第12話 食材・豚肉

 極稀に、こういうことがある。

 秘境島がこの世界にあり、寿命を売買しているという事実が知れ渡っていれば、どこかしらから亀裂が生じる。秘境島産の食材価値は高く、故に提供される料理の値段も高い。しかし、だからといって全ての客に対して高額を請求するわけでは無い。

 大別して二パターンある。

 一つは直接うちの店に予約するパターンで、これはその場で食べたいものの要望や、寿命を延ばしたい理由を訊き、こちらが値段を提示して予約をする。それが基本であり、このタイミングで寿命を延ばしたい理由が明瞭でなかったりすればこちらからお断りすることもある。ちなみに、提示した額のせいで客側から断ってきたことは一度も無い。

 そして、もう一つ。金は無いが寿命を延ばしたい理由があり、秘境島管理委員会に直接連絡をするパターンだ。この間作ったケーキなどは、正に委員会経由で来た仕事で提供額については知らされていない。

 たまに掛かってくる何かを勘違いしているような面倒な客からの電話は、全て管理委員会のほうに回していて、もちろんそこで断られる者も多いという。とはいえ、上手く言い包められているようで逆恨みをするような者も少ないんだとか。

 だから――こういうことは、極稀なのだ。

「っ――いいからさっさと何かを食わせろ!」

 目の前には包丁を握り締める一人の中年男性が居る。止めどなく流れる汗に、血走る眼。緊張しているのが手に取るようにわかるが、対してこちら側は落ち着き払っている。島で獰猛な獣を相手取って戦っているリリは言わずもがな、俺に関しては包丁は仕事道具だ。刃物に怯えていて仕事にならない。

「何か、と言われても困ります。何を食べたいのか仰っていただかないと」

「なんでもいいんだよ! ごちゃごちゃ言ってないで俺の寿命を延ばせ!」

「ふむ……おそらく知っていると思いますが、このレストランで食事をするにはいくつか必要な条件があります。その中で重要なのが、延ばしたいのは何年で、何を食べたいのか、です。料理人として、それだけは譲れません」

「うるさいっ――うるさい、黙れ!」

「落ち着いて。手順を踏んでください。秘境島管理委員会に連絡を。どうぞ、この電話を使ってください。短縮番号一番です」

「電話? 電話だな? 電話を掛ければ料理を作るんだな?」

「ええ、約束はできませんが」

 素直に電話を掛け始めた男を見て疑問が浮かぶ。

 情緒不安定だから非合法な薬でもやっているのかと思ったが、変なところで律儀だ。仕事上、色々な病気の人を見ているしアルツハイマーかとも思うが、後頭部を押さえるような仕草をしているし、他に原因があるのかもしれない。

「ねぇ、店長。今日って午前にお客さんが居て、この後って何も無かったんだよね? まかない上げれば?」

「いや、今日のまかないは秘境島の食材使ってないんだよ。それがわかるとも思えないが、あまり刺激しないほうがいいだろう」

「じゃあ、倒しちゃおうか? たぶん一瞬で片付けられるよ」

「ん~……」

 リリなら出来るだろうが、管理委員会に断られた明確な理由がわかるまでは、あまり過剰なことはしたくない。それに、わざわざ力技を使わなくとも究極的には毒のある料理を食べさせて動けなくさせることも出来る。委員会からの要請があればしないこともないが、料理人としては作った料理を食べてもらったことで体調を崩させるようなことはしたくない。

「それはっ――それはあんたらが断ったからだろ! こうでもしなければ、俺は明日にでも死ぬんだよっ! ふざけるなッ!」

 床に叩き付けられた電話の子機は見事に大破してしまった。直後にふら付いてテーブルに手を着き頭を押さえる男を見て、原因が思い付いた。

「ちょっと失礼。もしかしてどこかで頭を打ちました? 一年か二年以内に」

「あ、ああ……一年ほど前に交通事故に遭った。だが、そんなことどうだっていいだろ! さっさと何か食わせろ! 妻が居るんだよ! 娘も! 頼むから――っ!」

 そこまで言い掛けると途端に気を失って床に倒れ込んだ。近寄っていったリリは男の首に指を当てて生きているのかを確認していた。

「あ~あ。どうする? 警察にでも引き渡す?」

「その前に確認してくれ。その男、脳が腫れてるんじゃないか?」

 そう問い掛けると、両手で頭をわし掴んだ。

「ん~、私医者じゃないんだけど……あ、でも普通の人とは違ってパンパンな気がする。店長も触る? わかんないと思うけど」

「俺じゃあわからないからお前に聞いたんだよ。事故に遭ったってことは、おそらく脳震盪後症候群ってやつだ。それか頭部外傷を負ったことによる後遺症。まぁ、簡単に言うと認知障害が起きたり、人格が変わったりする。攻撃的になったりな」

「へ~。治せるの?」

「普通なら向精神薬とか抗精神病薬で治療するが、自覚していなかったせいで病院に行かなかったんだろう。事故に遭ってしばらくしてから症状が出ることもあるらしいし」

「で、どうするの?」

「要は脳内麻薬の量が制御できていないってことだ。それを正常に戻せばいい」

「……頭に穴でも開ける?」

「いや。一応、脳を正常に戻すとか、そういうレシピがあるんだ」

 男が持ってきていたクーラーボックスを開ければ、中には秘境島の食材がいくつか入っていた。

「何が入ってた~?」

「特に珍しいものは無いが、野菜とか……ゴマ? お、秘境豚の肉がある。おそらく闇市で手に入れたものだろうから下処理は完璧ではないが、状態はそこそこ良い。これなら作れそうだな」

 不本意ではあるが、ここで何もしないのは寝覚めが悪くなる。

 さて、料理を始めよう。……とはいえ、管理委員会から怒られるんだろうなぁ。

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