第25話 まかない・弁当
現状を正しく表現するのなら――袋小路に入り込んだって感じだ。
秘境島第四十三地区、通称・ラビリンス。似たような巨大な樹木が生い茂り、右か左か進んでいるのか戻っているのかすらわからなくなる森だ。そして、今は行き止まりに差し掛かっている。
「あれ~……さっきの場所を左だったかな? 右だと戻っちゃうし……ん~」
「何か目印とか無いのか?」
「感覚的に覚えているからさ~。可能性が高い道を進んでいくしかないよね。さっきの分かれ道はたぶん左だったかな」
「じゃあ、さっさと戻るか」
一先ずは樹海を抜けて野営予定地まで辿り着かなければ。昼間だから何にも出くわさずに済んでいるが、夜になったらこの森は獣の巣窟になる。
野営地――つまり、今日は秘境島で一夜を過ごす。冒険家ならば数か月の間を島で過ごすことも多いというが、料理人では珍しい。というか、ほぼいない。
来た道を戻って左側に進めば正解だったらしく、次の分かれ道が現れた。
まだまだ長い迷路を彷徨っている間に、作ってきた弁当のレシピをおさらいしよう。
まずは使う弁当箱について。
今回は三種類用意した。サンドイッチ用で蓋も出来る網かごの弁当箱と、水分量の多いスープ系料理も持ち運べる弁当ポット。それに、大型の二段式弁当。二人なのに三つも、と思われそうだがリリは大食いだ。これでも足りるかどうか微妙だから、その場合は内緒で持ってきた酒を出すとしよう。
一応、島に持ち込める食材には決まりがあるのだが、弁当に関しては五割以上が秘境島の食材を使っていれば持っていっても良いことになっている。まぁ、最終的には食べてしまうわけだし、細かい検閲もないがルールには従わないとな。
では、一つずつ。
サンドイッチはカツサンドを作った。
カツはシンプルに豚ロース肉を使う。最初に豚肉を叩いて柔らかくするが、肉叩きが無ければ包丁の背などで良い。万遍なく叩いたら、縮むのを防ぐため筋に数か所切れ目を入れる。あとは塩コショウを振って、小麦粉、溶き卵、パン粉の順に付け、百七十度に熱した油できつね色になるまで揚げる。油を切るときは網に対して縦に置いておくと良い。その間にパンを用意するが、あまり厚切りでないほうが良いだろう。挟む側の面にソースを塗るが、甘めのソースを使ったほうが味が馴染みやすいと思う。ソースを塗ったパンの片側に千切りキャベツを置いて、油の切れたトンカツを挟んで半分に切り分け、弁当に詰めれば完成だ。
次は弁当ポットだが、リリに食べたいものを尋ねたところパスタが良いと言われたのでつけ麺タイプのスープパスタを作る。
とりあえず、塩をたっぷり入れて沸騰させた鍋でスパゲティを茹でたら、水気を切ってボウルに移し、オリーブオイルを掛けて混ぜておく。そうすることで冷めても固まらない。
フライパンにオリーブオイルとスライスしたニンニクを入れて熱し、香りが立ったらベーコンを加えて炒める。そこに水とコンソメを入れて煮立たせたら、卵黄と生クリームにパルメザンチーズと塩コショウを混ぜた液体を加え、味を調えたらスープの出来上がり。熱い状態でポットに移し、上の容器にスパゲティを入れたらスープパスタ弁当の完成だ。
では、三つ目。大型の二段弁当の下段には小さめの丸いおにぎりを敷き詰める。種類は解した梅干しの身を混ぜたものと、ゴマ塩を振りかけたもの、それとケチャップライスに錦糸卵をかけたものの三色おにぎりだ。
次は上段のおかずについて。メインは唐揚げだが、作り方は以前に作ったものと変わらない。ただ保温保湿弁当でない限り料理は冷めてから入れたほうが良いだろう。特に今回は朝に作った弁当を夜に食べる予定だから、湿度は天敵だ。
それらを踏まえた上で料理を進めていこう。とはいえ、作るのは順不同だが。簡単なのから行こう。塩茹でしたさやいんげんと細切りにしたニンジンをちくわの穴に通して斜め切りにし、その切った面にわさびを溶かした醤油を垂らしたものを一品。弁当に入れるときは醤油を浸けた面を上にしよう。野菜系はあと二つ。水洗いしたゴボウを麺棒などで叩いて繊維を壊し、五センチ程度に切ったものを塩茹でにする。そうしたら、炒りごまに醤油・みりん・酢を混ぜたところに水気を切ったゴボウを入れてよく混ぜたら、たたきごぼうの胡麻和えの完成だ。味を染み込ませるのなら前日の夜に作ってもいいだろう。もう一つは蒸したブロッコリーをツナと合わせて、塩コショウとマヨネーズで和えたもの。好みでも良いがマヨネーズを多く入れ過ぎると時間が立って酸味が出ることもあるので気を付けよう。あとはサバの塩焼きと、ウィンナー。それにもちろん卵焼きも入れるが、今回は出汁巻きでは無く、砂糖を入れた甘い卵焼きだ。
弁当箱上段の半分は唐揚げで埋め尽くされているが、あとの料理はそれぞれ小分けのカップなどに入れると汁漏れの心配もないからオススメだ。……いや、本当に二人分の量じゃないな、これ。
などとおさらいしている間に無事樹海を抜けて、地区の境界近くにある岩場に辿り着いた。
「意外と順調に来たね~」
「だな。まぁ、明日に備えてゆっくり休めるから早いに越したことは無い。俺はテントを立てておくから、リリは火を起こしてくれ」
「りょーかい!」
この場所はいわゆるセーフティーゾーンで、岩に囲まれているせいもあるだろうが獣が寄り付かないので心配なく寝泊まりが出来る。そういうところは秘境島の各所にあって、磁場の影響ではないかと言われているが、今のところ人間への実害は出ていない。
テントの設置を終えて、寝袋などを用意して外に出れば轟々と燃える炎を凝視しながら腹の音を響かせるリリが居た。
今はまだ夕方だ。明るいうちに着いてテントを設置できたのは良かったが、夕飯を食べるには少し早い。とはいえ、腹を空かせるリリを無視できるほど、俺は薄情ではない。
「じゃあ、のんびりとメシにするか。まずはサンドイッチからだ」
「サンドイッチ! でも、お酒ないんだよね……」
「持ってきているよ。小瓶だけどな」
「店長、最高かよ!」
獣に遭遇しなかったのはリリのおかげだし、それくらいのご褒美は上げないとね。それに――明日は今日の比ではないほどに大変になるだろうから。
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