第21話 メニュー・パン
秘境島産の麦の優れているところは、これ一つでほとんどの粉もの料理が可能になるということだ。しかし、だからといって採取の量が限られているから天命の料理人でも小麦は普通のものを使っている者が多い。かくいう俺もその一人だが、今回ばかりは絶対にこの麦が必要だった。
小麦粉主体の料理――正確に言えば強力粉主体の料理を作る。
つまり、本日のメニューはパンだ。
以前にまかないで作ったサンドイッチとは違い、シンプルに美味しいパンが食べたいとの要望で、とりあえず三種類のパンを作ることは決まっている。
まずは王道の山食パンを作ろう。
必要な材料は強力粉・水・牛乳・酵母・砂糖・塩・バターの七つだ。気になる材料について説明しておくと、牛乳はパンの仕上がりをしっとりと舌触りを良くするために入れるので、苦手な者やアレルギーがある場合はもちろん水だけでも大丈夫だ。酵母とはイースト菌のことで、うちでは自家製の天然酵母を使うが自宅でパンを作る場合はドライイーストで構わない。ただしベーキングパウダーは使わないこと。砂糖にも色々と種類があるが、白糖や三温糖など好きなものを使うと良い。ただ、個人的な意見を言えばグラニュー糖は甘さがぼやけてしまうため避けたほうが無難だと思う。バターに関しては、他にもショートニングやマーガリンなどでも代用できる。とはいえ、一番良いのは無塩バターだ。
では、早速調理に移ろう。
まずはザルなどで振るった強力粉に塩を混ぜ合わせて、そこに牛乳と水の混合液を流し込み、箸か手の指で万遍なく回すよう混ぜる。ちなみに水と牛乳は先に合わせておいてレンジで三十秒から一分ほど温めておいた方がいいだろう。
生地がそれなりにまとまってきたら天然酵母、もしくは事前発酵させておいたドライイーストと砂糖を入れて、ボウルの中で軽く捏ねたら、パン捏ね台へ。
最初は掌底で押すように、生地を回しながら捏ねていく。ベタつきが無くなってきたところに常温に戻しておいたバターを混ぜ合わせる。すると油脂の影響で生地が弱くなるが、気にせずに捏ねる。そうして再びまとまってきたら、今度は台にこすりつけるように伸ばして引き戻す作業を繰り返す。この作業によって生地の伸びが良くなるが、同時に緩くなってしまう原因にもなるので、途中でまとめた生地を台に叩き付けて引き締めたほうが良い。
生地に張りが出てきて丸めたときに、つるんとした表面になったらオリーブオイルなどを塗ったボウルに生地を入れてラップをし、一次発酵させる。常温なら一時間程度放置するので良いだろうが、冷蔵発酵の場合は夜に生地を作って一晩冷蔵庫で寝かせると良い。目安は生地が二倍に膨らんで指を挿し込んだとき、抜いた指に生地が付かなければ発酵完了だ。ただ、この時に指を挿して生地がしぼむと過発酵してしまっている可能性があるので見極めが重要だ。
発酵が終わったら、ガスを抜くように生地を軽く手で押して、三等分に切り分ける。そうしたら、再び丸めて良く絞った濡れ布巾を掛けて十分間のベンチタイム。
生地を休ませたら麺棒で縦長に伸ばし、左右から三つ折りにしてクルクルと丸めていく。それを三つ作ったら食パン用の型の中に並べる。自宅で作る場合はオーブンシートなどを型に合わせて入れておくと焼き上がったパンを取り出しやすくなるだろう。蓋はせずに四十度のオーブンに二十五分入れて、二次発酵。
二倍に膨らんで取り出したら、オーブンを二百度で余熱スタート。余熱が完了したらそのまま二百度で三十分、本焼き。オーブンの温度に関しては各家庭の機種によって違うので何度か試してみると良いだろう。
焼き上がったら、型ごと二、三度テーブルに叩いて取り出し、網など熱が残らないところで冷ます。
次にフランスパン――バゲットの作り方だ。
材料は強力粉・水・塩・砂糖・酵母の五種類。それとモルトパウダーがあると良い。
一次発酵までは同じ作り方で。台に置いた生地を麺棒で長方形に伸ばしたら、長い辺を右から三つ折りにして、また真ん中から折って軽く綴じる。そうしたらラップを掛けて十分間のベンチタイム。生地を休ませたら綴じた面を上にして、再び麺棒で長方形に伸ばす。今度は長い辺の一方から生地を巻き込んでいき、端もちゃんと綴じて転がし形を整える。次に二次発酵だが、生地の左右に絞った布巾を置いて挟み、二十分から四十分放置。時間を見計らいつつ、オーブンを二百五十度で余熱スタート。高温で焼くことで、外側パリパリでバゲット特有の気泡が生地の中に出来る。
二次発酵が済んだら、包丁などで生地に対して縦方向三か所ほど浅い切れ目を入れる。そこにオリーブオイルなどを垂らして、霧吹きで水を掛ける。
オーブンに生地を入れ、二十分本焼き。
バゲットを作る場合は準強力粉やモルトパウダーを使うと綺麗なクラムの入ったパンが出来るが、今回のレシピでも作ることは可能だ。ただし、比較的柔らかく食べやすいバゲットだが。
お次はクロワッサンだ。
材料は強力粉・牛乳・塩・砂糖・酵母・無塩バターの六種類だ。つや出しの卵などは省いているが用意しておこう。
一次発酵まではこれまでと同様に。生地を捏ね台に出したらガス抜きをしつつ、十五センチ程度の正方形に成形して、ラップで包み濡れ布巾を掛けて冷蔵庫で三十分休ませる。
取り出した生地をさらに伸ばしていく。そうしたら中央にバターを乗せるのだが、バターは事前に袋などに入れて麺棒で伸ばしたものを冷蔵庫で冷やしておくといいだろう。生地にバターを乗せたら左右、上下から包み、ベタつくようなら一度冷蔵庫で休ませてもいい。今度は生地を縦長に伸ばして三つ折りに。それをラップで包み濡れ布巾を掛け、冷蔵庫で三十分休ませる。
そうして取り出した生地を伸ばして二等辺三角形に切り出し、底辺から先に向かって丸めていく。成形した生地を並べて霧吹きで水を掛けたらオーブンの最低温で二次発酵を十分から二十分。二倍に膨らめばそれで大丈夫だ。最後に溶き卵を塗って二百二十度に予熱したオーブンで十五分ほど本焼き。
これにて、山食パン、バゲット、クロワッサンのパン三種盛り完成だ。
「店長、お客さん来たよ。牛乳だって。秘境島の牛乳って無いよね?」
「無いことも無いが、うちには無い。普通の牛乳なら冷蔵庫に入ってる」
「は~い」
三十代の男性客曰く、死ぬ前に本当に美味い一斤パンを切らずにそのまま食べてみたかった、らしい。
パンに付けるため用意したのは秘境島の果物で作ったジャムと、バター風味のマーガリン。それと要望に応えてアンコとホイップクリームも。美味しいんだとか。リリも興味深そうに見ているし、まかないで出してみようかな。
パンを焼くのは半日掛かりの作業で、しかも、それなりに全身を使った肉体労働だ。……まぁ、さすがに秘境島探索ほど疲れはしないが。
そんなわけで。
秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。
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