第26話 食材調達

 夜明けと共に行動を開始した。

 第四十三地区のセーフティーゾーンから少し歩いたところにある第四十四地区にはヘリの着陸ポイントが存在していない。それなのに地区割りされている理由は、いわゆるデッドゾーンだからだ。

 遠目からでもわかる。デッドゾーンの周囲一メートルには草木の一本も生えていない。だが、その内側には木々が生い茂っている。つまり、デッドゾーンの内側にいる植物は順応しているというわけだ。

「……どう思う? リリ」

「ん~、たぶんガスだと思うんだけど……臭いからして硫化水素系では無さそうだね。この島特有のものかも」

「だとすれば、まずはそれを探らないとな。生き物がいる気配は?」

「いるけど、そんなに大きな獣はいないかな。いるのは虫とか」

「虫か」

 獣とは違い、虫や植物ならその場の環境に順応するのが早いから有り得る話だ。問題は、それがどういう進化なのかということ。

 前提として、リリの言うことは正しいのだろう。仮に硫黄ならガスマスクでどうとでもなるが、それでも進めないことはすでに証明されている。詰まる所、息をするだけで死ぬ、ということだ。

 実験が必要だな。

「どうするの? 店長」

「まずは、この紙を潰してデッドゾーンに投げ入れる」

「……何も起きないね」

 ゾーンの地面に転がった紙屑はそのままで何も起こらない。つまり、物には影響を与えないということがわかった。

「リリ、そこらに生えてる雑草を採ってきてくれ」

「は~い」

「そしたらゾーンに投げ込んでくれ」

「よいっしょ」

 地面に落ちた草は見る見るうちに腐るように溶けていき、その場から消えてなくなった。

「……溶けるたな。腐食させるガスなのか、それとも酸か?」

「ヤバいの?」

「そりゃあな。物は溶けない。植物は溶ける。生き物でも試したいところだが――動物実験はどうにも……」

 とはいえ、何もわかっていないままデッドゾーンに入ることは出来ない。どうしたものかと考えていると、どこかから戻ってきたリリの手には二匹のカブトムシがいた。

「ほら、もしも勝手に飛んでいったら動物実験にはならないんじゃないかな~って」

「いや、それは――あっ」

 こちらの話を聞かずに虫を手放すと一匹は反対側へ、もう一匹は羽を広げてデッドゾーンへと入っていった。

 すると、約一メートルほど進んでところで羽を閉じ地面に落ちてひっくり返った。足をバタつかせて再び飛び上がろうとするもすぐに力なく地面を転がった。そして、徐々にゆっくりと――生きたまま、体が溶けていった。

「うわ~……ヤバいね」

「……今の感じ……経験があるな」

「溶ける経験?」

「じゃなくて。たぶん……息切れだな。呼吸が出来なくて酸素が足りずに立ち上がれないような。経験ないか?」

「無い!」

「まぁお前はそうか。あくまでもただの勘なんだが……それだけじゃあ行動には移せないな」

「でもさ、最初の勘が大抵正しいってよく言わない? だからその線で考えてみよう。空気に原因があるとして、なんでガスマスクでは駄目だったのか?」

「しかも世界中で最も耐性の高いガスマスクを秘境島用に改良したものでさえ駄目だったんだ。物は大丈夫だが、植物も動物も駄目……呼吸している生き物が駄目ってことだよな?」

「生き物がってことは酸素に毒が含まれているんじゃない? それで内側から腐っていく、みたいな」

「いや、植物が空気中から摂取しているのは二酸化炭素だ。酸素だとすると……ん? ちょっと待て。ゾーンの周りに植物が生えていないのはわかるが、どうして中の植物は外まで枝を伸ばさないんだ?」

 まるで、そこに壁でもあるかのように枝葉の成長が止まっている。向こう側の地面には落ち葉もあるが、こちら側には一枚も無い。こちらから向こうに入った生物は溶けて無くなるのに対して、もしかしたら中の生物も外に出たら溶けて無くなってしまうのではないか? 逆の進化を遂げているのだとしたら、無い話ではないだろう。

 酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す植物に、毒の酸素を吸っても生きていけるように進化した虫。いや、違う。植物が毒の酸素を吸って、代わりに毒の二酸化炭素を吐いているとしたらどうだ? 虫が二酸化炭素を吸えるように進化できるのはいいとして、そもそも酸素の絶対量が少ないとすれば、ガスマスクで濾過したとしても呼吸困難を起こして、必要の無い二酸化酸素を吸収するのも道理なのでは? それなら対抗策が無いことも無い。あとの問題は、その空気に肌で触れても大丈夫なのかどうかってことだ。

「あ、店長の考えていることわかった。そこで見ててね」

 そう言うと足早にゾーンの手前まで行ったリリは、勢いよく右腕を中に突っ込んだ。

「おい! ……平気なのか?」

「うん、全然だいじょーぶ!」

 嬉しそうに戻ってきたリリだが、とりあえず平手で思い切り頭を叩いてやった。

「だとしても! あまり心臓に悪いことをするな。とはいえ、良くやった。これで方法はわかった」

「ほう! どうするの?」

「要は二酸化炭素を酸素に変えてやればいい。え~っと……この木わかるか?」

「秘境島にしか無い木でしょ? どこにでもある普通の木」

「いや、普通ではない。この木はいつだって青々とした葉をつけている。年中、いつ来ても常に。その理由は成長速度の速さにある。つまり、異様な速度で成長しては朽ち、再び成長するのを繰り返しているんだ。この木にも枯れ木があるが、それを目にすることのほうが珍しいってことだな」

「……? つまり、どういうこと?」

「つまり、この木は呼吸も早いってことだ。まぁ、それでも賭けには違いないんだが……」

「賭けられるものがあるならやるべきだね! 具体的にはどうするの?」

 あまり気乗りはしないが、バッグの中からガスマスクを二つ取り出した。

「別に難しいことは無い。このガスマスクの吸引口の内側に切り取った木の枝を詰めて、もしも毒が入ってきても体の中まで入ってこないように浅く呼吸をするんだ。前面のフィルターで可能な限り毒を抜き、通ってきた二酸化炭素を酸素の変える。ただそれだけなんだが……どうする? 自分の命を賭けてまで試してみるか?」

「ん~……店長はやるんでしょ?」

「ここまで来たからにはな」

「じゃあ、私もやる。冒険家、だからね」

 呆れつつも、ガスマスクを投げ渡した。そういえば、冒険家ってのはこういう奴らばかりだった。思えば親父も無茶を言いながら挑戦する奴だったなー、と。血は争えないね。

 そんなことを思いながら死地へと踏み入れた。

 さぁ――命運や如何に。

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