第8話 食材・スパイス

 天命の料理人全員の共通認識として秘境島から持ち出した食材は腐らない、というのがある。

 つまり、一度に大量の食材を持ち帰ったとしても問題は無いということだ。いや、むしろ、ほとんどの料理人が一人か二人以上の冒険家を雇って島へ同行し、一度に大量の食材を持って帰ってくるのが主流である。俺のように一人の冒険家を継続的に雇って頻繁に渡航している料理人のほうが少ない。というか、たぶん俺くらいだろう。

 まぁ、島に行くこと自体好きだから苦でもないが。もしもマイルが貯まるのなら、相当貯まっているだろうなぁとも思う今日この頃だったりする。

 それはそれとして。

 今日訪れているのは第八区画。見渡す限りのほぼ砂漠である。もちろんそれ相応の服装と装備で来ているが、リリに関してはいつも通りの薄着でちょっと引いた。

「てんちょ~、今日の獲物は?」

「今日は色々だな。とりあえず絶対に必要なものから調達していこう。まずは各種スパイスから」

「りょーかい!」

 前にも来たことがあると言っても、さすがに砂漠を迷わずに進むのは難しい。探すのはサボテン、もしくはオアシスだが一面が砂の海ではどうにもね。

「リリ、場所がわかるか?」

「ん~……匂いからして向こうかな。あの砂山の先?」

「あそこか。遠いな」

 同じ島の中で枯れ山と森林、それに亜熱帯まで入り混じる謎の気候なのに、ここは雨も降らない砂漠地帯で洒落にならないくらい暑い。汗も掻かないのに喉は乾くし、体が重い。

 砂に足を取られながらも砂山を登っていき頂上に辿り着けば、一面の砂の海を見渡せる。双眼鏡を取り出して、リリの視線の向かう方向を確認した。

 大まかな場所がわかったところで、砂しか見えないのでは――ん、あれか。サボテンだ。

「見えた?」

「ああ、双子サボテンだ」

「ってことはオアシスも近いね。行こう」

 今日はそこそこスムーズに進めているのが逆に嫌な予感がする。とはいえ、進まないわけにもいかないからリリに離れず付いていこう。

「いっ――だ!」

 周知の通り、坂道というのは上るよりも下るほうがキツい。しかもここは砂漠だ。つまり――砂に足を取られて転がり落ちた。地面そのものが砂だから大した衝撃もなく助かったが。

「てんちょ~、だいじょ~ぶ?」

「ああ、俺は平気だ!」

 砂坂の上にいるリリに答えた後、すぐさま背負っていたバックパックを下ろして中身を確認したがこちらも無事だった。さすがは支給品、頑丈だな。

「……ん?」

 バックパックを背負い直していると、坂の側面にある巨大な窪みに気が付いた。俺が転がり落ちてきた跡はその横にあるし、これは――

「店長、後ろ! 避けて!」

 リリの声に振り返ってみれば、目の前まで巨大なハサミが迫ってきていて思わず体を引けばジャキンと派手な金属を立てて数センチ先で刃が閉じた。避けられたことにホッと胸を撫で下ろしていると横から衝撃を受け、次の瞬間――ハサミを持つ生き物の後ろ側に回っていた。リリに体を抱えられて。

「何かと思えば大砂サソリか」

 体長三メートルはある大型のサソリだ。その身を塩茹でするとカニとエビの中間のような味と食感になって美味い。

「どうする? 殺る?」

「いや、地面を殴って揺らせるか? 力を三割くらいに抑えて」

「ん、りょーかい!」

 握った拳を地面に向かって振り下ろすと、その衝撃が伝わって微かに揺れた。すると、それに呼応するように徐々に大きく揺れ出して、こちらを向いた大砂サソリの横から巨大なヘビが姿を現した。

「天敵の砂ヘビだ。今のうちに逃げるぞ」

「は~い!」

 ヘビ対サソリの開戦だ。勝敗が気になるところだが、踵を返しサボテンに向かって駆け出した。

 おそらく、リリならサソリだろうがヘビだろうが簡単に倒せただろう。だが、無駄な殺しは避けるべきだ。この世は弱肉強食――とはいえ、この島にとって俺たちは客であり余所者だ。戦うべき時と、そうじゃない時の線引きはしておかないと。

 そんなこともありながら、二本のサボテンが絡まった双子サボテンまで辿り着いた。そこから北へ約一キロ進んだところにオアシスがあり、またそこから東へ少し行ったところに目的の場所がある。

 もう目と鼻の先まで来たのだが、横に並ぶリリが立ち止まり目を窄ませて鼻を抓んでいるのに気が付いた。

「……どうした?」

「臭いが~、やっぱり駄目かも~」

「そういえば、前の時もそうだったな。そんなに嫌なにおいか?」

「ん~……においが混ざり過ぎなのかも」

「なるほど。じゃあ、そこで待っていてくれ。一人で行ってくる」

「ん、あい」

 この先にあるのは香りの原木林と呼ばれる葉の生えていない乾燥した木の林だ。それぞれが違う香りを醸して出しているスパイスの木で、およそ百種類以上が生えている。砂漠という場所柄と気候のせい――おかげで削り出せばそのまま使えるスパイスになる。天命の料理人の一人に中華料理の達人がいて、その人はここからほぼ全ての木を多めに削って持って帰っているが、俺は必要な分だけを選んで持って帰ることにしている。普段から使うことが多いスパイスもあるが、基本的にはすでにあるスパイスとあまり違いが無いから、わざわざ秘境島産のを使う必要も無い。

 この場所に木が密集している理由はオアシスが近いからというのもあるが、おそらくは林の中心にある唯一葉の生えている木に他の生物を近寄らせないためなのではないかと言われている。周りの水分を集めているのか、いつでも青々とした葉を付けて複数の実が生っている。その実も貰っていこう。

 あとはオアシスで水を飲んでいた砂牛の肉と、第二区画まで移動して野菜をいくつか。これで食材は揃ったのだが、気になることが一つ。

「……まだ、におってるか?」

「うん、ちょっとだけ。たぶん、そろそろ慣れると思うけど、帰ったらお風呂入ってね」

 ともあれ、帰ろう。密閉された狭いヘリコプターで。

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