第15話 メニュー・サーモン料理、他

 どんな食材でも同じだが、調理の仕方次第で大きく味を変える。それは味付けの問題では無く、食材そのものの味が、ということだ。例えば肉なら焼くことで味を変えるが、それは火の通し方によっても変わるだろう。低温でじっくり焼くのと、高温で一気に焼くのとでは食感に伴って味も変わる。料理人とは、それらを理解した上で適した調理法を行っているわけだが、こと魚においては話が変わってくる。日本人ならではの感覚と言われているが、おそらく魚好きの日本人の中でも獲れたて新鮮な魚の刺身が一番美味い! と思っているものも多いだろう。しかし、だからと言って、ただ切った刺身を出せば良いというわけでは無い。部位にもよるし、切り方によっても味が変わる。故に日本人は――料理人は常に考えている。全ての食材で、どう調理するのが正しいのか、と。

 どうして唐突にこんなことを考えているのかといえば、それは今回の注文のおかげなわけで。

「……美味い魚料理、か」

 但しサーモンを入れること。ってことでマスを獲ってきたわけだ。

 今回は作るメニューが多いから足早に行こう。

 まずは昨夜のうちに三枚に下ろしたマスの皮を剥いで薄切りにしたサーモンに多めの塩を振って一晩寝かせたものにオリーブオイル、レモン汁、ローズマリー、コショウを多めに掛けて、スライスした玉ねぎの上に。しばらく放置しておけば玉ねぎに香りが移り柔らかくなって、サーモンと一緒に食べれば身の甘さと塩気、辛味が混ざりあって白ワインなどと合う味わいになる。

 そして、もう一つ昨夜から用意していたものがある。サーモンの切り身ブロックにオリーブオイルを塗り込み、塩をまぶしてパセリとバジルの葉を合わせ、ラップに包み一晩寝かせておいた。取り出したら水分を拭き取って百度のオーブンで約十五分ほど焼く。その間に水洗いをして水気を切ったバジルの葉と、一粒のニンニクを半分、オリーブオイルと塩少々をフードプロセッサー入れて混ぜる。これでバジルソースの完成だ。それともう一つ。粒マスタードにマヨネーズとはちみつ、醤油を少し混ぜてマスタードソースの完成だ。

 低温でじっくりと火を通したサーモンブロックを皿に載せ、黒コショウを掛けてバジルソースとマスタードソースを盛り付けたら二品目の完成だ。

 生サーモンと低温焼きを作ったから、次はしっかりと火を通す。

 使うのは脂の多いサーモンハラス。食材そのものの旨味を味わうためにこれといった下味は付けないが、大事なのは網焼きで無駄な脂を落としつつ旨味を凝縮することだ。これを大根おろし、くし切りにしたレモンと一緒に盛り付けて三品目が完成。

 サーモンを使った料理はこれで良いとして、マス釣りの過程で釣れた他の魚を使っていこう。

 まずは、マスを釣るために獲ったが使わずに残ったカニだ。種類としてはサワガニだが、大きさは通常の数倍といったところで、そのまま素揚げにしたり唐揚げにするサイズでは無い。とはいえ、火を通せば殻ごと食べられる柔らかさになることは変わらないので殻のまま調理する。とりあえず巨大なサワガニの脚を落とし節で切り分け、先程使った玉ねぎの余りを薄切りにする。小麦粉、片栗粉、溶き卵をさっくり混ぜた液体に玉ねぎとサワガニの脚を入れて、ここでもざっくりと混ぜ合わせてオーブンシートの上で形を整える。ここで大事なのは液体を混ぜ過ぎないことだ。混ぜ過ぎるとグルテンが発生して粘り気が強くなってしまうので注意しよう。それと普通のサワガニを使う場合は半分に切って使うくらいが丁度いい。

 あとは熱した油にオーブンシートごと沈めて、それなりにまとまってからシートを取り出して引っ繰り返し、カラッと揚がればサワガニと玉ねぎのかき揚げの出来上がり。塩で食べるのがオススメだ。

 釣れたのは他に三種類。

 一つ目のカジカはアンコウと似たような魚で、内臓も美味しく食べられる。ので、シンプルに鍋だ。普通なら豆腐や長ネギなどと一緒に煮込むべきだが、今日は他にも色んな料理があるから、一人用鍋でカジカの身と肝を味噌で煮込む。味噌は好きな味で良いが、今回は赤味噌だ。もしくは水炊きにしてポン酢で食べるという手もある。

 次は五匹も釣れたオイカワだ。これは秘境島でも大きさは然程変わらない。昨夜のうちに腹開きして骨を取り、塩をまぶして水分を抜き、醤油とみりんに浸しておいたものを早朝に取り出して白ゴマを乗せ、風通しの良い日陰で干しておいた。お気付きの通り、アジなどで作ることが多いみりん干しをオイカワで作ったのだ。あとはグリルで焼いて完成。小さいしパリパリになるからちょっと肉付きの良い魚せんべいみたいな感じで食べやすい。

 最後はアユだ。腹を裂いて内臓を取り出し、水洗い。内側と外側に塩を塗り込んだら尾の方から頭に向けて串を通して焼く。紛う事無きアユの塩焼きだ。シンプル過ぎると言われそうだが、おそらくこれがアユを美味しく食べる一番の方法だと確信している。

 全部で七品が完成したところで店内のほうからリリが顔を覗かせた。

「あ、店長。お客さん来たよ」

「そうか。こっちも料理が出来上がったところだ。丁度良かったな。ワインか?」

「うん、白ワインだって」

「さすが。わかってらっしゃる」

 そうして高級な白ワインを二本開けて、七品の料理を平らげた老人は意気揚々と帰っていった。

 延びた寿命は三か月。孫が生まれる予定日だそうだ。

「ねぇ、あの人って還暦超えてるんだよね?」

「そう言っていたな」

「……めっちゃ食べたね」

「元フードファイターだって」

「え、本当に!?」

「いや、嘘」

「…………」

 無言のまま軽く肩を殴られた。料理で疲れているせいか口が軽くなっているな。

 そんなこんなで、秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。

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