第19話 メニュー・おにぎり

 まずは以前に採ってきた崖っぷちトウモロコシでモロコシ米を作るが、今回は二種類に分ける。一つは普通のご飯にして、もう一つは水分を含ませずに炊く前の米を作る。

 先に言ってしまおう。本日のメニューはおにぎりだ。作るのは五種類。

 最初は天かす鮭おにぎりを作ろう。

 前に獲ってきたマスの切り身に軽く塩を振って網焼きに。中までしっかりと火が通ったら皿に上げ、荒解しにしたら冷めるのを待つ。天かすは当然ながら水で溶いた天ぷら粉を油に落として作り、よく油を切っておくこと。油が残っているとおにぎりが油っぽくなってしまうので大事なことだ。しかし、自宅で作る場合、最近では天かすだけでも売っているし、鮭に関しても市販の鮭フレークでも良い。

 炊き立てのご飯をおにぎり一つ分だけ皿に移して、解した鮭と天かすを入れたら、醤油を一回しする。醤油の量は好みでいいが、入れ過ぎるとご飯がべちょべちょになってしまうので注意しよう。あとは天かすを崩し過ぎぬように優しく混ぜて、三角形に形を整える。ちなみにだが、おにぎりだからといって無理に三角形を作る必要は無い。最近ではご飯を詰めるだけ三角形のおにぎりを作る道具もあるが、別に丸くても構わないのだ。料理人が言うことでは無いが――家庭で作るおにぎりに重要なのは愛情だ。

 などと宣ったところで、作ったおにぎりはまだ海苔を巻かずに置いておく。

 次は煮卵おかかおにぎりだ。

 昨夜のうちに作っておいた煮卵について説明しよう。まずは失敗しにくい半熟ゆで卵の作り方から。とりあえず、卵は冷蔵庫から出して常温にしておく。次に鍋一杯に水を入れて火にかける。沸騰したところでお玉などに載せた卵を沈めて、蓋をしたら火を止める。これで八分間放置するのだが、常温になっていなかったり鍋に入れるときに衝撃を与えてしまうと卵の殻にヒビが入ってそこから白身が漏れ出してしまうので気を付けよう。八分経ったら卵を掬い上げて、氷水もしくは冷水の中へ。触れるくらいに熱が取れたら殻を剥き、半熟卵の完成だ。そうしたら密閉できる袋などに醤油・酒・みりん・砂糖・昆布出汁を入れて作った液体に卵を浸して、丸一日以上冷蔵庫で寝かせて煮卵の完成だ。家で作る場合は砂糖と昆布出汁の代わりにめんつゆでも良い。

 おかかはかつお節に醤油・酒・みりん・砂糖・白ゴマを混ぜて、焦がさないようにフライパンで炒めれば作れるが、まぁ市販のふりかけでも構わない。

 あとは、おにぎり一つ分より少しだけ量を減らしたご飯を皿に移し、そこにおかかを混ぜ合わせる。そうしたら片手にご飯を敷いて煮卵を乗せ、残りのご飯を包み込むように合わせて形を整えれば完成だ。言い忘れていたが、うちはレストランなので様々なことを考慮して手袋を嵌めているが、素手で作る場合は氷水で手を冷やして、よく手を拭いてからおにぎりを握ると掌にご飯が付かずに済む。

 三つ目は、お馴染みに梅干しおにぎりを作ろう。

 梅干しは酸っぱいもの甘いものと色々と種類があるが、毎度のことながら好きなものを使って良い。うちには親父が秘境島の梅で作った特製の梅干しがあるからそれを使う。味は甘じょっぱいって感じだ。とはいえ、そのままおにぎりの真ん中に入れるのでは芸が無い。取り出した二つの梅干しは種を抉り出し、残った身を箸で解す。少し形を残すくらいが丁度いいだろう。

 あとはおにぎり一つ分のご飯に解した梅干しを入れて、よく混ぜる。そうしたら形を整えて完成だ。

 お次は採ってきたたけのこを使い――炊き込みご飯のおにぎりを作る。

 最初にたけのこのアク抜きをする。採ってきたたけのこを水洗いして皮が付いたまま尖端を切り落として、縦に垂直に切れ目を入れておく。そうすることで、内側まで水が浸透するようになる。今回はアク抜きをするのに米ぬかを使うが、米のとぎ汁を使ったり、重曹を入れて煮込む方法があったりする。家庭で炊き込みご飯を作るためにたけのこのアク抜きをする場合は米のとぎ汁が出るだろうから、それを使うと良い。そもそもたけのこを買ってきて煮込むことさえ面倒な場合は水煮の状態でも売っているからそれでも大丈夫だ。

 アク抜きが済んだら水にさらした後に、よく水気を切る。残りの具材は二つ。油揚げは縦横に小さく切り、鶏もも肉も同様に小さく切る。今回は秘境島の小さな鶏だし、おにぎりにすること前提に作っているからどの具材も小さく切っているが、もちろん好みで良い。たけのこも同様にさいの目切りにしたら具材の準備は完了だ。米は事前に研いで一時間程度、水に浸しておく。炊く直前に米をザルに上げ、よく水切りをしたら土鍋へ。そこに醤油・みりん・だし汁を注ぎ込んだら、鶏もも肉・油揚げ・たけのこの順番で入れて、蓋をして火にかける。家で作る場合は炊飯器で普通に炊くので構わない。

 あとは炊き上がった炊き込みご飯でおにぎりを作って完成だ。これには海苔を巻かないから、最後に分葱を振り掛けても良い。

 最後はシンプルな塩おにぎりを作ろう。

 塩と米の美味さをダイレクトに感じられるおにぎりなだけあって、良い塩と良い米を使うことをオススメする。作り方は至極簡単だ。おにぎり一つ分のご飯を用意したら、掌にひとつまみの塩を広げて、温かいご飯でおにぎりを握る。大事なのは温かいご飯でないと塩を吸収してくれないってことと、素手で作る場合はちゃんと冷やしておくってことくらいだな。

 これで天かす鮭おにぎり、煮卵おかかおにぎり、梅ほぐし身おにぎり、炊き込みおにぎり、塩おにぎりが出来上がった。

 あとは鮭、煮卵、梅、塩、それぞれの下に秘境島で採れた海藻から作った海苔を敷き、食べるときに自分で包んでもらえばおにぎりが完成する。

「店長、お客さん来たよ~。飲み物要らないって言ってるけど、どうする?」

「それなら考えてある。一応、水だけは持っていってくれ」

「は~い」

 おにぎりに合う汁物といえば味噌汁だろう。

「お待たせいたしました。ご注文のおにぎり五種と、サービスの味噌汁です。具材はほうれん草を使っております」

 お客さんは還暦近い淑女だ。自身もおにぎりのお店をやっているので、他の者が作る美味しいおにぎりを食べてみたかった、とのこと。美味しいってところがミソだな。

「……これまで数え切れないほどのおにぎりを食べてきましたが、これだけ愛情の詰まっているおにぎりは久し振りに食べました。あなたは、お料理が好きなのねぇ」

 亀の甲より年の劫。一口食べただけで言い切るとは、さすがに年季の入りようが違う。もちろん、否定できるはずも無い。仕事だと割り切ることもできるが――だとすれば、わざわざ秘境島まで出向かずに食材の調達を頼めばいい。この眼で食材を確認して、この体で食材の感じている空気を感じたいのだ。だから、迷わず言葉にすることが出来る。

「ええ――大好きです」

 愛を再確認したところで。

 秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。

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