第2話 「これからどうしよう」
「はぁ……これからどうしよう」
祝賀会が催されている会場を後にし、王都からも出た直後。
特に当てもなく近くの森に入り、僕はたった一人で林道を進んでいた。
なるべく勇者パーティーから遠ざかりたかったとはいえ、目的もなしに町を飛び出したのはマズかったかな?
もう少し今後の計画を練ってから町を出るべきだった。
勇者パーティーの回復役という栄誉ある職を失い、現在は『無職』。
今までマリンたちの身の回りの世話や、怪我の治療などは行なってきたけど。
それ以外のことは何もしたことがない。
回復役になる以前に働いていたこともないし、当てにできる知り合いもいない。
そもそも僕はなりたくて勇者パーティーの回復役になったわけではないのだ。
勇者マリンは僕の”幼馴染”だ。
同じ町に、同じ時期に生まれ、家も近所だったからよく二人で行動していた。
同い年の子が周りにいなかったからというのも理由の一つだ。
そして十歳になったのを機に、僕とマリンは二人して『祝福の儀』を受けることになった。
『祝福の儀』とは、成人になった証として女神様から『天職』を授けてもらえる儀式のこと。
そして『天職』とは、女神様から与えられる恩恵のことだ。
人はそれを授かることによって、スキルや魔法を使うことができるようになる。
『戦士』や『魔術師』、『治癒師』や『盗賊』……そして、『勇者』や『聖女』といった最上級の天職まで。
その数は優に百を超えるという。
その中から女神様が、儀式を受けた人に見合った天職を授けてくださるので、天職はその人の個性や才能として捉えられることが多い。
中でも珍しいのは、『特異職』と呼ばれる世界でたった一つの天職だ。
これには先ほど述べた『勇者』や『聖女』も含まれる。
一説によると、特異職を授かった者がこの世を去ると、その天職は次に祝福の儀を受けた誰かに受け継がれるとされている。
先代の勇者が魔王軍四天王のうちの一人に敗れてから数年。
そろそろ後継者が現れるだろうという時に、当時十歳だった少女マリンが祝福の儀でそれを受け継ぐことになったのだ。
そんな勇者マリンの誕生を、皆は心から祝福した。
僕も幼馴染としてとても鼻が高かった。
これから幼馴染のマリンは勇者として祀られ、遠いところへ行ってしまうのだろうと。
しかしその予想は、思わぬ形で裏切られることになった。
『魔王討伐? じゃ、こいつも連れていきま~す』
『えっ?』
なんとマリンは勇者の使命を聞いた直後、すぐ近くで見ていた僕の手を取って無理やり連れ出したのだ。
まあ、昔からなんだかテキトーな性格をしていたからな。
そういう大雑把さというか大胆さみたいなものも勇者に必要な資質なのかもしれない。
そんなこんなあった末、僕は勇者パーティーで回復役を務めることになったのだ。
ゆえに僕には真っ当な社会経験がない。
そんな状態で平原に投げ出されて、かなり絶望的な状況である。
思えば自分から連れ出しておいてパーティーを追い出すなんて尋常じゃないくらいひどいよな。
って、今さら嘆いても仕方がないので今後について考えよう。
「いっそ冒険者にでもなって、どこかのパーティーに回復役として加入した方がいいのかなぁ」
と一瞬だけ考えるが、すぐにその案にかぶりを振る。
一度パーティーから追い出されたトラウマがあるので、再び誰かとパーティーを組むのは遠慮しておきたい。
じゃあ
何より僕はもう、戦いや面倒事には絶対に巻き込まれたくないと思っている。
じゃあこの先どうすればいいんだ? と深く頭を抱えていると……
「んっ?」
林道の先にうずくまっている人が見えた。
道の端に寄って、大木を背もたれにじっと座り込んでいる。
その人物は腰に剣を帯び、防具として軽い胸当てをしている。
おそらく冒険者だろうか? 小柄な体躯を見るに、僕とそんなに歳が離れていない少女だと思われる。
こんなところでいったい何をしているのだろうか?
そう不思議に思って歩み寄っていくと、少女は伏せていた顔を僅かに持ち上げた。
そして僕の顔を見るや、突然カァと頬を赤くしてしまう。
その様子に疑問を覚えた僕だったが、すぐにその意味を悟った。
少女は両手で自らの右膝を押さえていた。
どうやら怪我をしているらしい。
腕や足に土が付いていることから、たぶん転んでしまって、その姿を僕に見られて恥ずかしがっているのだろう。
僕としてもこの状況はとても心苦しいので、早急に立ち去りたいと思うのだが。
しかし僕は彼女の前で膝を折って屈んだ。
それから左手を伸ばし、傷ついた少女の右膝にそっとかざす。
僕のその行いに不思議そうに首を傾げる少女だったが、何かを言われる前に僕は短く唱えた。
「ヒール」
ぽわんと白い光が左手に灯る。
すると瞬く間に光を当てられた傷口が塞がってしまった。
治療を終わらせた僕は、すぐさま立ち上がる。
今くらいの傷ならば、僕の回復魔法でも即効で治療することができる。
恥ずかしがっている彼女の意を汲んで、早急に立ち去るのがベストだったが、僕としては治してあげたい気持ちの方が大きかった。
だから回復魔法を使って治療してあげると、不意に少女は右膝から僕に視線を移し、驚愕するような声を漏らした。
「い、今、無詠唱で……」
「……?」
無詠唱?
やがて僕は、「あぁ……」と遅れて気が付くことになる。
ずっと自分の回復魔法ばかり見ていたから、すっかり忘れていた。
無詠唱で回復魔法を発動させるのはかなり珍しいことなのである。
「あっ、えっとね、僕の天職は『応急師』っていうんだ。初級の回復魔法しか使えないんだけど、その代わりに魔法詠唱がいらないんだよ」
苦笑しながら最低限の説明をしてあげると、少女は呆然とした様子で固まってしまった。
そう、僕の天職は『応急師』だ。
主に回復魔法を得意としている。
しかし使えるのは初級の回復魔法までで、大きな怪我の場合は重ね掛けして治す必要があるのだ。
その煩わしさこそが、勇者マリンが僕を追い出した最大の理由である。
けどまあ、その代わりに……
僕は無詠唱で回復魔法を使うことができる。
基本的に魔法は、ステータスに記された呪文を詠唱することで発動させることができる。
しかし僕の場合はそれがいらない。
短い魔法名を口にするだけで回復魔法の発動が可能なのだ。
というところが、『”応急”師』たる所以なのだろう。
仲間の傷を、応急措置をするように素早く癒やす治癒師。
一見便利なように見えるかもしれないが、勇者パーティーの中じゃその特異性は限りなく薄まってしまう。
こんな中途半端な力しか使えないんじゃ、追い出されて当然だよなぁ。
と自嘲的な思いに浸っていると、不意に目の前の冒険者少女が大きな声を上げた。
「す、すごいですね!」
「えっ?」
「無詠唱で回復魔法を使えるだなんて、とんでもない力じゃないですか!? 色んな人の助けになりますし、戦闘中は素早く仲間の傷を癒やすことができる。まるでお噂に聞く、勇者パーティーで活躍している『高速の癒し手』さんみたい!」
「……」
今度は逆に僕が、カァと顔を熱くさせる番だった。
勇者のマリンは当然として、剣聖ルベラや賢者シーラの噂は至る所で耳にしていた。
それに比べて僕は地味な回復役で、そういった噂は一切ないと思っていたんだけど。
まさかそんな大層な名前で呼ばれていたとは。
やばい、恥ずかしすぎる。
「わ、わたし今から王都に行って、祝賀会に出ている勇者パーティーを見ようと思っているんです。まだ一度もお顔を拝見させていただいたことがないので、すごく楽しみにしていて」
「そ、そうなんですか」
顔まで知られていなくてよかったと、僕は人知れずほっとする。
そんなことを思っている間に、少女はすかさず立ち上がり、すっかり元気な様子で続けた。
「それで急いでいたら転んでしまい、もう間に合わないとか思ってたんですけど、すごい助かりました。えっと、何かお礼ができたらよかったんですけど……」
「い、いや、気にしないでください。僕が好きでやったことですから。それよりも先を急いでください」
と言うと冒険者少女は、申し訳ございませんと深く頭を下げてきた。
そして王都の方へ向けて走り出していく。
と、その途中で足を止め、こちらを向いて声を張り上げてきた。
「言い忘れてました! この度は本当に、ありがとうございました!」
「……」
そして今度こそ彼女は、林道の奥へと姿を消した。
僕はしばし目を丸くしながら固まり、やがて少女に掛けてもらった言葉に心を打たれる。
……ありがとう、か。
回復魔法を使ってそんな言葉を掛けてもらったのは、果たしていつぶりだろうか。
勇者パーティーで回復役をしていて、勇者たちの傷を癒やすのが当たり前になっていた。
日々当然のようにしていることだから、パーティーメンバーたちはおろか僕自身ですら、治療行為はお礼を言われるようなものではないと思っていた。
でも、そうじゃない。傷を治したらお礼を言ってもらえるんだ。
そしてその”ありがとう”が、まさかここまで心に染み渡るものだったとは。
と、そこで僕は、はっとなって気付かされる。
「あっ、そっか、これを”仕事”にすればいいんだ」
怪我をして困っている人を、治癒師の力で助ける。
そうすればもっとたくさんの”ありがとう”を言ってもらうことができる。
町には治癒師が営む治療施設があったりするので、僕もそういった治療院をどこかで開けばいいんだ。
真っ暗だった視界に、一筋の光が差したように見えた
戦いや面倒事に巻き込まれることもなく、治癒師としての力を生かしてありがとうを言ってもらえる仕事。
勇者パーティーで回復役だった僕は、治療院を開きます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます