第3話 「田舎村で治療院を開きます」

  

 勇者パーティーを追い出された僕は、治療院を開くことに決めた。

 応急師の素早い回復魔法が生かせる絶好のお仕事。

 冒険者になって、どこかのパーティーに回復役として再加入するのも悪くはないと思ったのだが、やはり戦いや面倒事はもううんざり。

 勇者パーティーで四苦八苦させられて、それは嫌というほど思い知らされた。

 ゆえに、最終的には治療院の開設に落ち着いたというわけだ。

 

 そうなると、自ずとやるべきことが見えてくる。

 まずは治療院をどこで開くか。


「お~い兄ちゃん! この辺りでいいのか~?」


「あっ、は~い」


 場所によって忙しさや収入も変わってくるだろうし、すでに他の治療院がある場合は迷惑になる可能性もある。

 だから治療院を開く場所は、時間を掛けて慎重に選ばなければならない。

 ……と、考える反面、これには少し当てがあった。


「おい兄ちゃん、本当にこんな場所で降ろしていいのか?」


「はい、大丈夫ですよ。ここまで馬車に乗せてもらってありがとうございました」

 

 目的地付近の森の中で、馬車から降ろしてもらった僕は、御者のおじさんにぺこりと頭を下げる。

 そしてそのまま森の奥へ入っていくように、ずかずかと足を進めた。

 八大陸のうち、魔王軍の侵攻から最も遠い場所……王都が構えられているこのマルマル大陸の最東端。

 

 辺境の地にある村――ノホホ村。


 そこで僕は、治療院を開きたいと思っているのだ。

 前に一度だけ訪れたことがあり、雰囲気がとても僕好みで記憶に焼き付いている。

 そこはとても静かで、村人たちが穏やかな場所。

 魔王討伐が無事に終わったら、報酬金を片手にああいうところに引っ込んで、のんびりとした田舎生活を送りたいなぁとすら思っていたほどだ。

 戦いや面倒事からは最も縁遠い場所で、果たしてそのような村に治療院の需要があるかはわからないけれど、僕としては治療院を開くのに最適だと思っている。

 

 確か前に見たときは、治療院らしき施設はなかったはずだし。

 僕が行って迷惑になることは、たぶんないと思うけど。

 そう不安を抱えながらも、僕はノホホ村を目指して足を進めることにした。


 すると不意に後ろから……


「お、おい兄ちゃん。しつこいようだが、本当にこんな場所で降ろしてよかったのか? ここは魔大陸じゃねえから、さすがに危険な魔物は出てこねえと思うけど、もう少し明るいところで降りてもよかったんじゃ……」


 御者のおじさんが心配するようにそう声を掛けてくれる。

 それに対して僕は明るい笑みを返し、何でもないように答えた。


「そんなに心配していただかなくても大丈夫ですよ。たぶん、”死ぬことはない”と思いますので。それに、この森を抜けた方が早いし」


「ほ、本当にいいのか? 兄ちゃんにはここまでの運賃ももらってるし、もっと安全な場所まで運んでやってもいいんだが。それに噂によればこの辺りには、”盗賊団”がいるとかなんとか……」


「それも大丈夫ですよ。気を遣っていただいてありがとうございます。それでは」


 再び頭を下げた僕は、心配するおじさんの視線を背中に受けながら、森の奥へと進んでいった。




 御者のおじさんの心配に反し、難なく森を抜けた後。

 またしばらく歩き進んで、ようやく僕は足を止めた。


「はぁ、やっと着いたぁ……」


 勇者パーティーを追放されて、逃げるように王都を旅立ってから三日。

 やっとのことで目的地のノホホ村に到着した。

 以前と変わらずとても静かで、平穏な雰囲気が漂っている。

 これだ。これこそ僕が望んでいた場所。

 勇者パーティーを追放された悲しみから解放してくれる、最高に心地よい田舎村だ。

 

 ここで治療院を開けば、悠々自適なスローライフを満喫することができる。

 戦いや面倒事からは離れることができて、かつ応急師の力で村人たちを助けることもできる。

 そしてやがては村の人たちからも信頼を得て、仲良しになれるかもしれない。

 思えば僕って、小さい時からマリンとしか行動してなかったから、友達とか全然いないな。

 ここでそういう人たちを作れたらいいんだけど。

 

「とりあえずまあ、手始めに村の視察でもしますか」


 細かいことはさておき、僕はノホホ村の中に足を踏み入れることにした。

 まずは手始めに、村の中を歩き回ってみることにする。

 治療院を開く前の視察とでも言うのだろうか。

 雰囲気は言うまでもなく最高なのだが、どこで治癒活動をすればいいのか、そもそも僕みたいなよそ者を受け入れてくれるのかどうか。

 等々、わからないことが多かったので、最初に村人たちに顔を見せて反応を窺ってみることにした。

 

 するとどうだろう。別段不思議がる様子もなく、普段通りの振舞いを見せてくれた。

 果ては目の合った人たち全員から、笑顔で挨拶までされてしまった。

 温かいなぁ。勇者パーティーで殺伐とした生活を送ってきたから、なおさら感じてしまう。

 それによそから来た人たちを嫌がっている様子もないし、本当にここに来てよかった。

 

 やがて僕は村の東端までやってきた。

 どうやらこの辺りは畑エリアになってるらしく、実に見晴らしのいい景色が広がっている。

 畑に挟まれたあぜ道が、豊かな心を芽吹かせてくれる。

 気が付けばそこを歩かされており、上に広がる晴天と相まって清々しい気持ちにさせてくれた。

 と、ノホホ村ののどかな空気に当てられて、ほのぼのとした気分であぜ道を進んでいると……


「おやおや?」

 

 道の先で、怪我をしていると思しき子供を見つけた。

 十歳くらいの少女。活発さを感じさせる茶色の短髪が特徴で、つぶらな瞳をうるうるとさせている。

 彼女は道の真ん中で座り込んでおり、膝を擦り剥いているようだった。

 転んで怪我でもしたのだろうか?

 傍らには野菜の入ったカゴが落ちていることから、畑仕事の手伝い中に転んでしまったとか?

 

 そう考えながら、僕はふと辺りを見回す。

 周囲には他に誰もいない。

 なんだか少し前にも同じような場面に遭遇したような……

 

 なんて既視感を抱いていると、やがて怪我をしている少女もこちらに気が付いた。

 首を傾げて潤んだ瞳を向けてくる。

 見覚えのない人に泣きそうになっているところを見られて戸惑っている、という顔なのだろうか。

 さすがに見過ごせるはずもないと思った僕は、即座に彼女のもとに歩み寄った。

 座り込む少女と同じくしゃがみ込み、すかさず膝に右手をかざす。

 

「ヒール」

 

 手の平に白い光がぽわんと灯る。

 それを当てられた傷口は、見る間に塞がっていった。

 その光景を前に、少女は驚いたように目を丸くする。

 

「こ、これって、『かいふくまほう』?」

 

「……? そ、そうだけど……」

 

「すごい! 傷がすぐになくなっちゃった!」

 

 なんだか未来から持ってきた道具を昔の人に見せたような反応だった。

 ここでは回復魔法はとても珍しいらしい。 

 まあ、回復系統の力を使える天職って少ないし。

 それにたぶん、この村では『祝福の儀』を受ける人が少数なのだろう。

 なら当然の反応だよな、と思っていると、傷が癒えた少女はバッと立ち上がり、キラキラとした瞳をこちらに向けて言った。

 

「ありがとう、お兄さん!」

 

「……ど、どういたしまして」

 

 なんだかむずがゆい。

 回復魔法を使ってお礼を言われるなんて、いったい何年ぶりだろう。

 前に女の子を助けた時は、逆に僕がお礼を言っちゃったし。

 まさかこんなにも嬉しいものだったとは。

 少女からのお礼をしみじみと感じる中、僕はふと勇者パーティーでのことを思い出してしまった。

 

『遅いのよ! さっさと回復させなさい!』

 

『回復力しょぼ! 全然治んないんですけどぉ』

 

『はぁ? 自分を回復させる魔力が残ってない? 唾でもつけときなさいよ』

 

 憎たらしいマリンの声が耳の奥で蘇る。

 今思えば、これは確かにひどい。

 回復させてもらっておきながら、お礼の一つも口にしないなんて。

 あんな勇者が指揮するパーティーなんて、追い出されて正解だったのかも。

 なんて考えていると、不意に少女が興味津々といった様子で聞いてきた。

 

「お兄さんってもしかして、旅の人?」

 

「えっ? あぁ……うん……まあ……そうかな」

 

「へぇ、そうなんだぁ」

 

 じろじろ、まじまじ。

 少女の好奇心旺盛な視線が、全身を駆け巡る。

 別に不快ではないけれど、さすがにそこまでじぃーっと見られると恥ずかしいな。

 堪えかねた僕は、苦笑しながら問いかけた。

 

「旅人って珍しいかな?」

 

「ううん、そんなことないよ。みんなノホホ村のことが好きで、よく旅の人とか来るんだ。だから村のみんなは、よそから来た人たちには優しいの」

 

「へ、へぇ、そうなんだ」

 

 少女からのその返事に、僕は内心で安堵する。

 よそ者を厄介がっているようには見えなかったけど、この子からの声を聞いて改めてそれがわかった。

 ここを治療院を開く場所に決めて本当によかったな。

 一つの懸念が払拭されて、人知れず笑みを浮かべていると、目の前の少女が唐突に自己紹介をしてきた。


「私の名前はコマっていうの。お兄さんは?」


「えっ? あっ、えっと、僕の名前はゼ……」


 言いかけ、僕はふと声を止める。

 次いでかぶりを振ると、言い直すようにして続けた。


「……ノンっていうんだ。よろしくね、コマちゃん」


「うん! よろしくノンお兄さん!」


 僕らは無事に自己紹介を済ませる。

 本当の名前を言ってもよかったんだけど、勇者パーティーで回復役をやっていた僕とは、ここでおさらばしておきたいと思った。

 それに、名前を隠しておけば、色々と厄介事に巻き込まれずに済みそうだし。

 僕の名前はこれからノン。黒髪黒目のただの青年だ。

 白衣にも似た白コートを好んで着用して、無詠唱で回復魔法を使えるが、勇者パーティーで回復役をやっていた人とは別人である。

 

 いや、これならいっそ、無詠唱で使えることも隠した方がいいのか?

 応急師ってまだ僕以外に見たことないし。

 何かテキトーな詠唱でも考えて、それでお客さんの治療をすれば……

 

 なんて悪だくみにも似た思考を巡らしていると、不意にコマちゃんが小さなその手で僕の手を取ってきた。


「ノホホおばさんに会わせてあげる!」


「ノ、ノホホおばさん?」


「うん! ノホホ村の村長さん!」


 唐突な提案に目を丸くしてしまう。

 僕のことを気に入ってくれた、ということなのだろうか?

 それとももしかしたら、旅の人が来たら村長さんに会わせる決まりでもあるのだろうか?

 

 まあどちらにしても僕は彼女の手引きに身を任せることにする。

 この村で治療院を開くのなら、その前に村長さんに会っておいたほうがいいだろう。

 挨拶はもちろん、その許可とかももらわなければならないだろうし。

 もしダメだった場合、すぐに別の場所を探さなきゃいけないしね。

 

 というわけで僕は、コマちゃんに手を引かれるという形でノホホ村の村長さんに会いに行くことになった。

 弾むように歩くコマちゃんに激しく腕を揺られながら、あぜ道を進んでいく。

 やがて畑エリアを抜けて、中央広場に戻ってくると、そのまま北の方にある小高い丘を登ることになった。

 村長さん宅はそこにあった。

 

 到着すると、さっそくコマちゃんは庭先で揺り椅子に腰掛けるおばあさんの方に駆け寄っていった。

 彼女がノホホおばさんらしい。

 揺り椅子に揺られながらウトウトとしていて、コマちゃんが近づいたことに気が付くと、随分眠そうな様子で椅子から立ち上がった。

 どうやらこれが平常モードのようだ。

 いつものほほんとしていて、幸せな夢を見ているようにウトウトしているのだとか。


 そして僕のことは、コマちゃんの方から紹介してもらった。

 いわく、回復魔法で怪我を治してくれたお兄さんと。

 何やらそれが好印象に映ったらしく、ノホホおばさんは柔らかい笑みをこちらに向けてくれた。

 そして傍らで話を聞いていた村人たちからも、たくさんのお礼を言ってもらえた。

 不安に思っていた“掴み”は完璧なものとなった。


 その後、村の人たちによくしてもらった。

 治療院をやろうとしていることを話したら、快く許可してくれた。

 むしろ物凄く勧めてくれて、誰も使っていない小屋までもらってしまった。

 おまけにそこの掃除まで手伝ってくれて、治療院を開けるまで面倒も見てもらってしまった。

 所持金が乏しいときにご飯を食べさせてもらったり、宿も格安で使わせてもらったり。

 そうした温かい援助を受けて、ノホホ村の人たちのおかげで、僕は晴れて治療院を開くことができたのだった。


 ここから僕の、勇者パーティー時代とはかけ離れたスローライフが始まる。

 

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