第30話 メニュー・ハンバーグ

 早速だがメニューの発表だ。

 本日は――皆大好きハンバーグ。知っての通りハンバーグといっても肉やそこに加える具によって組み合わせはいくらでも存在している。牛百パーセントや豚百パーセントのハンバーグに、玉ねぎやパン粉、シイタケなどを合わせるレシピに、合い挽き肉を使用したレシピなどが主要だが、今回はキメラの肉を使う。

 キメラの肉、というと変な感じだが、要は牛と豚と鶏が合わさった肉だ。試食してみたところ割合は六対三対一くらいの味だった。牛の脂、豚の香り、鶏のさっぱり感が相俟って食べたことの無い美味さだった。

 まずはキメラの肉を挽肉して、みじん切りにした玉ねぎを生で、粉末にした麩に牛乳を掛けたものと、溶き卵に塩コショウを合わせてよく練り混ぜる。程よく粘り気が出てきたら丸く成形して、火を通したとき膨らむのを考慮して中央に窪みを作ったら、熱したフライパンで焼く。最初は中火から強火で、片面に焼き色が付いたら裏返し、弱火にして蓋をし、蒸し焼きにする。

 焼き上がったハンバーグを取り出し、フライパンに残った肉汁に赤ワインを入れてを火に掛ける。沸騰したら弱火でじっくりと煮詰め、量が半分になったところでケチャップ・ウスターソース・醤油を入れて焦げないよう手早く混ぜて煮詰まったらソースの出来上がり。それをハンバーグに掛けたら完成だ。が、その前に同時進行していた付け合わせについて説明しよう。

 一つはじゃがいもを使ったもので、今回はポテトフライを作る。

 皮を剥かずに水洗いしたじゃがいもをくし形に切り、水に浸す。三十分ほど置いたら水気を切って、小麦粉と片栗粉、香草が入った袋に放り込み全体に衣を纏わせる。鍋にじゃがいもを入れて油を流し込んだら強火にかける。色が付いたらじゃがいもを一度取り出して、強火のまま熱を上げたらじゃがいもを戻して一気に焼き上げる。香草で味がついているが塩を掛けても良い。

 あとは、切って面取りしたニンジンを、水・砂糖・塩・バターと一緒に煮込んで作ったグラッセと、筋取りをして塩茹でしたインゲンをハンバーグを乗せた鉄板に盛り付け――洋食らしく平皿にご飯を持ったら、これでハンバーグ定食の完成だ。

「店長、お客さん来たよ。ジュースが飲みたいって言っていたけど、病気的に駄目なんだって」

「それなら問題ない。秘境島で採ってきたオレンジから作ったジュースがある。炭酸入りだ。それを持っていけ。俺はカモミールの紅茶を淹れる」

「は~い」

 カモミールにミルクを入れて、ハンバーグとライスと一緒にトレーに載せて店内へと向かった。

 ジュースを飲む少年と、その少年に愛おしい視線を向ける女性が一人。カモミールを差し出すと、申し訳なさそうに頭を下げた。

「お待たせいたしました。私が秘境レストランのシェフ、綾里と申します。こちらがご注文のハンバーグです。どうぞ、お召し上がりください」

 ハンバーグとライスを差し出すと、少年は母親の顔を見上げた。

「ほら、いただきますって言って」

「……いただきます」

 危なくないように置かれていた子供用のナイフとフォークを手に取った少年は、小さく切り分けたハンバーグを躊躇いがちに口に運んだ。一口食べ――驚いた顔を見せると、今度はご飯へ。直後に何かを我慢するような表情をしたが、何も起きないとわかると次は大きく切り分けたハンバーグを口に運んだ。

「っ――んっ」

 頬を膨らませるほどハンバーグとご飯を口に含んだ少年は、笑顔を浮かべながら大粒の涙を溢し始めた。そんな姿を見た母親が少年の口元に垂れたソースをハンカチで拭うが、涙を堪えながら――その手は震えていた。

「あ、の……お化粧室、ありますか?」

「ええ、私が案内します。リリ、頼んだ。どうぞ、こちらです」

 母親を化粧室の前まで促すと、ドアノブに手を掛ける直前でこちらに振り返ってきた。

「綾里、さん……本当に、ありがとうございます。あの子はずっと――ずっとご飯が食べられなくて……食べることも嫌がっていたのに、あんなにも美味しそうな顔を見たのは初めてです。なんてお礼を言えばいいのか――」

「いえ、お礼なんて。美味しく食べていただければそれだけで充分です。ですが、そうですね……一つだけお願いがあります。落ち着いて席に戻ったら、カモミールティーを一口飲んでください。温かいうちがオススメです」

「っ……はい、喜んで」

 俺の発言に、つい笑みを浮かべてしまったような母親はそういうと化粧室へ入っていった。

 どうやら少年は臓器の病気らしく、薬の副作用で何を食べても戻してしまうため食事を取りつつも点滴で栄養を補っていた、と。これから先もその現状は変わらないと思うが、秘境島の食材を使った料理には関係ない。

 席に戻った母親がカモミールティーを飲み柔らかい笑顔を見せると、少年は皿に乗った料理を残さずに平らげて、満足そうにジュースを飲み干した。

「わ~、綺麗に食べたね~! 美味しかった?」

「うん、美味しかった!」

 いつの間にか、リリは少年と仲良くなっていた。

「ほら、ごちそうさまは?」

「ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」

 そして、笑顔で手を振る少年は母親と手を繋いで帰っていった。費用は委員会持ちだから、こちらの収支は問題ない。まぁ、いつも通りの光景だ。

「ねぇ、店長。あの子の寿命って何年延びたの?」

「三年、だな。気になるのか?」

「ちょっとだけね。その三年後に何があるの?」

「安全に臓器移植が可能な年齢になるそうだ。とはいえ、委員会の管轄だからな。詳しくは聞いていない」

「そっか~……ねぇねぇ、店長! 私もハンバーグ食べたい!」

「まだ夕食には早いが――まぁいいか。俺はまかないの準備を始めるから、片付けは任せた」

「りょーかい!」

 三年後に少年が確実に臓器移植を受けられる保証は無い。仮に臓器移植をしても、助かる保証も無い。それでも、微かな希望を胸にこの店に来た。俺に約束できるのは延ばした寿命の分だけは確実に生き続けられるってことだけだ。

 ……いつものことだ。

 食べたいものの要望を訊き、食材を調達して、料理を作って提供する。

 満足そうな顔を見れただけで料理人冥利に尽きる。

 美味しい――と、ただその一言だけで悦に浸れる。

 秘境レストランを訪れる者は皆、美味しいのその先を求めている。料理人になってもうすぐ二年が経とうしているが、未だにその感覚は理解できていない。おそらくは、理解できないままでいることのほうが大事なのかもしれない。

 などと宣ってはみたものの。

 俺は――料理が好きで、リリと一緒に冒険をすることが好きで、作った料理を美味しそうに食べてくれる人が好きだ。……それだけだ。

 そんなところで。

 秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。

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