第9話 メニュー・カレー

 言われた通り風呂に入って、明日のために今日のうちに料理を始める。下処理では無く、料理を作る。

 今回は先にメニューを確認しておこう。

「要望は、日本の米に合うカレーだ」

 これまでにもカレーは何度か作ったが、今回は比較的難しいお題だ。野菜を美味しく食べるカレーや、肉の旨味を引き出したカレー、スパイスの効いた激辛カレーなどはそれほど苦労せずに作れたが、問題は日本の米に合うってところだ。大前提として日本の米は美味い――それこそが問題なのだ。香りが良く甘みの強い米だけが良い米だと言うわけではないが、そういう米を使えばカレーの味と喧嘩してしまう。故にまずは米を選ぶ必要があった。

 そうして選んだのが、米の味が強過ぎずにさっぱりとしているが、それでも間違いなく美味しい北海道産のななつぼしだ。

 と、米を決めたのは渡航前で、それに合わせて作るカレーのレシピを考えた。

 今回はビーフカレーを作るから、まずは鍋で大きめに切った牛肉を炒める。全面に焼き色が付く頃にはそれなりの油が出ているだろうから、その油を残したまま肉を取り出し、薄切りにした玉ねぎを投入して飴色になるまで炒める。二十分から三十分ほど丁寧に炒めたら、赤ワインを入れて煮立たせる。アルコールが飛んだら火を弱めて細かく刻んだトマトを入れて、果汁を押し出すように潰しながら煮込んでいく。今回のは秘境島のトマトで水分が多いものを使っているが、ここ以外で作るときはトマト缶を使ったほうが楽だな。

 普通ならここで焼いた肉を戻して煮込んでいくが、今回はみじん切りにしたニンジンとじゃがいもも一緒に煮込んでいく。まだ肉は入れずに、これが下地となる。

 次にスパイスを使ってルーを作っていく。香りの原木から採ってきた匂いはクミン、ターメリック、カイエンペッパー、コリアンダーに、シナモン、クローブ、ナツメグ等々、全部で二十種類以上を使う。

 フライパンに油とバターを入れて熱し、そこに細かい粉末にしたスパイス各種と小麦粉を入れて炒めていく。香りが立ってきたら水を加えてダマにならないようよく混ぜて、鍋のほうへと移す。

 下地とルーを混ぜ合わせたら、そこでようやく焼いた牛肉を入れる。

 最後に原木林で採ってきた実の皮を剥いて、中の果肉を磨り潰したものを鍋に投入する。果実を入れることによってスパイシーさの中にフルーティーさも合わさって味に拡がりが出来る。

 あとは焦げないように頻繁に混ぜながら煮込んでいく。まぁ、圧力鍋なんかを使えば早いのだが、そこはほら、料理人だ。手間は惜しまないよ。

 そうして作ったカレーを一日寝かせて完成だ。

 翌日の昼下がり、カレー用の米は土鍋で炊く。炊飯器のほうが楽だけれども。

「店長、今日のお客さんって?」

「常連だよ。寿命とは関係の無い客だ」

「あ~……なんだっけ? 偉い人?」

「秘境島管理委員会アジア支部の会長だ。まぁ、偉い人ってのは確かだな」

「寿命を買うんじゃなく店に来るってことは、お金持ち?」

「金持ちかって言えば、そうだな。だが、世間一般的に見れば俺たちだって相当金持ちだぞ? 店の売り上げもそこそこだが、島に行っていることで副収入もあるし」

「副収入?」

「……お前、もしかして知らないのか? 秘境島ルールブックに載っているだろう。これまで捕獲事例の無い生物を捕獲した時の情報や、調理した結果や味などを報告すると報奨金が貰えるんだ。この間の弾丸バードについても報告済みで、すでに口座に振り込まれているはずだぞ? たしか、十五万ドルくらい」

「十五万ドル? ってことは千五百万円くらい? 凄い!」

「たまには口座を確認しろよ。まぁ、島へ行くためのヘリをチャーターするのに掛かる金はお互いの口座から引き落とされているから、どれだけ残っているのかはわからないが」

「へ~、じゃあ今度確認してこよっと」

 さすがは冒険家ってところだな。後先を考えていない。

 そうこうしている間に客の来る時間になった。お偉いさんだし、俺も出迎えに行くかな。

 自動ドアの向こうからやってきたのは黒服に囲まれ、着物に羽織を纏った小柄の老人だった。

「いらっしゃいませ。お久し振りです」

「おお、久しいな、ジュニアよ。べっぴんな冒険家さんもな」

「お元気そうで何よりです。では、お席までご案内します」

 ジュニアと呼ばれたことに横のリリが笑いを堪えているのがわかるが、ここでは突っ込まないでおこう。

 席まで案内し、俺は厨房へ。リリは冷蔵庫から出した水とスライスレモン入りのピッチャーを持って店内へと戻っていった。

 こちらも最後の仕上げだ。

 土鍋の中で蒸らしていたご飯をよそって皿の半分に。火にかけていたカレーは長時間かけて煮込んだことで野菜が全て溶けて、肉だけが形を残していた。あとはご飯にカレーを掛けて、ビーフカレーの完成だ。

「お待たせいたしました。ご注文のビーフカレーです」

「来たな。さて、それでは早速いただこうかの」

 一口食べるとカッと目を見開いて、その辛さから水を飲むかと思いきや二口目を食べた。とうに六十歳を超えていると聞くが、バクバクと食べ進めて綺麗に完食してから一気に水を飲み干した。

「ふむ、美味かった。腕を上げたな、ジュニア」

「そう言っていただけ何よりです。いつまでも子供でいるわけにはいかないので」

「はっは、気を悪くするな。主は他の料理人よりも圧倒的に若い。むしろ、褒め言葉だと受け取るが良い。若さとは武器だからな」

 年寄らしい言葉だな。まぁ、俺が父親の跡を継いだジュニアってことに変わりはないし、若さが武器ってことにも同感だけれど。

「それで、今日の目的は監査でしたよね?」

「ああ、父親と変わらず良い腕だ。監査としては合格だな。だが、それだけの用じゃないのはわかっているだろう? 年に一度の招待状だ」

「ああ、もうそんな時期でしたか」

「店を継いで一年以上経ったということだな。行方は捜しているのか?」

「もう四年ですからね。生きているのなら良し、死んでいるのなら仕方なし、って感じです」

「はっは、なるほど。まぁ、こちらでも捜しているから期待せずに待っていてくれ。では、お暇しようかの。カレー、美味かったよ。また来させてもらおう」

「いつでも歓迎です。でも、予約はしてください」

 ご老体と黒服を見送って、大きく息を吐きながら肩を落としているとリリがテーブルに置いていた封筒を手に取った。

「招待状? パーティーでもあるの?」

「お前の記憶力どうなってんだ? 去年、一緒に参加しただろ。天命の料理人が全員参加する集会だよ」

「あ、あ~……なんかあったね。今回も行くんでしょ? ジュ~ニア」

 そう言ったリリは悪戯っ子のような笑顔を見せていた。

「……半ば強制だからな。今度ジュニアって言ったら一か月間まかない無しだ」

「はっ、てんちょ~! 店長!」

 茶番はさて置き。

 秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。

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