第23話 食材・バナナ
秘境島の第三十三地区には琵琶湖二つ分ほどの湖があり、その中央には孤島が浮いている。そこに行く方法は舟しかないのだが、この湖は腐食性の水質らしく一度でも湖を渡った舟は二、三日も経てば腐って使い物にならなくなる。だから、ここを訪れて孤島を目指す者は毎回、舟を作る必要がある。まぁ、より正確に言うのなら舟では無く――いかだ、なのだが。
「てんちょ~、そっちの太いやつのほうが良いかも」
「ん……ああ、こっちか」
幸いにも近くには竹が生えている。自然破壊をしないのがモットーだが、竹に関しては二人乗りのいかだを作る材料分くらいは、すぐに生えてくる。木を切らないだけ最低限の妥協点ってところだな。
切った竹を持っていけば、リリは並べた竹を数えていた。
「――十九。店長の持ってきたので二十本だから竹はこれくらいでいいかな。じゃあ、私が結んでおくから店長は浮き探してきて~」
「浮きね。サボるなよ?」
「そっちもね」
竹だけでもいかだとして使えないことは無いが、安定性を求めるのなら浮きは絶対に必要だ。普通ならポリタンクやタイヤ、もしくはペットボトルなどの浮力がある物を使うのが当然だが、ここは秘境島だ。しかも湖ともなれば人工物が流れ着くことも無いし、腐食することも考えて浮きになるものを持ち込むことも禁止されている。
ならば、どうするか? 当然、現地調達しかあるまい。
竹林から少し離れたところにある草むらには様々な植物が生えている。それこそ、竹を結ぶための頑丈なツタもここから調達しているわけだが、浮きとなる植物もここにある。
秘境島版のフウセンカズラ。普通の実が三から五センチくらいの大きさだとすると、ここに生えているのは十から十五センチの袋状の果実が生る。それに加えて皮も厚いので、極端なことを言えばサッカーボール代わりに使ったとしても破けることは無い。浮力も十分あるし、四つの角に三つずつで十二個もあれば足りるだろう。
リリの下へと戻れば、サボるどころかすでに完成間近だった。仕事が早いな。
「ほら、浮き持ってきたぞ」
「お~、でっかいのだ。そっち側持ってて」
「はいよ」
いかだの四隅に器用にくるくるとフウセンカズラを巻き付けて固定すれば、竹製いかだの完成だ。
「こっちがオール代わりの竹ね」
「……あの短時間でよく作れたな」
「冒険家っていうのも伊達じゃないってことだね~」
割った竹を縦横に組み合わせて、ちゃんと漕げるオールが二本も。俺が何もしてないんじゃないかと思えてしまうが、それは違う。適材適所ってやつだ。もちろん作業を手伝ったりはするが、その分の対価は支払っているし、俺は美味い料理を食わせている。……自分で言うのもなんだがな。
ともかく、湖に浮かべた舟に乗り込んで孤島に向けて出発だ。
腐食性の水なだけに酷い臭いでリリは鼻栓をしているが、慣れてしまえば問題は無い。腐食性とはいえ、この湖にも食材はあるが獰猛な生物は確認されていない。だから、舟での移動自体に危険は無く、のんびりとした渡り舟だ。
「そういえば、リリ。この間の話だが――」
「ん~? この間……あ、集会で使う食材、だっけ?」
「そうだ。何か案があるんじゃなかったのか?」
「あるよ! ほら、秘境島にも未開のところってあるでしょ。新しいレシピには新しい食材を! って感じなんだけど?」
「たしかに一理あるな。候補はあるのか?」
「いくつかはね~。どこに行くかによって準備も変わると思うから、帰ったら話し合う?」
「まぁ、そうするべきだろうな」
リリの独断で決められてはどれだけ危険な地区に行くことになるかわかったものではない。
そうこうしているうちに、孤島へと辿り着いた。……本当に何事も起こらなかったな。
孤島の通称はフルーツパラダイス。その名の通り果物が収穫できる島なのだが、種類は大体二十から三十ってところか。リンゴに梨、葡萄にマンゴー、ドリアンまであるがどれも今回の目的ではない。
「ねぇ、てんちょ~、どれか食べてもいい?」
「あ~、落ちてるやつなら別にいいぞ」
地面に落ちているものは熟れすぎているが、どの果物にしても味は極上。そんなに大きくない孤島だが、問題は目的の果物の木がどこにあるのかわからないということだ。
「店長! 桃がある! 桃!」
「そりゃあ、あるだろうよ。それより探している果物をその自慢の嗅覚で見つけてくれ」
「この辺りは水の臭いがキツくて私の鼻は使い物にならないよ? バナナだっけ?」
「そう、バナナだ」
「緑?」
「いや、黄色」
バナナは大抵、熟しきっていない緑色の状態で収穫する。だが、知っての通り秘境島から離れれば植物や生物の成長は止まるから熟れているものを持ち帰る必要があるのだ。
季節も産地も関係なく雑多に生えている木の中から一種類を探し出すのには骨が折れるが、虱潰しでどうとでもなるし、木も特徴的だからすぐに見つかるだろう。
などと考えている間に見つけた。
「……高いな。リリ、届くか?」
「ジャンプじゃ無理だから、木登りかな」
「任せた」
躊躇いなく木の幹に指を掛けたリリはするすると登ってバナナに手を掛けた。その間に俺は木の下で布を広げた。
「お~い、落とすよ~」
一房――二房――三房。
「もういいぞ!」
「は~い」
飛び降りてきて着地したリリの手にはバナナが一本握られていた。
「……大丈夫か?」
「問題なーし。すぐ帰る? もう鼻が限界なんだけど」
「ん、バナナも状態は良いようだし……そうだな。帰ろう」
鼻栓をしていると言っても口呼吸で感じる臭いがキツいのか顔を歪めるリリがいい加減に可哀想になってきた。
帰ったら面倒なことを考えなければならないが、今は料理に集中しよう――今回のは特に、失敗が許されない。まぁ、これまで失敗したことなどないのだが。
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