第16話 食材・卵

 以前に秘境島の地区割りはヘリの着陸ポイントによって決められているといったが、実は例外もある。その一つがここ――第十三地区だ。この地区はほぼ九十度の崖しかなく、故に崖下と頂上の二か所に着陸ポイントが作られた。来た道を戻ればいいだけの話かもしれないが、食材は崖の至る所に点在しているから登り始めたら、進んでしまうほうが早いのだ。

 崖面には先人たちの残した楔やロープはあるが、それを百パーセント信用は出来ない。とはいえ、それなりに掴んで登れる凹凸もあるし、リリと命綱も繋がっている。

「てんちょ~、今日の獲物は覚えているよ~」

「いつもそうだと有り難い。まぁ、それ以外にも狙いはあるけどな」

 目的の食材があるのは崖の中腹より少し上だが、ほとんどの渡航者は下から登ることを選ぶ。理由はいくつかあるが、その一つがこの崖にしか生えていない植物を採取することにある。

 なんにしても三分の一ほどまで来たが、さすがに休憩無しでは疲れてきた。たしか、そろそろ横穴があったと思うのだが。ロープで繋がったリリにこちらの疲れが伝わったのか、片手だけで岩肌に掴まったままこちらを見下ろしてきた。

「店長、こっち」

 そう言って姿を消したほうに向かって登っていけば、やはり横穴があった。

「よい、しょ――はぁ。俺もまだ若いな」

「そりゃあまだ十代だからね。二十超えたら早いよー、私もお肌の曲がり角」

 頬に手を当て小首を傾げて可愛い子振るリリだが、その実態がゴリラ以上の怪力を持つ女だと知れば可愛げも無くなる。

 この横穴は二人が座り込んでギリギリの大きさだから膝を伸ばすことは出来ないが、腰を下ろせるのは有り難い。

「この穴は確か……リリの後ろ。ブルーベリーが生っているはずだ」

「ん~……お、本当だ。持って帰るの?」

「いや、食べる」

 酸味のあるフルーツで体力回復だ。特に乳酸が溜まりつつあった腕には良い。

「酸っぱいけど甘いね。美味しい」

「料理人も冒険家も俺たちより年上が多いからな。合間に栄養補給するため、ここに他の場所にあったブルーベリーの根を植え替えたらしい。もう少し休んだら行くぞ」

 植え替える、というか岩場にねじ込んだというか。俺たちでさえキツい崖登りだから、他の奴らのほうがよりキツいはずだ。故に、崖の途中途中にはここと同じような横穴があり、食べられるような食材が置かれている。

 さて崖登り再開だ。

 ここからはより慎重さが求められる。岩肌に掛かるのは指が数本だけだが、登るには問題ない。とはいえ、一歩間違えればリリと一緒に真っ逆さまだ。……いや、リリなら俺一人くらいどうとでもなるか。

 しばらく登っていくと斜め上に向かってにせり出た岩肌の下に、うっそうと生い茂る植物を見付けた。

「改めて見ると圧巻だね~」

 先程のブルーベリーとは違い、この場所にしか自生していない植物だ。上から下りてきても見つけることは出来るが、生えている方向が太陽に向かって斜め上なのもあって採取し辛い。そして、これが目的のもので無くとも持ち帰るべきもの――崖っぷちトウモロコシだ。

 ネーミングセンスはさて置き。これがなかなか優秀な作物なのである。形や呼び名こそトウモロコシだが、その実態は米だ。大事なことだからもう一度――これは米だ。

 しかし、秘境島にもちゃんと稲穂があって、そこから精米して米を作ることは出来る。当然それも美味しいが、この崖っぷちトウモロコシもまた違った味わいがある。まぁ、それはまた調理する時に説明するとしよう。

 大きめのトウモロコシを二本もぎ取りバッグに入れて、先に進もう。

 九十度を超える崖を登るのは大変だが、とりあえずは難なく登ってここからが本番だ。

 この崖は通称・怪鳥の崖と呼ばれている。崖の中腹から頂上に掛けて、怪鳥と呼ぶに相応しい巨大な鳥たちの巣が各所に作られていて近付く者を容赦なく攻撃してくる。そこでこちらの対抗策はリリだ。野生の生物が自分よりも強いと判断した相手には攻撃してこない性質を利用して大抵の怪鳥は避けてくれるが、例外がいる。

 その鳥こそが本日調達する食材に関係しているわけで、攻撃的な理由は――子守りだ。

「リリ、どっちがいい? 卵を獲るのと、親鳥の相手をするの」

「親鳥!」

「じゃあ、頼んだ」

 グッと腕の力だけで跳び上がったリリは、崖に背を向けて楔の上に立った。殺気立つ空気を横目に、立て掛けるよう岩場に作られた鳥の巣を覗き込むと、黄金色の卵が数十個入っていた。親鳥の名前は付けられていないが、その色から鳳凰と呼んでいる。仰々しく神々しいが、その名に恥じぬ体を広げて今まさにリリと殺気を飛ばし合っている。俺の方は卵を手に取って、有精卵か無精卵かを選別している。ひよこの雄雌を判断するように感覚と経験則でしか判別できないが、俺にはわかる。

「……これと、これ、と……これは違うな」

 十個もあれば充分だろう。あとは緩衝材の入っている容器に卵を入れて、バッグに――っ!

「えっ、ちょ――っと!」

 容器をバッグに入れた瞬間にバランスを崩して、リリに支えられる形で宙ぶらりんになった。

「悪い! ちょっと気が緩んだ!」

「いいから早く崖に掴まって~」

 近くにあった楔に腕を伸ばして掴まれば、上から安心したような溜め息が聞こえた。

「リリ、親鳥は大丈夫だったか?」

「うん、だいじょーぶ。巣のほうに行ったよ」

 見上げてみれば巣を守るよう岩肌に足を固定して鮮やかな羽を広げる鳳凰の姿があった。その脇を抜けて頂上へと向かおう。盗人猛々しくて申し訳ない。

 しばらく登ってロッククライミング終了だ。

「もう三周くらい行けそうだね!」

「やめてくれ……あと一周が限界だな」

 ランナーズハイのようにクライミングハイになっているのだろう。若いといっても料理人だ。崖登りは一日一回が限界だな。

 さぁ、帰ろう。

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