第17話 メニュー・チャーハン

 全身筋肉痛なのを騙しながら調理を始めよう。

 まずは昨日採ってきた崖っぷちトウモロコシを使おうか。前にも言ったようにこれは米だ。粒を一つずつ取ってザルに入れて軽く水洗いをする。そうしたらポップコーンを作る要領でフライパンに入れて蓋をして火にかける。本当にポップコーンを作るのなら乾燥したトウモロコシの種を使うように。まぁ、その場合は専用のキットが売っているからそれを使うといいだろう。

 とりあえず粒が弾けるまでの間に、別の食材を準備しよう。

 少し前に豚肉を持った男が押し入ってきたことを憶えているだろうか? あの時の豚バラ肉の余りを別の料理に使用し、保存しておいたものを冷蔵庫から取り出した。

 作り方は簡単だ。切り出した豚バラブロックの全体に塩を塗り込んで、熱したフライパンで全面を焼く。そうしたら、醤油・酒・みりん・はちみつ・水に生姜とにんにく、長ネギの青い部分を入れて沸騰させた鍋に焼いた豚バラブロックを投入し一時間ほど煮込んだら、一般家庭の場合は冷めた汁と一緒に豚バラを袋に入れて保存することで味がよく染み込む。うちの場合は鍋のまま放置して、表面に固まった油を掬い取ったら再び火にかけて煮込む。それで嫌な油感の無い豚バラチャーシューの出来上がりだ。

 それを一センチ幅に二枚ほど切り出して、さいの目切りに。

 などという作業をしていると、トウモロコシが弾け終わったらしい。蓋を外してみればフライパンの中一杯にご飯が炊き上がっていた。この状態でモロコシ米と言うらしい。ともかく、一粒からおよそ十から二十粒の米が弾け出てきて、こうなる。これから作る料理に普通のご飯を使う場合は、水分が邪魔になるから冷凍したご飯をレンジで解凍すると丁度良くなるだろう。

 そろそろ気付くだろうが、本日のメニューはチャーハンだ。中華料理の達人が居るのに、わざわざに俺にチャーハンを頼んでくる客がいることに驚きだが、注文を受けたからにはきっちりと熟させてもらう。

 調理の続きに戻ろう。

 チャーハンは意外と種類が多い。カニチャーハンやエビチャーハンなどの海鮮ものや、レタスチャーハンや最近ではブロッコリーチャーハンなど野菜を豊富に使ったものがある。もちろん、それらもそれぞれの旨味が出て美味しいのは確かだが、今回のはシンプルなチャーハンを作る。

 具材は二つ。チャーシューと長ネギだ。

 大抵の場合、チャーハンに使う肉は焼き豚を使うことが多いが、今回はすでに味が付いているチャーシューを使う。長ネギは普通のものでいいが、切り方を変えよう。輪切りにしたものと、輪切りを四等分したものの二種類を。

 そして、チャーハンに欠かせない卵だ。一人前に対して二から三個を使うのが良いだろう。うちでは採ってきた黄金卵を三個使う。ボウルに割り出したら菜箸で切るように混ぜるが、俺の場合はよく混ぜ過ぎずに白身と黄身の部分を若干残す。そうすることで卵にも味の差が出る。

 フライパンに多めの油を入れるが、この時はオリーブオイルやゴマ油のように香りが強いものでは無く、普通の油を使うと良い。ネギ油があるのならネギ油がベストだ。これを使うだけでチャーハンの風味が数段良くなる。うちではサラダ油三に対してネギ油一を入れているが、もちろんネギ油だけでもサラダ油だけでも構わない。

 油を入れたフライパンが充分に熱せられたら、溶いた卵を一気に流し込む。この時にジュワ―と油の撥ねる音がしなければ熱不足なので次に作るときは注意しよう。

 次にご飯を入れるタイミングだが、良く熱せられたフライパンに卵を流し込むと油と馴染む外側から色が変わってくるので、外側一センチ弱に火が通り中央が半熟の状態でご飯を投入し、ヘラで上から解すようにご飯を広げていく。ここで焦る必要は無い。

 まんべんなく広がったら、フライ返しで全体を混ぜ合わせていく。返しができなければ普通にヘラで混ぜるのでも大丈夫だ。全体が均一に混ざったところでさいの目切りしたチャーシューと塩・胡椒・醤油を少々入れて、再び均一に混ぜ合わせる。調味料が少ないように感じるかもしれないが、その代わりにすでに味の付いているチャーシューを入れているから丁度良くなるはずだ。もちろん好みによって増減は自由に。

 そうしたら、最後にネギを入れる。これはネギの食感を残すためなので、二、三度フライ返しをするだけいい。あとはお玉でチャーハンを掬って丸い形に皿に盛り付ければ完成だ。お玉で上手くいかない場合は普通の茶碗に入れた後、平皿に引っ繰り返せば良い。最後にネギの風味が好きならネギを振り掛けてもいいし、肉が好きならチャーシューを掛けるか並べて置いてもいい。アレンジは色々だが、うちではアクセントとして紅ショウガを小皿で提供している。

 これでチャーハンの完成だが、さすがにチャーハン一品だけでは寂しいのでスープも作っておいた。

 忘れた頃にやってくるワガラニヘビの皮を使ったスープだ。自宅で作る場合はコラーゲンの多い手羽先や、手に入るのならスッポンなどを使うので構わない。基本的な作り方は同じだ。

 まずはワガラニヘビの皮に塩を塗り込んで一日冷蔵庫で寝かせて、アク抜きのために沸騰した鍋に皮を入れて、再び煮立たせる。ここで何度もアク抜きをすると旨味も抜けてしまうので一度でいい。そうしたら皮を水洗いして、水と酒、それと臭み抜きに長ネギの青い部分と生姜、にんにくを入れた鍋に浸し、蓋をして火にかける。

 弱火から中火で、沸騰したら出てきた灰汁を取り除き一日放置する。翌日に再び火にかけて灰汁を取り除いたらネギと生姜、にんにくを取り出して火を止める。冷めてきたらザルに出して皮とスープに分ける。上手くコラーゲンが溶け出していればスープが冷めるのと同時にプルプルとした固形のゼリー状になるはずだから、タッパなどに入れて保存可能だ。圧力鍋があれば二日もかける必要がないので、そちらを使ったほうが早いだろう。

 食べるときには使う分だけレンジに掛けるか鍋に入れて熱すればいろいろな料理に使える。今回はシンプルに溶き卵を入れてコラーゲン卵スープだ。

「てんちょ~、お客さん来たよ。水でいいってさ」

 いつもながらの挨拶を済ませつつも、食事を終えた五十代の老紳士に気になっていたことを問い掛けてみた。

「一つよろしいですか? 天命の料理人には中華の達人がいます。チャーハンが好きだと伺いましたが、それならうちの店よりもそちらのほうが良かったのでは?」

「当然の疑問ですな。理由は単純です。私には長年連れ添った妻が居ります。娘も、息子も。もちろん家族が一番大事です。けれど、それと同じくらいに大切な親友が居ったのです」

「居た、ということはすでに――」

「ええ……もう五年も前ですか。あいつは娘の結婚式に出席するため、この店に。中学からの付き合いで互いに好物が同じだったのです」

「それがチャーハンだった、と」

「あ、なるほど! その親友さんもこの店でチャーハンを食べたってことだね!」

「その通りです。話に聞いていた通りでした。今まで食べたどのチャーハンよりも――ああ、いえ。確かに美味しかったです。これまでに無いほど美味しかったのは間違いない。死ぬまでに一度は食べられて良かった。しかし……毎日食べるとなると、妻のチャーハンがほうが良いですね」

 その言葉と申し訳なさそうな笑顔に、こちらもつい笑みが零れた。

「いえ、それが正しいのだと思います。何せここは秘境レストラン――寿命を買うレストランです。そんな機会は人生に一度あるかないか。それくらいが丁度いいのです」

 俺の知らなかったところで、味も思い出も繋がっていたということか。

 秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。

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