぇ』って、そこはもう少し感動するところじゃないッスか?」


 いや、なんか意外で。

 まさか盗賊団に入るまでに、そんな経緯があったとは。

 そのことを素直に話してくれたプランにも驚いている。

 なんて思っていると、今後は逆にプランの方が尋ねてきた。


「ところで、ノンさんはどうして田舎村で治療院を開くことにしたんスか?」


「えっ?」


「だってノンさんって、勇者パーティーの元回復役のゼノンさんじゃないッスか。ずっと気になってたんスけど、別に勇者パーティーを追い出されたからって田舎村に引っ込むことはないんじゃないッスか? 応急師の力なんてどこの冒険者パーティーからも引く手あまたでしょうし」


「あぁ、まあ、確かにそうなんだけどな……」


 僕はしばし言い淀む。

 こいつに理由を言うべきかどうか。

 別に隠すことではないけれど、自分のことを話すのはなんだか恥ずかしい。

 しかしプランも自分のことをちゃんと話してくれたので、僕も答えることにした。


「僕はもう、戦いや面倒事には巻き込まれたくないって思ってるんだよ」


「戦いや面倒事?」


「勇者パーティーで色々こき使われたり、とんでもない魔物たちと戦わされたり、そういうのにもう疲れちゃったんだよ。だから二度目の人生は田舎村でゆっくりする。そう決めたんだ」


「は、はぁ、そうだったんスか。それは何と言うか……申し訳ないことをしたッス」


 馬車の前方から気落ちした声が聞こえてくる。

 自分が面倒事を抱えてきてしまったことを、今さら悪びれているのだろうか。

 まあ今の話は聞きようによっては、僕がプランに文句を垂れているみたいだからな。

 わざわざ田舎村で治療院を開いてゆっくりしてるのに、面倒な依頼を持ってきてんじゃねえと。

 だから彼女は依頼を持ってきたことを悪く思って謝ってくれた。

 そうとわかった僕は、ぼそりと小声で返した。


「ホントだよこの疫病神」


「えっ、今ものすごい罵声を浴びた気がするんスけど!? そこは普通『別にもういいよ』って渋々ながらもクールに流してくれる場面なんじゃないッスか!?」


「流してたまるか」


 お前のせいで貴重な平穏が失われているんだぞ。

 そう簡単に許せるわけがない。

 なんてことを思いながらも、馬車はどんどんと目的地に向かって走り続けた。

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