第28話 メニュー・三品のフルコース
じゃあ、調理を始めよう。
まずは持ってきた秘境島産のトマトとアボカドを小さなさいの目切りに。量はアボカドのほうを多めにしたほうが良いだろう。粒マスタードとマヨネーズ、それに秘境島から採ってきた食材で作ったソースに入れて混ぜる。それをクラッカーの上に載せたら、一品目の完成だ。
次は炊いた米に酢と砂糖、塩を掛けて混ぜ合わせる。均等に混ざったところに白ゴマを振り掛け、再び混ぜる。その酢飯で掌大の丸いおにぎりを作ったら、サーモンを包むように巻いて、そこに醤油とみりんに味噌を溶かしたものに先程と同様に秘境島から採ってきた食材を合わせて煮詰めたソースを刷毛で塗り、最後にいくらを三から五粒ほど乗せたら完成だ。
最後はヘーゼルナッツ・カシューナッツ・くるみを砕き、アイスに混ぜてナッツアイスを作り、全ての材料を秘境島産で揃えたワッフルを焼いた。寝かせたワッフルの上にアイスを乗せて、傍らにソースカップを置いたら完成だ。
「お待たせいたしました」
リリの分も含めた七人前をワゴンに載せて会場に戻れば、すでに全員が食事を終えて満足しているようだった。
「さて、もうデザートまで食った俺たちにいったいどんな料理を食わしてくれんのかね」
「同じ日本人として恥ずかしくない品を頼むよ」
カルロスシェフの言うことも、園城シェフの言うこともわかるから何とも言えないな。
「まぁ、彼の実力は前回の集会で周知のはず。期待しましょう」
一番の古参にそう言われては下手なものは出せないが、外野に何を言われようとも出す料理は決まっている。言いたい奴には言わせておけ。俺は料理で黙らせるだけだ。
皿を並べ終えて、蓋を開けるように促した。
「カルロスシェフの言っていた通り、すでに皆さんはフルコースを食べ終えています。なので――再び最初から。私の作った三品のフルコースを召し上がっていただければと思います。可能ならば右から順に」
「へぇ、珍しいわね。右のはクラッカーに載ったサラダかしら?」
「ええ、その通りです、メリスシェフ。オードブルです」
「この大きさなら一口で行けそうだね。失礼して――っん、んん。なるほど。トマトの酸味とアボカドのクリーミーさ、マスタードの辛味にクラッカーの塩気が全体を纏め上げている。シンプルが故の美味しさだね」
「ありがとうございます、李シェフ」
「お次は手毬寿司か。では――……ふむ、味噌か。白ゴマの香りと相性が良いな」
気に入っていただけたようで何より。
「それでは最後の品ですが、是非とも傍らにあるソースを掛けてお召し上がりください。もちろん、最初は掛けずに味わうというのも一興ですが」
「なら、私はそのまま行こうかな。見た目は普通のナッツアイスにワッフルなんだけど――んっ……ああ、なるほど。そういう仕掛けね。じゃあ、こっちのソースは――はちみつ?」
「ご名答です、エミリー。そのソースは純度百パーセントのはちみつ。たっぷり掛けて、お召し上がりください」
「じゃあ――甘い……それなのにくどくない。このはちみつ、もしかしてサラダと寿司にも使っている?」
エミリーの疑問に、他の料理人たちは納得したように頷きながら視線を俺に向けてきた。答え合わせの時間だな。
「改めて説明するのも烏滸がましいと思いますが、まず仕掛けその一から説明します。一品目のアボカドとトマトのマスタード和えサラダですが、アボカドがサーモンと相性が良いのはご存知ですよね? 故に、一品目で多く入れたアボカドの風味を残したまま二品目の手毬寿司に行くとより旨味を感じることが出来ます。続けて二品目ですが、こちらは園城シェフの仰った通り味噌を使っております。そして、味噌というのはナッツと、それに意外にもバニラアイスと相性が良い。つまり、右から順に召し上がっていくことにより、味の相乗効果でより美味しく感じる、と」
「ちょっと待ってくれ。それだけでは説明が付かない一体感があったことは、この場にいる全員が気が付いている。その理由は?」
「はい、それこそがはちみつのおかげです。サラダのマスタードソース、サーモンの上に塗った照りソース、そしてワッフルに染み込ませたはちみつと、最後に掛けていただいたはちみつ、全て同じものを使用いたしました」
バランスを良くするのに苦労したものだ。一品目と二品目ではちみつを入れ過ぎると、アボカドと味噌の相乗効果が薄まるし、はちみつを少なくし過ぎても一体感が無くなってしまう。珍しく自分で自分を褒めてやりたいよ。
「……だが、そんな風に使えるはちみつが秘境島に有ったか? どこで手に入れた?」
その結論に至ることは目に見えていた。難癖をつけたがるカルロスシェフでも、素直に知りたいと思っているのだろう。
「隠すつもりも無いですし、何より管理委員会には報告済みなので言ってしまいますが――第四十四地区、デッドゾーンの中から採ってきました。もちろん、そこにいる冒険家と一緒に」
驚いた顔で一斉に振り向いた料理人たちに向かって、当のリリはピースサインをして笑顔を見せていた。
「ってことは、その中に蜂がいて……蜂の巣が有ったってこと?」
食い付きがいいのはエミリーか。まぁ、パティシエなら当然だな。
「そういうことです。ああ、もちろん、毒が無いことは確認済みなのでご心配なく。調達方法も委員会に報告してあるので、早ければ明日か明後日にでも皆さんに公表されるでしょう」
「……新しい食材、か……」
そう。今回の集会で新しい食材を使った料理を出したのは俺だけだった。まぁ、俺にしてもリリのアイディアに乗っただけなのだが。なんにしても、一番の新米に発想を持っていかれたことがショックだったのだろう。
項垂れる古参三人と、新たなメニューを思案しているであろう三人を横目に――俺は静かに肩を落とした。
これでやっとストレスから解放される。
秘境レストラン出張版――本日の営業は終了いたしました。
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