第11話 メニュー・ケーキ

 まずは昨夜のうちに焼いて型から外し、蓋をして冷蔵庫で蒸らしていたスポンジケーキを取り出した。最近ではスポンジだけでも売っているし秘境島の食材は使っていないから別にそれでも良かったのかもしれないが、料理人としてのプライドが許さなかった。一先ずは三等分にして放置。

 生クリームに関しては泡立て器を使って手動でもいいが、ハンドミキサーを使っても大差ないので、とりあえずは固めに泡立てる。

 次にいちごだ。

 中くらいの大きさのいちごは半分に切り、小さないちごはさいの目切りにする。

 じゃあ、形を作っていこう。

 とりあえずは台座にチョコを敷く。そこにスポンジの一枚目を置いて、固めに作ったクリームを薄く塗る。そうしたら、半分に切ったいちごの先を中央に向け、外側に向かって並べていく。忘れちゃいけないのは並べたいちご上にクリームを足すことだ。ここできちんと平らに均さないと、後々スポンジが沈んでしまうから丁寧に作業するのが良い。

 均したクリームの上に二段目のスポンジを乗せて、再び薄くクリームを塗る。ちなみにだが家庭でショートケーキなどを作る場合、余裕があれば中に入れるクリームの甘さと外側を飾り付けるクリームの甘さは変えたほうが良い。両方共が甘過ぎればくどくなるし、さっぱりし過ぎては味気が無い。個人的には外側のクリームを甘くした方がバランスが良いと思っている。まぁ、好みの問題だが。

 余談はさて置き。

 薄く塗ったクリームの上に、今度はさいの目切りにしたいちごをパラパラと適当に落としていく。二段目のいちごはぎっしりと敷き詰めてもいいし、まばらに置いても触感的な違いが出るからお好みで。

 一段目と同様にクリームを重ねて平らに均したら最後のスポンジを乗せて形を整える。はみ出たクリームをパテで拭って、ここまで出来てようやく半分だ。

 この上に生クリームを塗ればショートケーキだが、今回はチョコを使う。

 チョココーティングをするときに大事なのはテンパリングをすることだ。これをしないと艶の無い固くて口当たりの悪いチョコになってしまう。慣れが必要ではあるが、今回は湯煎でチョコを溶かしたら氷水で冷まし、再び湯煎で温度を上げる方法でやる。最近では溶かしたチョコに入れるテンパリング剤だったり、テンパリング不要のチョコなども売っているから、滅多にケーキを作らない者ならそういったものを使ったほうが楽だろう。一応は電子レンジを使ったやり方などもあるから、よくお菓子作りなどをする者は覚えておいても損は無い。

 てなわけで、テンパリングしたチョコをスポンジの上に垂らして伸ばしていく。今回は表面を綺麗に均すだけで側面に垂れたチョコは伸ばさずそのままにしておく。それによってデザインケーキ的な雰囲気が出るわけだ。

 さて、仕上げに掛かろう。

 まずは固めのクリームを絞り器に移して、チョコでコーティングしたケーキの縁に絞り出していく。次に残しておいた大きめないちごを縦にスライスして、大きいものから絞ったクリームに立て掛けて、中心にむけて花びらのように並べていく。あとは真ん中に形の綺麗ないちごをそのまま置いて、いちごの花びらチョコケーキの完成だ。

「……ロウソクのことを考えてなかったな」

 まぁ、誕生日用のケーキという要望だったがロウソクを差すとは限らないし、あとのことは任せればいいか。

 一応は秘境島産の食材を使った料理を提供する場所は明確に決められていて、普段は世界で七か所あるレストランでしか食べられないが、例外がある。

 その一つが今回だ。

 客は子供で現在五歳の少女。十歳までは生きられない難病だという話で、病院からも出られないからこちらから出向くことになったってわけだ。

 屋上にヘリが着陸する音が聞こえて、ケーキを箱に仕舞っていると店内のほうから人が入ってきたのを感じた。

「綾里シェフ、いらっしゃいますか?」

「厨房です。今、行きます」

 ケーキを持って店内へと向かえば秘境島管理委員会の黒服が三人も待っていた。運ぶだけなら一人でも良いと思うが、決まりがあるのだろう。

「そちらが注文のケーキですね。では、お預かりします」

「よろしくお願いします。倒さないように。頼みますね」

「心得ております。安心してお任せください」

 とはいえ、不安もあるから屋上まで同行して、飛び立つヘリを見送った。

 そう――俺は行かない。場合にもよるが、今回のは行かないほうがいいと判断した。

 今は五歳で十歳まで生きられない少女は、今日が六歳の誕生日だ。そして、ケーキで伸びる寿命は四年。つまり、十歳までの寿命は確約されたというわけだが、本当にそうすることが正しかったのか甚だ疑問だと感じている。老い先短い老人ならわからないことも無いが、子供の寿命を延ばすということは、つまり、その期間にどうにかして治療法を探し出そうとしている、ってことだろう? だが、たかだか数年で医療が急速に発展するとは考えにくい。ならば、どうするのか? 治験、代替治療、実験的治療とか、そんなところだろう。

「……はぁ」

 漏れ出た溜め息に意味など無い。

 それから店内の椅子に座って待つこと約一時間、携帯に届いた画像を見てようやく仕事を終えた気分だ。

「――ふふっ」

 口元をチョコで汚して、満面の笑みを浮かべる少女の画像だ。声のしない画面から言葉が伝わってくるようで、こちらも自然に顔が綻ぶ。

 わかっている。正しいかどうかを決めるのは俺では無い。料理人では無いのだ。

 では、例外的な秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。

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