ユウシャバスター

ゆったり彩's

クエスト:『異世界転生した僕がスマホで召喚してユウシャになった件について』

僕の名前は杉宮卓郎。どこにでもいるごく普通の高校生だ。

夏休みも終盤に差し掛かったところで、僕は手を付けていない宿題の山から目を背けるべく、ベッドでゴロゴロしながらスマホゲームに興じていた。


このゲームというのがすごくてね。ざっくり言っちゃえばよくある剣と魔法のファンタジーなんだけど、有名なシナリオライターを起用しているだけあって作り込まれた世界観と魅力的なキャラクターたちがもーたまんない!


おまけにガチャも良心的だし無課金でもいっぱい引ける。

「あ、夜中にメンテやってたのか。また詫び石がもらえるぞ」


今回のピックアップガチャは『魔導剣士メリス』という美少女キャラだ。

キャラデザもツボだし、声を当てているのは推しの声優、何しろネットでの評判も「壊れ性能」「引いたらゲームクリア」「すまんけどメリス持ってない情弱おりゅ?w」ってなもんで是非とも手に入れたいキャラなのだ。


「手持ちの石は…」

20連分!あと召喚チケットが一枚。くそぅ、夏の水着ガチャにつぎ込みすぎたか!

だが回さなければキャラは出ない!20連の奇跡を信じて…


「いざ!」


健闘むなしく大外れ。20人のキャラはすべてが限界突破素材に変えられてしまった。

「わかってたよ。どーせ当たらないって。クソ運営乙!」

スマホを放りだし、僕はそのままふて寝を決め込むことにした。



夢を見た。誰かに呼ばれる夢。女の子の可愛らしい声に導かれて、僕は光に向かって走り出す。

やがて―――



目を覚ますと僕は知らない街に立っていた。西洋風…というか、中世にタイムスリップしたかのような町並みに、しばらく呆然としていた。


ふと我に帰ってあることに気付く。喧騒を行く人々の様子がおかしい。たった今市場から出てきた女性は薄い金髪に色白な肌、それに…

「耳が尖ってる…」

まるでゲームやアニメに登場するエルフのような姿をしていた。


肉屋の前で慎重に牛肉を吟味している男は、背が低く、髪の毛が生えておらず、肌が緑色でまるで…

「ゴブリンだ…」


最近のアニメでよく見る展開だ。今期の話題作を海外サイトでいち早くチェックしている僕にはわかる。要するに僕は

「異世界転生したのか…!」

剣と魔法の世界で紡がれる僕の冒険譚…笑みをこぼさずにはいられなかった。




―――アレが今回の対象か。十代くらいの男で、小太り。

しかし、なんでどいつもこいつも突然ニヤけるんだ?気持ちわりぃ。




自分が念願の異世界転生を果たしたとあれば、いろいろとやらなきゃいけないことがある。

冒険者ギルドに登録だったり、国の偉い人の目にとまったり… あ、勇者専用の伝説の剣を抜きに行くのも忘れないようにしないと。

でもやっぱ一番は…

「美少女ヒロインと運命の出会いっしょー!」


しかし…誰もこっちに近づいてくる気配がない。おかしいな。こういうときは大体ヒロインの方から向かってくる展開が多いはずなのに。

周りの人々は僕に目もくれず、買い物をしている。いや、正確には時折視線を感じる。こっそり様子をうかがうようなチラチラした感じで。たぶんこの世界では珍しい服装をしているからとかそんな理由だろう。


女の子が来ないならこっちから行くしかない。男には度胸が必要だってなんかのマンガに書いてたし、クラスのパリピもナンパは勢いが大事って言ってた…のを小耳にはさんだし。

ここはひとつ、たまたま近くを歩いていたエルフ美女に!


「お姉さん、ボクのハーレムに入りませんか。」(キメ顔)


「いや…いらないです…」


お姉さんはそそくさと走り去っていく。わかってた。わかってたけどね。

「いいです」じゃなく「いらないです」って言われたのも地味にクるなぁ。


ヒロインには後々出会うとして、まずは冒険者として認められなくちゃならない。この街のギルドに向かおう。ギルドといえば街で一番大きな建物と相場が決まっている。


街の中心にある建物の前へやってきた。年季の入った石造りの壁にはヒビが入り、ところどころ苔に覆われていてレトロな風合いで…。ダメだ、もうフォローできない。

「ボロくせぇ!!」

街の真ん中に置いとくにはあまりにも惨めなギルドは、一歩間違えれば廃墟にも見えた。

入口近くの壁には小さい看板がかけてある。

『おいでよ ユウシャのギルド たのしーよ。』

まるで子供のラクガキだった。開いた口が塞がらないってこういうことを言うのね。


軋むドアを開けて中に入る。

「すみませーん、誰かいますかー?」

室内に向けて問いかけると、薄暗いカウンターの奥に人影が見えた。

せめて美人の受付嬢だったらいいな。


「いらっしゃい、見ない顔だね。ユウシャ志望の子かな?」

やたらイイ声で話すイケメンが出てきた。しかもガタイがいい。


「どうした?いろいろがっかりしたような顔をして。男前が台無しだぞ。」


お互いに軽く自己紹介をして、書類手続きに入った。受付の彼は名前を「ガリウス」というそうだ。

冒険者登録の手続きはすんなり進んだ。この世界での身分は証明できないから不安だったけど、案外簡単なんだね。

「この世界のギルドでは冒険者よりも『ユウシャ』って呼び方の方が多いから覚えておくといいぞ。タクロー。」

「ユウシャかぁ…」

まだクエストにも出てないのに勇者なんて呼ばれちゃってなんだか気恥ずかしいなぁ。


「さっそくだが、ユウシャデビュー向けのクエストがあるぞ。こいつを受注すればわずかだが支度金が出る。察するに金目のものは持ってないんだろ?」

これはありがたい。どうやら装備一式と今夜の宿代くらいは賄える金額がもらえるらしい。僕以外には誰も来てないし寂れたギルドなのかと思ってたけどかなり良心的じゃないか!

「受けます!そのクエスト!」

「オッケー、威勢がいいな!クエストの内容は『ヒカルダケ』というキノコの採集だ。簡単だろ?じゃあ初回サービスってことで細かい手続きはこっちでやっておくな。」

キノコ狩りくらいなら僕にも余裕余裕!正直いきなりモンスターと戦わされなくてホッとした。

「そんでこれが支度金。採集クエだからって甘く見ないで装備はきちんと整えるんだぞ。未来ある戦士が散っていくのは悲しい!」

「先行投資ってやつですね!備えあれば憂いなしってことだ!しっかりした防具買わなきゃ!」

「…そう、それだ!…センコートーシ?だ!ソナエアレバ…うれしいなだ!」


クエストの開始は明日の夕方から。まずは宿を探して、クエストが始まるまでに装備とアイテムを揃えよう。

「タクロー、私は基本的にここのカウンターに常駐している。なにか困ったら気軽に寄ってくれよ!」

ガリウスさんもこう言ってくれたし、これからも安心してクエストを受けられそうだ。

今晩は明日から始まるユウシャ生活のためにゆっくり休むことにしよう。




―――オレはヤツが出ていくのを見計らって、張り付いていたギルドの天井から降りた。

「おう、なんだ来てたのかレイジ。」

「いつもすまねぇガリウス。今回のこともバスター協会には…」

オレは申し訳なさそうな顔を作ってみせる。

「わかってるよ。先走ってユウシャを監視していたのは内緒にしてやろう。」

こいつは協力的だし、おそらくユウシャと最初にコミュニケーションをとる人間だ。繋がりを持っておいて損はない。


「毎度熱心だねぇ。クエスト時間が始まる前から情報収集とはな。」

「あぁ、横一列に並んで『よーいドン』で始めるクエストなんてクソだぜ。ホントなら今すぐヤツを追いかけてぶっ殺すこともできる。」

見栄じゃねぇ。あのノロマそうな顔をした男なら10秒でお釣りがくる。

「口だけに留めておいてくれよ。協会が黙ってないぞ。」


「…しかし悪いカオしてるよなぁ。さらに表情作りが苦手ときた。さっきのショボくれた顔もヘッタクソだったぞ。」

「てめーは一言多いんだよ!!」



翌日、昼頃に起床した僕は市場に出て装備を揃えた。軽さが売りの防具に、扱いやすい短剣。最初はこんなもんだろうけどいずれはもっとカッコいい武器を買おう。

武器屋の店員さんの態度が怪しかったのは引っかかったな。僕の姿をジロジロ眺めて、接客もぶっきらぼうで…。裏でコソコソ誰かと話しているようだったし…。そのうち名をあげて見返してやろう。


クエストの開始が夕方からだったのは『ヒカルダケ』は暗くなると光るという性質を持っているからなのだそうだ。ずいぶん直球なネーミングなんだなあ。


時間が少し余ったので休もうと宿屋へ向かう途中、不意に人とぶつかった。

相手は僕より二つか三つ年下に見える少年で、銀髪のツンツンした髪型と頬に残る傷跡が印象的だった。

「ごめん、大丈夫かい?」

こちらが先に謝ると彼は

「…わりぃな、急いでっから」

と急ぎ足で人ごみに消えていった。彼もユウシャなんだろうか…。僕よりも体格が小さいのに歴戦のオーラというか、修羅場をいくつもくぐってきたようなそんな風格を感じた。




―――悪く思うなよ。




日が傾いてきたころ、僕はクエストに指定された森に来ていた。集めた『ヒカルダケ』は森の入口にある木製の箱に詰めるだけでいいらしい。出来高制で、たくさん収穫するほど報酬が増えるらしい。当面の宿代を得るためにも気合い入れるぞ!


木々がうっそうと生い茂るこの森はこの時間帯にはもう真っ暗になる。当然まぶしく光っているものは

「あった…!」

自然と見つかる。暗闇に目が慣れてくると、ヒカルダケは予想以上にたくさん生えているのがわかった。ありったけ納品すれば宿代どころか、武器なんかも買えちゃうかもしれない。いっそのことアパートでも借りようか。期待に胸が熱くなってくる。採ったキノコは大事にポーチに入れていった。


調子よくキノコ狩りをしていると、突然背後の茂みがガサっと音を立てた。

今までまるで人の気配がなかった森が放った、予期せぬサインに思わず身構える。

人?なんで人がこんな真っ暗な森にいるんだ。クエストじゃなければユウシャですら立ち寄るはずがない!…きっと小動物かなにかだ。でも万が一…。

僕は腰の短剣を抜き、襲撃に備えながら走った。あたりで輝くヒカルダケを頼りにして。


僕は開けた場所へとたどり着いた。だいぶ走ったような気がしたけど、そもそもここが森のどのあたりなのか、自分がどの方向から来たのかも、もうわからなくなってしまっていた。

「くそ…どうする…どうしたら…」

呼吸が荒くなってくる。きっと明るくなるまで森の外に出ることもできないだろう。このまま逃げ続けて…


ガサァッ!バキバキバキ!


来た!逃げようとしても追い付いてくるということは、確実に僕を狙っているのだろう。

「やるしかない。戦わなきゃ…!」


茂みから飛び出してきたのは二足歩行する巨大なヘビ…違うッ

「トカゲか…ッ!?」

辺りの光でぼんやりと浮かび上がったのはギョロギョロした眼と鋭いキバ、鈍く煌めく固そうなウロコだった。

「…モンスター…本物の…」


恐怖のあまり動けなくなる僕を、奴は待ってはくれなかった。咆哮をあげ、こちらへ突進してくるッ!

「うわっ、うわあああああああああッ!!」

必死に剣を振り回すが、トカゲ男はあっさりと弾きとばしてしまう。この暗さでは剣を拾うことすらできない。抵抗する手段を失った僕はその場にへたり込んだ。

トカゲ男は距離を詰めてくる。逃げられない!打つ手なしッ!!詰んだッ!?


しかし、ユウシャに希望の光が差した!突然ズボンのポケットが溢れんばかりの輝きを放ち始めたのだ!僕がポケットから取り出すと、手の上には触り慣れた長方形の端末があった。

「スマホ…?なんで…」


愛用のスマートフォン、この世界には持ち込んでいないはずのアイテムが窮地を救ってくれた。

画面には異世界に来る直前まで遊んでいたゲームのガチャページが開かれていた。

「でも、石はもう使い果たして…いや」

まだある。使っていなかった召喚チケット、その最後の一枚が!

トカゲは急激な光にあてられ、目がくらんでいた。今しかない!


「これは…やれってことだよなぁ…ッ!」

僕は画面の「召喚」ボタンに指を伸ばす。

ピックアップキャラは向こうにいたときと変わっていない。

「出ろおおおぉぉぉぉッ!!『メリス』ううううぅぅぅぅぅ!!」

全身全霊をかけてそのキャラの名を叫んだ!


目の前に虹色の魔法陣が展開され、中心に光のエネルギーが集まっていく。

「確定演出…!」

やがて視界は白く包まれ…光が引いたときにはそこに見覚えのある少女が立っていた。

「呼ばれて飛び出たっ!メリスちゃんにまっかせといて♪」


やった。この大一番で奇跡をつかみ取った!メリスはトカゲ男に剣を構える。一瞬ちらっとこちらに振り向き、

「マスターさんは逃げて!そのポーチは置いていかなきゃ、またすぐに追いつかれちゃうからね!」


そう言われて初めて、僕は収穫したヒカルダケがポーチの中でも光っているのに気づいた。さらに言えば、点々と生えているキノコよりもポーチの方が強い光を放っている。たくさん採ってしまったためか。これではどこまで逃げてもトカゲ男からは丸見えだったというわけだ。


「ありがとう、メリス!頼んだよ!」

腰からポーチを外し、逃走を図る。途中振り返ってみるとメリスの実力はなかなかのようで、すでにトカゲ男に膝をつかせていた。

「これならいける!助かる!」



―――そう上手くは行かさねぇんだよな。あのリザードマンには悪いがこっちは先手を打ってある。光るポーチを捨てたとしてもオレにはちゃあんと見えてるぜ。

アンタの肩についた特殊な塗料…。昼間ぶつかったときに拭いつけておいた、オレが作ったゴーグルでしか見えない塗料の光が!

キノコの明かりに照らされてうすぼんやりと桃色に輝いてやがる。オレはそこ目がけて…ッ


飛ぶッ!!



「やった、逃げ切れる!」

メリスのおかげで僕は広場の端まで到達していた。あとはこの森を抜ければ助かる!クエストなんてまたやり直せばいい。ガリウスさんに紹介してもらえばいくらでも受けられる。しかも今度はメリスも一緒だ。もっと安全に暮らしていける!


「どーだろうね、それは。」

急に背後から声が聞こえ、振り向く間もなく僕は切り伏せられた。

「ぐあああああああああっ!!」

「首だ…もう助からねぇよ。」


激しい痛みに気が動転し、鼓動がさらに高まる。それに伴って首から血が噴き出してくる。いやだ、イヤだ嫌だ!!死にたくないッ!!


 最後の力を振り絞り、僕は自分を切った何者かに目を向ける。

「よう、兄さん。気分はどーよ。」

語りかけてくるのはなんと昼間街でぶつかったあの銀髪の少年だった。彼はナタのような刃物を両手に逆手で持っている。僕はあれにやられたのか…。


「残念だけどテメェは主役になんざなれねえよ。メインを張るのは…オレだ。」


 僕が最後にみたのはメリスさえも軽く払いのけ、トカゲ男のてあてをする少年のすがただった。なんで、なんで化け物となかよくしてんだよ…。ぼくは、ぼくはゆうしゃで…このせかいで…いきて…



「…逝ったか。」

兄さん。アンタには申し訳ないことなんだがな。これがこの世界のルールなんだよ。

異世界からの侵入者…外来種は殲滅する。



「それが、『ユウシャバスター』であるオレの仕事だから。」



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クエスト:『異世界転生した俺がスマホで召喚してユウシャになった件について』


                                 達成。




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