第22話 まかない・ピザ

 客を送り出したある日の夕方――いつも通りに厨房で皿洗いをしていると、すぐ後ろに立ったリリの腹の虫が鳴り響いた。

「てんちょ~、は~ら~へ~り~」

「ああ、そういえば忘れていたか。とはいえ、今日の料理は余分に作ってないからな……何が食べたい?」

「ん~、こってり系? ……チーズ!」

「チーズか。チーズ? あったかな……」

 冷蔵庫を開けてみれば――あった。しかも、それなりに大量に。だとしても何を作るかな。チーズを使った料理って結構あるし、まかないだからそんなに時間を掛けるのもね。

「なんでもいいよ~」

「なんでもが一番困るんだが……じゃあ、小麦粉もあるしピザでも作るか」

「ピザ! ってことは赤ワインだね!」

「まぁ、好きなの飲んで待ってろよ。つまみくらいは作ってやるから」

 とりあえずはクリームチーズを角切りにしてオリーブオイルに浸したものを、赤ワインを選んだリリに手渡して、こちらはピザ作りを始めよう。

 まず、生地に使うのは強力粉・水・塩・オリーブオイル、そしてパン作りには相応しくないと言ったベーキングパウダーだ。理由としては時間短縮と、今回は生地のふわふわさよりもチーズを味わうためだと思ってほしい。

 強力粉に塩とベーキングパウダーを混ぜたら、そこに水とオリーブオイルを足して良く捏ねる。イースト菌を加えているわけでは無いので、発酵などはさせない。

 捏ねた生地がまとまって滑らかになったら、二等分にして一つは円形に、もう一つは棒状に伸ばしておく。この時点で言っておこう。作るのはシカゴピザという高さのあるピザだ。今の時点で想像できなくても、調理過程で形がわかるだろう。

 使うとすれば円形の型か、もしくはスキレットでもあれば、そちらのほうが食べるときに苦労せずに済むかもしれない。

 今回は円形の型を使おう。

 まずは型の底に生地を入れて厚さが均一になるように伸ばし、棒状に伸ばした生地を土手になるよう底生地と合わせていく。

 そうしたら底にトマトソースを塗って、スライスした玉ねぎと輪切りにしたピーマンを乗せ、その上に粉のパルメザンチーズを万遍なく掛ける。ここからがチーズ祭りである。

 パルメザンチーズの上に、癖が少なく食べやすいゴーダチーズを掛けて、その上にコクがあり重厚な味わいのチェダーチーズを。今回はレッドチェダーチーズを万遍なく乗せる。

 チーズを隙間なく敷いたら、その上にミートソースを掛ける。自宅で作る場合はパスタ用に売られているソースでも構わない。ミートソースを掛けたら、その上に癖の無いモッツァレラチーズを散りばめて、百八十度のオーブンで二十分程度焼いて、生地に熱が通り表面のチーズがぐつぐつとしていたら完成だ。

 もちろん家庭で作る場合は好きなチーズと好きな具材で作ると良い。そうやって色々とカスタマイズできるのが手作りピザの良いところだからな。ただし、シカゴピザを作るときにはチーズを惜しまず使うことをオススメしよう。

 型から外したピザを深皿に盛り付けて店内に向かえば、渡したつまみを食べ終えて、何杯目かわからない赤ワインをグラスに注ぐリリが居た。

「あ、てんちょ~、良い匂いがする!」

「もう若干出来上がっているじゃねぇか。ま、いいけどさ。ほら、ご注文のチーズたっぷりのシカゴピザだ」

「いぇい! 包丁は? 私が切る!」

「はいよ」

 ピザの真ん中から二か所に切れ目を入れて、一ピース分引き抜くと溶け出したチーズが一気に溢れ出した。

「うわっ、やば」

 すぐさま口に運んでピザを頬張ったリリは、チーズの香りを味わった直後にワインを飲んで幸せそうに天を仰いだ。いや、まぁ、かじり付くのではなく取り皿に分けたところからナイフとフォークで食べてもらうつもりだったのだが、好きに食べてもらって構わないよ。

「コショウとか、タバスコもあるから好きに使ってくれ」

 俺は料理人だが、絶対にこうして食べてほしいという気持ちは無い。作った料理に何を掛けようと、どういう組み合わせで食べようとも、客が美味しいと感じて満足してくれればそれで良い。こうしたほうが絶対に美味しいのに――なんて、こちら側のエゴでしかないからな。

 六ピースに分けたピザを、俺は二切れ。リリが三切れと最後の一枚を食べている時、思い出したように口を開いた。

「あ、ねぇ店長? そういえば前に届いた招待状さぁ、そろそろ食材調達に行かなきゃじゃない?」

「ん、ああ、そうだな。あと三週間くらいだし」

「どこ行くの? たしか去年は凄い悩んでたよね~」

「初めてだったしな。結構面倒なんだよ。一応は親父の意志を継いでいるわけだし、新しいレシピを考えないといけないし」

「はい! 私も考えたい!」

「レシピをか?」

「じゃなくて~、使う食材を!」

「……まぁ、ものによってはお前が捕まえるんだし別にいいけど。何か案があるのか?」

 問い掛けるのと同時にグラスに並々注がれた赤ワインを一気に飲み干したリリは、ゆっくりと体を傾け始めた。

「ん~私はね~……あのね~……ほら、アレだよ~……」

 ああ、これはもう駄目だな。いったい何本のワインを飲んだのかとリリの座る椅子の下を覗き込めば、空のボトルが二本転がっていた。そして、テーブルにも空のボトルが一本。この短時間で計三本も飲んだのか。そりゃあ酔いも回る。

「まったく、何がそんなに美味いのかね。ほら、酔っ払い。肩を貸してやるからちゃんと自分の部屋で寝ろ」

「え~美味しいのはね~、お酒じゃなくて料理のほうだよ~。料理が美味しいからお酒が進むの~」

「……そうかい」

 悪い気はしないな。

 では。

 秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。

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