第2話 「これからどうしよう」

 

 勇者マリン。

 先代の勇者から『勇者』の天職を受け継がれた、魔王と戦う使命を背負った少女である。

 

 彼女は僕の”幼馴染”だ。

 まあ、腐れ縁と言い換えることもできるけど。

 同じ町に、同じ時期に生まれ、家も近所でよく一緒に遊んだりもしていた。

 同い年の子が少なかったこともあり、常に僕たちは二人で行動していた。

 そのことで、よく大人たちからはからかわれたものだ。

 

 そして十歳になったのを機に、僕とマリンは二人して『祝福の儀』を受けることになった。

 祝福の儀とは、成人になった証として女神様から『天職』を授けてもらえる儀式のこと。

 そして『天職』とは、女神様から与えられる恩恵のことだ。

 人はそれを授かることによって、スキルや魔法を使うことができるようになる。

 『戦士』や『魔術師』、『治癒師』や『盗賊』……そして、『勇者』や『聖女』といった最上級の天職まで。

 

 その数は優に百を超えるという。

 その中から女神様が、儀式を受けた人に見合った天職を授けてくださるので、天職はその人の個性や才能として捉えられることが多い。

 中でも珍しいのは、『特異職』と呼ばれる世界でたった一つの天職だ。

 これには先ほど述べた『勇者』や『聖女』も含まれる。

 一説によると、特異職を授かった者がこの世を去ると、その天職は次に祝福の儀を受けた誰かに受け継がれるとされている。

 先代の勇者が、魔王軍四天王のうちの一人に敗れてから数年。

 そろそろ後継者が現れるだろうと世間の人々は予想していて、当時十歳だった少女マリンが、祝福の儀でそれを受け継ぐことになったのだ。 


 そんな『勇者マリン』の登場は、すぐに世間に知れ渡るところとなった。

 故郷の町も一気に大混乱し、皆が勇者マリンの誕生を心から祝福した。

 まあ僕としても、幼馴染の身として少し鼻が高かったりもしたのだが、しかし周りの人たちとは違って素直に喜べない気持ちもあった。

 なぜなら彼女には、たった一つの欠点があったからだ。

 

『えっ? わたし勇者? へぇ~……じゃ、魔王討伐行ってきま~す』

 

 マリンは、勇者として選ばれたありがたみなど露程も感じないくらい、サバサバとした性格をしていたのだ。

 正直な奴ではあるが、物事を悪い意味でテキトーに捉えている。

 だって彼女は、勇者の使命を聞いた直後、すぐ近くで見ていた僕の手を取って『じゃ、こいつも連れていきます』と何の躊躇いもなく言ったりするのだ。

 さすがにこの時は、僕でも目を丸くして驚愕してしまった。

 

 まあ何はともあれ、そんなこんなあった末、僕は勇者パーティーで回復役を務めることになった。

 祝福の儀では回復系の天職を授かったため、治癒能力を活かしてマリンを回復させたり、家事ができない彼女のために身の回りの世話をしたり。

 他にも時々、彼女は『だるい、めんどい』と言って魔王討伐を面倒くさがったりしたので、それをなだめるのも僕の仕事の一つだった。

 など色々な困難はあったけれど、マリンは勇者としての力を期待以上に発揮し、僅か数年で四天王のうちの一人を下してみせた。

 そして八大陸のうち、四つを魔大陸として魔王軍に支配されている中、マリンは電光石火の如くその一つを取り返してみせたのだ。

 

 その知らせに、世間は大いに奮い立った。

 彼女はたちまち英雄として祀られた。

 旅をする中で仲間も増え、初めは二人しかいなかったパーティーも、『剣聖』と『賢者』を加えて四人パーティーまで成長していた。

 僕らは勇者パーティーとして、人々からたくさんの賛辞と声援をもらうことになった。

 だから……

 

 魔王討伐はすこぶる順調だと思っていた。

 パーティーメンバーとの仲はあまりよくなかったけど、それも旅を通じて次第に深まっていくと考えていた。

 それに、初めは無理矢理に入れられた勇者パーティーだったけれど、旅をしていく中で僕も魔王討伐への想いが強くなり、人々の役に立ちたいと思うようになっていたからだ。

 勇者や剣聖や賢者のように、特別な力を持っているわけではないけど、彼女たちのその後ろで、回復役として、脇役でもいいから戦い続けたいと。

 ……そう、思っていたはずなのに。


 僕は勇者パーティーを追放されてしまった。




「はぁ……これからどうしよう」


 祝賀会が催されている会場を後にし、王都からも出た直後。

 特に当てもなく近くの森に入り、僕はたった一人で林道を進んでいた。

 なるべく勇者パーティーから遠ざかりたかったとはいえ、目的もなしに町を飛び出したのはマズかったかな?

 追放されたショックがかなり大きかったから、しばし魂が抜けたようになっていたけれど、もう少し今後の計画を練ってから町を出るべきだった。


 勇者パーティーの回復役という栄誉ある職を失い、現在は『無職』。

 今までマリンたちの身の回りの世話や、怪我の治療などは行なってきたけど。

 それ以外のことは何もしていない。

 回復役になる以前に働いていた経験もないし、当てになる知り合いだっていない。

 社会経験ゼロの青年が、無職となっていきなり平原に投げ出された。

 かなり絶望的な状況である。

 

 いっそ冒険者にでもなって、どこかのパーティーに回復役として加入した方がいいのかなぁ。

 と考えるが、一度勇者パーティーから追い出されたトラウマがあるので、再び誰かとパーティーを組むのは遠慮しておきたい。

 じゃあ単身冒険者ソロで、とも考えるが、一人での効率なんてたかが知れてるし。

 何より僕はもう、戦いや面倒事には絶対に巻き込まれたくないと思っているのだ。

 じゃあこの先どうすればいいんだ? ともう何度目かわからない疑問をループさせていると……


「んっ?」


 林道の先に、うずくまっている人が見えた。

 道の端に寄って、大木を背もたれにじっと座り込んでいる。

 暗い色のフードを目深まで被っているので、顔を窺うことはできないが、とても小柄な体躯をしているので女性だと思われる。

 ていうか、少女と言っても差し支えなさそうだ。

 僕とそんなに歳が離れていないだろう女の子が、こんなところでいったい何をしているのだろう?

 

 そう不思議に思って歩み寄っていくと、少女はフードに隠れた顔を僅かに持ち上げた。

 警戒している様子はなく、向こうもどこか不思議そうに首を傾げている。

 そんな少女が両手で押さえているのは、自らの右膝。

 どうやら怪我をしているらしい。

 その具合を見るに、負傷してからしばらく放置していて、それが広がったものだと思われる。

 

 知り合いに回復魔法が使える治癒師がいないのだろうか?

 そうでなくとも町に行けば、薬師が営んでいる薬屋や、治癒師がいる治療院があるというのに。

 もしやお金が勿体なくて、我慢してしまうタイプなのかなぁ……なんて思いながら僕は、彼女の前で膝を折って屈んだ。

 それから左手を伸ばし、傷ついた少女の右膝にそっとかざす。

 僕のその行いにますます不思議そうに首を傾げる少女だったが、何かを言われる前に僕は短く唱えた。


「ヒール」


 ぽわんと白い光が左手に灯る。

 すると瞬く間に、光を当てられた傷口が完全に塞がってしまった。

 治療を終わらせた僕は、すぐさま立ち上がる。

 今くらいの傷ならば、僕の回復魔法でも即効で治療することができる。

 魔王軍と剣を交える勇者が負うような、常人なら気を失うレベルの大怪我とかなら、重ね掛けしなければならないけど。

 だからこそマリンに愛想つかされたんだよなぁ、と自虐的な気持ちになっていると、不意に眼前の少女が自身の右膝から僕に視線を移し、驚愕するような声を漏らした。


「い、いま、無詠唱で……」


「……?」


 無詠唱?

 やがて僕は、「あぁ……」と遅れて気が付くことになる。

 ずっと自分の回復魔法ばかり見ていたから、すっかり忘れていた。

 

 無詠唱で回復魔法を発動させるのはかなり珍しいことなのである。


「あっ、えっとね、僕の天職は『応急師』っていうんだ。初級の回復魔法しか使えないんだけど、その代わりに魔法詠唱がいらなくて……って、そんなことどうでもいいよね」


「……」


 苦笑しながら最低限の説明をしてあげると、少女は呆然とした様子で固まってしまった。 

 そう、僕の天職は『応急師』だ。

 主に回復魔法を得意としている。

 しかし使えるのは初級の回復魔法までで、先ほど言ったように大きな怪我の場合は二度掛けや三度掛けして治す必要があるのだ。

 その煩わしさこそが、勇者マリンが僕を追い出した最大の理由である。

 けどまあ、その代わりに……

 

 僕は無詠唱で回復魔法を使うことができる。

 

 基本的に魔法は、ステータスに記された呪文を詠唱することで発動させることができる。

 しかし僕の場合はそれがいらない。

 短い魔法名を口にするだけで回復魔法の発動が可能なのだ。

 というところが、『”応急”師』たる所以なのだろう。

 仲間の傷を、応急措置をするように素早く癒やす治癒師。

 

 一見便利なように見えるかもしれないが、勇者パーティーの中じゃその特異性は限りなく薄まってしまう。

 こんな中途半端な力しか使えないんじゃ、追い出されて当然だよなぁ。

 と、再び自嘲的な思いに浸っていると、不意に目の前の少女からの視線に気が付いた。

 いまだに不思議そうな目をこちらに向けていて、逆に僕の方が首を傾げることになる。

 まだ何か気になることでもあるのだろうか? 応急師の説明をもう少し詳しくした方がいいとか?

 と、そこで僕は、今さらながらに気が付いてしまう。

 

(あっ、そっか、突然助けられたことに驚いてるのか。そりゃそうだよな)

 

 目の前を通りかかっただけの人に、いきなり回復魔法を掛けられれば、誰でも不審に思うに決まっている。

 ていうかそう言われてみれば、どうして僕は彼女のことを助けたのだろう?

 道端で怪我をしているところを見掛けたからなんとなく?

 回復魔法の力を持っていて、僕が助けるべきだと義務的なことを思ったから?

 

 いや、そうじゃないか。

 僕はまだ、誰かの役に立っていたいんだと思う。

 たとえ勇者パーティーを追い出されても、治癒師として、応急師として、誰かの役に立っていたい。

 

 と、そこで僕は、はっとなって気が付かされる。


「……そうだ、これを”仕事”にすればいいんだよ」


 怪我をして困っている人を、応急師の力で助ける。

 さっき言ったみたいに、治癒師の知り合いがいなくても、町に行けば怪我を治してくれる治療院がある。

 そういった安心感を与えられる治療院を、僕も開けばいいんだ。


 真っ暗だった視界に、一筋の光が差したように見えた。

 ようやく進むべき道が見えた僕は、もう何年ぶりのように思える笑顔をぱっと咲かせる。

 そしてそのきっかけをくれた少女に対して、逆にお礼を言うのだった。


「どうもありがとう! じゃあ、僕もう行くから。今度からはちゃんと、怪我はすぐに治療するんだぞ」


「は、はぁ……こちらこそ、どうもッス」


 突然明るくなった僕に対して、少女は訝しい目を向けてくる。

 それでも最後は互いにお礼を言い合って、僕たちは別れた。

 僕は林道を突き進んでいく。

 やることが見えたら、もう迷いなんてなかった。

 僕は、戦いや面倒事に巻き込まれることなく、治癒師としての力を存分に生かしてみせる。


 勇者パーティーで回復役だった僕は、治療院を開きます!

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