第29話 食材・合い挽き肉

 集会が終わったからといって、通常業務が休みになるわけではない。

 本日訪れているのは秘境島の中心ではないか、と言われている第五十地区。その理由は地区の真ん中にどこまで続いているかわからない、底の見えない巨大な穴が開いているからだ。そして、もう一つ――何かを守るように獰猛な獣たちが穴の周囲にいる。そのどれもが、銃を持った軍人ですら一撃で殺されてしまうくらいに強い、化物のような獣たちだ。

 今回の目的はその中の一匹で、今のところ捕獲例は無い。

 例えば鶏と蛇が一体になったバジリスクやコカトリス、鷲と獅子を合わせたグリフォンのような混成獣の一種だが、その生物に名前は無い。

「てんちょ~、今日の獲物なんだっけ?」

「……いい加減に覚えろよ。今日の目当ては名前も無く捕獲情報も無いキメラだ。思い出したか?」

「あ~、アレだ。店長のノートには載ってたんだっけ?」

「ああ。捕獲方法も何も書かれていない代わりに、肉の味だけは書いてあったアレだ。ってなわけで、リリ。頑張れ」

「うん、頑張る!」

 目的ではない獣との戦闘を避けるため、大回りで森の中を進んでいくとようやく辿り着いた。

 二足歩行の下半身は鶏で素早さがあることを物語っており、上半身は牛。特筆すべきは頭に生えた二本の攻撃的な形をした角だろう。人間の体でさえ容易に貫きそうだ。

「リリ、勝つ算段は?」

「攻撃手段はあの角だと思うから、まずは角を折ることを目標にしてみようかな」

「サポートできることがあれば言ってくれ。可能な限り手伝おう」

「ん。じゃあ、行ってくる!」

 準備運動を終えたリリは、キメラに真っ直ぐ突っ込んでいった。すると、こちらを警戒していたキメラも角を突き立てて駆け出してきた。二者が激突する瞬間、地面に着くほど下げた角が振り上げられ――リリは宙を舞った。

「リリ!」

「だいじょーぶ! でも、角硬い!」

 今の一瞬で角を折ろうとしたのか。遠目ながら怪我も無いように見えるが、何が起きたのか全然わからなかった。たぶん、リリは俺を危険な目に合わせないために何かできることがあったとしても頼んでくることは無い。もう一年以上の付き合いなんだ。それくらいはわかる。なら、俺もここからできることをしよう。

 構えたナイフでキメラの角を弾きつつ、その硬い皮膚に刃を立てるが傷一つ付いていない。リリの打撃ならダメージを与えることも可能だと思うが、おそらく食材として傷付けないよう配慮しているのだろう。それは非常に助かる。だが、このままでは決着が付かずリリもキメラも無駄に苦しんでしまう。

 とりあえずキメラの特徴を纏めてみよう。二本の角は当然ながら敵を威嚇し攻撃するためのもの。足の爪は鋭く攻撃にも使えるだろうが素早さに加えて俊敏さがあり、視界から外れたリリにもすぐさま方向転換して対応することが出来る。そして、ナイフの刃も通らない硬い外皮。

 ……おかしくないか? 敵を一撃で倒せるだけの角があり、どんな攻撃でも避けられるような素早さがある。なのに、外皮まで硬い、と。混成獣だと考えれば不思議は無いのかもしれないが、だとしても必ずどこかに弱点はあるはずだ。

 例えば、上半身と下半身の繋ぎ目は? いや、すでにリリが試して刃が通らないことは確認済みだ。

 なら、頭を打って気絶させるのは? 外皮が硬いってことはナイフの柄でも大した衝撃は与えられないだろうし、リリの拳では頭そのものを潰しかねない。無しではないが、極力避けたい。

 じゃあ、穴に落とすのは? 鶏の脚を切るのは? 骨を折る? 引っ繰り返して動きを止める?

「どれも妙案とは言えないな……ん?」

 リリとキメラの戦いを眺めているとおかしな点に気が付いた。

 突進してきたキメラを跳び上がって避けたリリが背面に着地をして左側に動き出すのと同時に、キメラも左側に駆け出していた。視野角からして見えていないはずなのに、どうして視界に捉えるよりも先に動き出せるんだ? ……俺の仮説が正しければ傷一つ付けずにキメラを捕獲できるかもしれない。とはいえ、半端な攻撃では意味が無い。たしか使えそうなものを持ってきていた気が――あった。

「リリ! こいつを使え!」

 高く放り投げたそれを受け取ったリリは目を疑ったような怪訝な顔を見せた。

「え、これ、なに!?」

「拡声器だ! 思い切りやってやれ!」

「ん~……あ、なるほど!」

 逃げながらも使い方を理解したリリは、踵を返してキメラを待ち構えるように腕を広げた。その姿を見たキメラは挑発されていると思ったのか速度を増して突っ込んでいくと、角と角の間に収まる形でリリに激突した。そのまま引き摺られていったが、足元には抉れた地面が盛り上がり――そして、動きを止めた。

「よし、あとは――って、ヤバッ」

 思い切り息を吸い込むリリを見て、咄嗟に耳に手を当てた。

「――――――っ!」

 声にもならない高音が拡声器を通り、空気だけでなく辺りの木々を揺らすほどの振動を起こした。それなりに離れている俺が耳を閉じても目眩と頭痛を感じるほどだ。直で浴びせられたキメラには堪ったものではないだろう。

 振動が落ち着いてから近寄って行くと、キメラは直立したまま気絶していた。確認のため背後に回り込んでみれば、しっかりと豚の尻尾が付いていた。

「凄いな。相変わらず……意味がわからない」

「ふふん、まぁ余裕だったね」

「とりあえずロープで縛っておいてくれ。俺は確認したことがある」

「りょーかい!」

 リリにロープを渡して、俺はどこまでも続く深い穴のほうへ。覗き込んでみても底が見えるはずも無く。崖という岩肌ではないが、ロッククライミングの道具と打ち込む楔さえあれば下りていくことは出来そうだ。

「いや……現実的ではないな」

 周囲を見回していると見慣れたものが目に映った。近寄って確認してみれば、クライミングで一番上に刺す道具だった。ロープも無いし、相当錆び付いているから余程古いものだろう。穴を守るように配置された獣たち――当然、その先には何かがあると思ってしまうが、ここは秘境島だ。何も無くとも不思議は無い。

「店長、縛ってきたよ~」

「ご苦労さん。じゃあ、安全な場所まで行ったら絞めて血抜きをするか」

「……ねぇ、店長? ここさ、なんか掘り返されてない?」

「そりゃあロープを固定するための道具だ。掘り返して埋めるのが普通だろ」

「ん~……スコップある?」

「あるけど……はぁ。じゃあ、好きにしろよ。俺は行ってるぞ」

「は~い」

 好奇心に勝てないのが冒険家だ。

 そして、想像力豊かなのが料理人だ。料理の組み合わせを想像したら試してみないと気が済まないのが料理人……まったく、嫌な性分だ。

 そりゃあ冒険家とも相性が良いわけだよ。まぁ、リリとは特別だと思うが。

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