第5話 「応急師ゼノン」

 

「……ゼ……ゼノン?」

 

 あまりに突然の質問に、僕は目を丸くして呆然とする。

 聞き間違い、じゃないよね。

 確かに今、目の前にいる人物は、僕のことを”ゼノン”と呼んだ。

 勇者パーティーで回復役をしていたゼノンと。

 ノホホ村で治療院を開いてから一ヶ月、誰にも伝えてこなかった秘密を、どうしてこの女の子は……?

 

 次第に滝のように溢れてくる冷や汗。

 震える手足。高鳴る心臓。

 黒マントの女性を前に、僕は見事に体が固まってしまう。

 そんな僕に追い打ちを掛けるように、彼女はさらに続けた。

 

「今はノンという名前に改名してここで小さな治療院を開いていますが、あなたがそのゼノンさんで間違いないッスよね?」

 

 彼女の言っていることはすべて正しい。

 どこにも間違っている箇所なんてない。

 しかし、それに対して僕は……

 

「ち、違いますよ!」

 

「……?」

 

 間髪入れずに否定の声を上げた。

 僕は間違いなく勇者パーティーで回復役を務めていたゼノンだ。

 しかしここは何がなんでもシラを切らせてもらう。

 だってこれ、絶対に面倒くさいことに巻き込まれるやつじゃん。

 お願いだから、僕の平穏を邪魔しないでくれ!

 僕は固い意志を抱きながら、知らん顔でシラを切り続ける。

 

「ど、どちら様かは存じませんが、自分はこの治療院を経営している”ただのノン”です。ゼ、ゼノンという名前では、ありませんよ」

 

 緊張のあまり裏返った声になってしまった。

 それでもしっかりと黒マントさんの言い分を否定し、さらには帰るように促すこともできた。


「で、ですからどうか、ここはお引き取り……」


 しかし、彼女は……

 

「いえ、あなたは間違いなくゼノンさんッス」

 

「……」

 

 狼狽える僕と違い、はっきりとした口調で断言してきた。

 絶対的な確信を持っている様子だ。

 彼女のどこにそんな自信が……と目を丸くして驚愕していると、その証拠を示すように黒マントさんはさらに続けた。


「勇者パーティーが新大陸に踏み込む直前に、『聖女』のテレアを仲間にして回復役が交代してしまったのは知ってるッス。その後、元回復役のゼノンさんが姿をくらましたことも」


 ……ごくり。

 思わず息を呑んでしまうほど正確無比な情報だった。

 まるで実際にその場面を見てきたみたいだ。

 どこまで知っているんだこの子。


「勇者パーティーの元回復役ゼノンの行き先は、もう誰にもわからないと聞きますッス。勇者マリンや他の華やかなメンバーたちに比べて、ゼノンさんは地味でパッとせず、顔を覚えている人も少ないらしいッスから」


「うっ……」


 ……悪ぅござんしたね。

 そりゃ、あんだけの美女と美少女に挟まれてたら、誰だって地味でパッとしなくなるんだよ。

 なんて言い訳を心中で垂れ流していると、少女はさらに続けた。


「でも、アタシにはわかるんスよ。ここで細々と治療院を開いているあなたが、そのゼノンさんだっていうことが」


「……そ、その心は?」


 恐る恐る問いかけてみると、彼女はまるで切り札でも切るように、大きな声で宣言した。


「だってアタシは、あなたが無詠唱で回復魔法を使える『応急師』ということを知っているんス!」


「えぇ!?」


 これには思わずびっくり仰天。

 まさか応急師の天職のことを知っているなんて。

 それならば僕のことを勇者パーティーの元回復役ゼノンと見破ったのも頷ける。

 応急師の天職を持っているのは、おそらく現状で僕だけだから。


「どうしてあんな真似してるんスか!?」


「あ、あんな真似とは?」


「わざわざ自分で考えたような詠唱を唱えてから、回復魔法を発動させて、いかにも普通の治癒師を演じてることッス!」


「い、いや、あれはその……」


 応急師の天職を持っていることを知られたくなかったんだよ。

 だからこそ僕は自作の詠唱文を考えて、それを唱えてから回復魔法を発動するようにしてきた。

 てかちょっと待て、なんでこの子は魔法詠唱のことを知ってるんだ?

 この子の前で詠唱している姿を見せたことなんてないぞ。

 まさかさっきのユウちゃんの治療を窓の外から覗いていたのか?

 人知れずぞくりと背筋を凍えさせていると、そんなの知る由もなく彼女は言った。


「応急師の力で詠唱なしに回復魔法を使うことができるはずなのに、わざわざ詠唱してから治療を行なっているッス。どうしてそんなことする必要があるんスか? アタシには理解不能ッス」


「そ、それは、面倒な事に巻き込まれたくないと思って……」


「とにかくこれからは、実力を隠すような行為は慎んだ方がいいッス。何事も全力でやらなければ、せっかく治療院に来てくれたお客さんにも失礼ッスよ」


「ま、まあ、確かに……」


 治癒師でもないだろう女の子から、真っ当なダメ出しを受けてしまった。

 確かにせっかく治療院に来てくれたお客さんに対して、治癒師として全力を尽くさないのは言語道断ではある。

 しかしそれよりも、あんたにはまず先に言うべきことがあるだろ。


「ていうか、どうしてお前は僕の天職を知ってるんだよ!? お前はいったい何者なんだ!? 何の用があってここまで来た!」


 ビシッと指を差して、勢いよく問いかける。

 すると彼女はしばし硬直した後、はっとなって慌て出した。


「あっ、アタシとしたことが申し遅れましたッス!」


 姿勢を正すと、目深まで被っていたフードを取り払い、隠されていた素顔を僕に晒した。

 まだ年端もいかない少女の童顔。

 ぱっちりとした青い瞳に、赤ん坊のようなピンク色の頬。

 長くも短くもない真っ白な髪は、少しだけボサッとしているが、決して傷んでいるわけではなく、むしろ透き通っているように僕には見えた。


「アタシはプランと申しますッス! 治癒師のノンさんにあることをお願いしたくて、ここまでやってきました!」


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