第13話 メニュー・串カツ
子機が壊れたから本体の電話で。
「――いえ、それは許可できません。一度でもルールを破ってしまえば、その後にも続いてしまう。前例を作るわけにはいかないのです」
「頭が固いな。一口食わせるだけだよ。それに、男は記憶力にも問題があるから前例にすらならないはずだ。心配なら黒服を何人か送って来いよ。飯を食わせた後に、そっちで記憶が残っているかどうかを確かめろ」
「……わかりました。では、三十分以内に人を送ります。それまではくれぐれも、よろしくお願いしますよ」
「はいはい。じゃあな」
お役所仕事は面倒だ。だからこそ普段はあまり関わらないようにしているわけだが、こういう状況では仕方がない。
「てんちょ~、とりあえず椅子に縛っておいたけど」
「じゃあ、見張っておいてくれ。しばらくしたら黒服が来ると思うが、適応にやってくれ」
「りょ~かい。得意分野だね」
クーラーボックスを持って厨房へと向かい、まずは豚バラのブロック肉を取り出した。
これはたぶん、第一地区で偶に見つかる秘境豚だろう。密猟者が最も多い地区だけに俺たちは滅多に行かないが、中には毒を持っている生物もいるから最近では闇市で秘境島産の食材を買って食べたせいで病気に掛かったり、下手をすれば死に至ることが問題になっている、らしい。詳しいことは知らないが、この食材に関して言えば良い買い物をしたようだ。
豚バラを薄切りにして、軽く塩コショウを振っておく。
次に野菜だが、太くて大きいアスパラガスと小さい長ネギ……ネギ、か。あとはシシトウに大葉ね。せっかくなら全部使うかな。
アスパラと長ネギは芯になるよう串を刺して、その周りに薄切りにした豚バラ肉を巻いていく。シシトウは長さが足りないから一つずつに豚肉を巻いて、二つを横にして並べ、二本の串で固定する。ちなみにシシトウの一つ目と二つ目の間には空間を開けておくことが重要だ。大葉は二枚の豚肉の間に挟んで、波打つように串を刺す。
豚肉に小麦粉を振り掛けたら、溶いた卵に浸けて、パン粉を付けたら落ち着くように手で押さえつける。二つのシシトウの間を開けたのはこのためで、しっかりと間にもパン粉を付けて、百七十度に熱した油に投入する。
揚げ時間は大体五分程度だ。全体がきつね色になって、撥ねる油の量が減ってチリチリと高音がし始めたら、油から出して立て掛けるように置いて余分な油を切る。
その間にソース作りだ。とは言っても、ソース自体は市販の物を使う。まずはソースと味噌、砂糖とおろし生姜、それに秘境島産のゴマを練り混ぜる。鍋にみりんと酒を入れて煮立たせたら、そこに練り混ぜたソースを投入し弱火で溶かし混ぜる。
これで味噌ソースの完成だ。
それをコップなど縦長の容器に移したら、串カツを浸けて、余計なソースを切り味噌串カツの完成――いや、彩りが欲しいな。
串カツの下にサニーレタスを敷いて、くし切りにしたトマトを飾り付けて――シンプルだが、これで本当に完成だ。
皿を持って店内に向かえば黒服が五人、リリと向かい合っていた。ヘリの音はしなかったからエレベーターで来たんだな。珍しい。
「あ、店長。料理できた?」
「ああ、出来たよ。そいつを起こしてくれ」
テーブルに皿を置けば、黒服たちが一歩進んできた。
「綾里シェフ。話は聞いておりますが、それは認められません」
「ルールがあるからか?」
「その通りです。一度でも無償で料理を提供してしまえば最後、あとはなし崩しになってしまいます。お分かりですよね?」
「わかってるねぇ。だが、この料理。わかるか? この食材はその男が買い集めてきたものだ。方法は褒められたものじゃないが、これだけ揃えるのには相当な金を使ったはずだ。それこそ、普通にうちの店で食事が出来るくらいに」
「……何が仰りたいのですか?」
「お分かりじゃねぇのか? たぶん、これはお前たちが招いた事態だ。お前たちは――いや、俺たちもだが電話越しで客とやり取りをする。場合によっては事前に会うこともあるが、そんなのは稀だ。だから、わかるんだよ。気付かぬうちに、電話の向こうに居るのが人間だってことを忘れてしまう。違うか? 俺は、直に料理を提供して喜ぶ相手の顔が見れるから思い出すが……俺ですらそうなんだ。日に何十、何百と電話を受けるあんた達なら尚更だろう。これは――管理委員会の招いたことだ」
「だとすれば、どうしろと仰るのですか?」
「そうだな……じゃあ、見て見ぬ振りでもしていろよ。得意だろ?」
「それはできません。我々は、ルールに順守します」
頑なだな。まぁ、だからこその黒服なのだろうが。
「てんちょ~、起きたよ」
「いっ……くそ、なにが――」
痛みを拭うように頭を振る男は縛られていることに気が付いたようだが、それよりも目の前にある料理のほうに気を取られていた。
「ロープを解いてやれ」
「は~い」
「こ、これは……これは俺の料理か? 俺が食っていいのか!?」
「ええ、これは貴方の食事です。どうぞ、好きにお召し上がりください」
「綾里シェフ!」
「はぁ――リリ」
食事を止めに来た黒服たちだったが、目の前にリリが立ちはだかったことで足を止めた。その判断は正しい。本気でリリと戦うのなら五人でも足りない。仮に五人全員が銃を持っていたとしても、まともに戦うことすらできないだろう。
「邪魔はさせないよ。店長がお客さんだって認めたら、それは絶対だからね」
そんなやり取りには我関せずでガツガツと食べ進めた男は、ものの数分で間食すると満足そうにしながらも、その瞳に涙を浮かべていた。
「美味い……美味い……これで、妻と娘にもう一度――」
すると、男は椅子の背凭れに倒れ込むように眠りに落ちた。
「はい、終わったぞ。あとはあんた達に任せるよ」
「綾里シェフ、これは審議会ものですよ。上に報告させていただきます」
「ああ、構わねぇよ。そっちの不手際を俺が片付けたんだ。この男をあんたらの施設に連れて行って確認してみろ。たぶん、何も問題にはならないはずだ」
「……おい、連れて行くぞ。では、綾里シェフ。またお会いしましょう」
「いずれな」
男を抱え、店を出ていく黒服たちを見送って、大きく息を吐き出した。まったく、厄介な昼下がりだった。
「店長、良かったの?」
「言っただろ? 問題にはならない。何故なら秘境島第一地区に生えている大葉は別名・眠り草。粉末にして煙草のように吸うと良い気分になれるらしいが、直接食べても煙を吸ったとしても、体に及ぼす影響は変わらない」
「あ、思い出した! 一日分の記憶が無くなっちゃうんだっけ?」
「そういうこと。だから、今回の件が問題になることは無い」
ただ、秘境島管理委員会の無知さは問題だと思うが。
ともあれ、片付けをしよう。……何か忘れているような気がするな。
「てんちょ~、お腹減った~」
「ああ、まかないがまだだったな。すぐに作るよ。それからな、リリ。この先の予約はちょっと面倒な食材が増える。しばらくは二桁に行くことになりそうだ」
「りょ~かい。ねぇ、店長。お肉が良い」
「……豚バラが残っているし、とんかつにするか」
「お~、やったー!」
裏側が見えつつも、秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。
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