第27話 各国料理・フルコース

 天命の料理人が一堂に会する年に一度の集まり――正式な名目は秘境島の生態変化及び新たな調理法報告会。だが、実態はただの腕自慢料理コンテストみたいなものだ。話し合いもそこそこに、天命の料理人全員がそれぞれに秘境島産の食材を持ち寄って料理を振る舞うのが慣例になっている。

 すでに全員が集まっているであろう会場の扉の前には管理委員会の黒服が居る。

「天命の料理人、綾里シェフに御付きの冒険家。皆さまお待ちになっております。どうぞ」

 渡されたイヤホンを耳に嵌めて、開かれた扉の中に入れば、長テーブルを囲むように座る重鎮が六人――緊張してしまうね。

「おお、一番の若手が重役出勤とはな」

「そりゃあすみませんね、ミスター・カルロス。これでも急いできたのですが」

「いじめちゃダメよ。参加してくれるだけでも有り難いんだから」

 突っかかってきたのはぺルー料理のカルロスシェフで、擁護してくれたのがトルコ料理のメリスシェフ。その指に煌めくリングが目に入った。

「ありがとうございます。ミス――いえ、ミセス・メリス」

「ハロー、リリー」

「あ、エミリー。久しぶり~」

 リリと手を振り合っているのは俺の次に若いパティシエールのエミリー。

 面倒だから年功序列順に紹介していこう。いわゆる誕生日席に座っているのがフランス料理の巨匠・セバスチャンシェフ。そこから左右に日本料理人、園城シェフ、中華料理の李シェフ、トルコ料理人のメリスシェフにペルー料理のカルロスシェフ。そしてパティシエールのエミリーに最後に残ったのがジャンル不明の俺の席だ。ちなみに同伴者がいるのは俺だけである。それから基本的に会話は英語で。イヤホンは同時翻訳機だが、不意に母国語が出てしまった時のものだ。

「……たしか、一番最後に来た者が進言する決まりでしたね。では――食事にしましょうか?」

「ほっほ、ならば早速私から行こうかね」

 立ち上がったセバスチャンシェフはクーラーボックスを手に、部屋の奥にある厨房へと向かった。

 この集まりの厄介なところは、年功序列順に料理を出すということだ。つまり俺は最後。それ自体に問題はないのだが、フルコースだと考えるとパティシエが六番目でメニューが完成してしまっているのだ。故に作る料理に悩んで今日と言う日に遅刻してしまったわけだが。

 戻ってきたシェフはそれぞれの前に蓋をした皿を並べた。

「どうぞ、開けてくれ。まずはオードブル。バゲットに、秘境島のオリーブから作ったオイル、それにパンナコッタだ。さぁ、食べてくれ」

 さすがは本場のフランスパンだ。香りと食感が格別だな。精製が面倒なオリーブオイルは、おそらく香草と一緒に火にかけている。まるで、そのまま飲めそうなくらいに美味い。パンナコッタは……秘境島の牛から絞った乳で造られたチーズが原料か。濃厚だがさっぱりとしていて食べやすい。

「ほら、リリも」

「やった~」

 基本的には自分以外の六人分しか作られないから、リリには俺のを半分上げることにしている。味を理解するには半分でも充分過ぎるくらいだからな。

 お次はいつの間にか厨房へと消えていた日本料理の父、園城シェフの番だ。前の皿を受け取るのと同時に次の皿を並べていった。

「次はスープです。日本風に言えば澄まし汁。どうぞ、ご賞味ください」

 蓋を開ければ、中にはお椀が一つ。その蓋を開けた瞬間に、魚介の香りが鼻に届いた。香りだけではない。一切の濁り無い汁の中には花麩と焼き色のついた小さな餅が入っていた。まさしく日本って感じの料理だ。一口飲めば、口の中で柔らかい味と魚介が踊る。鼻から抜ける香りさえ美味しいと感じる。

「ヤー、お次は私。先に言ってしまうと、作ったのはカキを使ったチャーハン。そのカキは何を隠そう第三十三地区の湖から獲ってきたカキだよ」

 蓋を開けてみれば、そこには普通のものよりも明らかに色の濃いチャーハンと燻製したカキが二つ乗っていた。濃い、というか黒々としている。恐る恐る口に運べば、色の理由がわかった。オイスターソースが使われているんだ。そして、具材は分葱と肉の代わりに細かく切られたカキが。腐食性の水で育ったカキだが、カキそのものは毒を中和して水に溶けた栄養で育っているから、そりゃあ美味いに決まっている。

「あら、みんなチャーハンで満足? 今度はお肉よ」

 今度はトルコ料理のケバブだ。薄切りにされた羊の肉を剣に刺し、スパイスなどと挟んで積み上げたものをじっくりと焼き、火の通った端から削ぎ落とした肉をピタパンと一緒に頬張る。シンプルが故に味の良し悪しがわかりやすいが、メリスシェフのスパイス配合が最高だ。肉汁の甘さとジビエを彷彿とさせる芳醇な香り。程よい辛さに刺激されて留まることなく噛り付きたくなる。まぁ、俺はリリに半分上げるが。

「豪快な料理の後は繊細さで行くぜ? ペルー料理の伝統、カウサ・レジェーナだ」

 カルロスシェフが出したのは円形五層に重ねられたポテトサラダだった。上下がマッシュしたじゃがいもで、間が上からツナ・チキン・アボカドの視覚的にも楽しい四色だ。全部をまとめて口に入れれば、それぞれが違う味の旨味を出しているのに喧嘩せず一体となっている。甘み、塩気、食感、どれを取ってもバランスが良い。確かに、口の悪さと違って繊細な味だ。

「私はパティシエなのでデザートしか作れませんが……お一人用のブッシュ・ド・ノエルです。お口に合えば幸いかと」

 エミリーが出したのはロールケーキにココアパウダーを掛けて盛り付けをしたブッシュ・ド・ノエル。フォークで切り分けただけでわかる。生地が潰れないのに、ちゃんと柔らかい。口に含めばスポンジ生地のふわふわ感とクリームの甘み、そしてココアパウダーの苦みに合わせて上に散りばめられたさいの目切りのいちごの酸味を感じ、その中に――サクッとした食感があった。この風味はクルミだな。さすがに木の実なだけあって邪魔をしない。どころかアクセントになって美味い。もしこれがアーモンドだったら歯応えが有り過ぎるが、クルミというのがさすがだな。

「さて――」

 席をリリに譲って、俺は厨房へと向かう。

 デザートまで食べて、ここで終わればいいものの……まぁ、仕方がない。

 度肝を抜いてやるぜ、とは思わないが――これでも料理人の端くれだ。美味い、と思わせるくらいの料理は出してみようか。

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