勇者パーティーで回復役だった僕は、田舎村で治療院を開きます
空 水城
第1章
第1話 「追い出されました」
魔王軍四天王の一人『北のネビロ』を討伐し、魔大陸から帰還した直後。
王都で祝宴を催している最中のことだった。
「あんたいらないから」
「はいっ?」
宴会の主役である勇者マリンが、ケーキを頬張りながら唐突に僕にそう言ってきた。
青髪青目の少女にフォークの先を向けられて、僕はきょとんと目を丸くする。
意味がわからないと言うように固まっていると、やがてマリンはスイーツで頬っぺたを膨らませながら続けた。
「あんたの回復魔法、傷の治り悪いし、何回も掛けないと完治しないし、それに次に行く魔大陸はもっと魔物が強くなるみたいだから、これ以上あんたのこと守ってらんないのよ。てなわけで、ここで”お別れ”ってことで」
辺りが賑やかなムードに包まれる中、突然の解雇を言い渡される。
あまりに不意な知らせだったので、しばし僕は唖然としてしまった。
ここでお別れ? っていうことは、勇者パーティーから追い出されるってことか?
「な、なんで急にそんなこと。ずっと一緒に戦ってきたじゃんか。そりゃ、他のメンバーに比べたら僕はすごいわけじゃないし、初級の回復魔法しか使えない治癒師だけど……」
それでも、勇者パーティーの『回復役』としてそれなりに頑張ってきたつもりだ。
北のネビロの討伐の時は、解毒魔法と解呪魔法で状態異常を治してやった。
小さな傷だってすぐに治療してみせた。
勇者パーティーの身の回りの世話をしていたのだって僕だし。
「そ、それに何より、僕が抜けたら回復役はどうするんだよ?」
思い悩んだ末に出てきたのは、脅しにも似た問いかけだった。
僕がいなくなれば、勇者パーティーの回復役がいなくなる。
そうなれば傷を治療することもできなくなって、パーティーが崩壊するぞ。
という問いに対してマリンは……
「あぁ、それだったら、この子に代わってもらうことにしたから」
「えっ?」
彼女は椅子の後ろに突っ立っていた一人の少女を、僕に紹介した。
肩で切り揃えられた黒髪と、感情を感じさせない無表情。
小柄な体躯を包むのは、汚れ一つない純白の修道服。
終始ジトっとした目をこちらに向けて、ただただ黙り込んでいるが、驚くべきほどの美少女だった。
「この子、テレアっていうんだけどね、この祝賀会で偶然見つけたのよ。なんか『聖女』っていう珍しい天職を持ってるらしくて、すんごい回復魔法が使えるみたいだし、何よりめちゃくちゃ可愛いの! だから勇者パーティーの回復役にぴったりじゃない?」
実に嬉しそうにテレアなる少女のことを紹介されて、僕は思わず呆然とする。
回復職の中でもトップの力を持つとされている『聖女』。
圧倒的な回復力を誇る聖女の回復魔法は、他とは比べ物にならないと有名だ。
その上、可愛いものが大好きなマリンが心底気に入っている。
まさに勇者パーティーに打ってつけの治癒師だ。
「これから回復役はこの子に任せることにしたから、あんたはもういらなーい」
そう言われてしまえば、僕に返せる言葉は何もなかった。
初級の回復魔法しか使えない落ちこぼれの治癒師と、回復力最強の聖女。
回復役として劣っているのは誰の目にも明らか。
おまけにマリンのみならず、『女剣聖』のルベラと『女賢者』のシーラも反対はしていない。
彼女たちはただ黙って、テーブルの端で僕とマリンのやり取りを見守っている。
そういえば二人は、僕のことをそこまで好いてはいなかったんだっけな。
サバサバとした性格のマリンとは違って、彼女たちは明確に僕を嫌う理由がある。
剣聖のルベラは強いものが好きで、弱っちい僕のことをバカにしているし。
賢者のシーラは大の男嫌いで、パーティー内で唯一の男子である僕のことを遠ざけている。
勇者パーティーに僕の味方は誰もいない。
聖女テレアも、元々寡黙な性格なのか何も言わないし。
だから僕は、泣く泣く荷物をまとめることになる。
「……くそぉ」
……まあ、いつかはこうなるだろうと薄々予想はしていた。
マリンのサバサバとした性格なら、いつかは僕のことを切って捨てるだろうと。
落ちこぼれの治癒師をいつまでもパーティーに置いておくはずがない。
何より彼女は可愛いものが大好きで、パーティーメンバーを全員美女・美少女にすることを夢に見ていた。
そう思うと僕への解雇通告は当然のように思えてくる。
なんて言い訳のようなことを考えながら、僕は荷物をまとめ終えた。
そして祝賀会の会場から立ち去ろうとする。
だが、ふと思いとどまり、マリンたちがいるテーブルへと進路を変更した。
最後くらいは挨拶しておこうと思ったから。
理不尽な解雇通告を受けたとはいえ、これまでたくさんの苦難を一緒に乗り越えてきた。
性格は最悪な連中だけど、黙ってお別れするのも……なんだか寂しいしな。
そう思って談笑する彼女たちの元に歩み寄ると、僕は弱々しい声で言った。
「じゃあ、僕もう行くから」
これが最後の言葉になるのだと思った。
だから僕の脳裏には、勇者パーティーで過ごした数年間の思い出が蘇ってくる。
大変だったけど、その分やりがいのある回復役だった。
苦しい戦いに勝った時の充足感は、他では決して味わえないだろう。
それらの思い出を噛みしめながら口にした、精一杯のお別れの言葉……だったのだが。
勇者マリンは……
「んー、お疲れぇ」
「……」
こちらに目を向けることもなく、投げやりな感じでぶらぶらと手を振っただけだった。
これにはさすがにキレそうになった。
祝賀会の会場のド真ん中に置かれている巨大ケーキを持ってきて、パイ投げの要領でマリンのムカつくくらい綺麗な顔をクリームだらけにしてやろうと思ったくらいだ。
しかしそれをやる度胸もなく、僕はすごすごと後ずさっていく。
そうして僕は、勇者パーティーから追い出されたのだった。
……ちくしょう。
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