第7話 まかない・サンドイッチ

 ある日の昼過ぎ――客を送り出した厨房で皿洗いをしていると、店内清掃を終えたリリがこちらへやってきた。

「てんちょ~、お腹空いた~」

「ああ、もうそんな時間か。じゃあ、まかないでも作るかな。何か食いたいものあるか?」

「ん~、美味しいの!」

「美味いもの、か……それは料理人への挑戦と受け取ってやろう」

 冷蔵庫を開けて、今ある食材を確認した。予約が入っている中で使う予定が無いものもそれなりにあるが――どうするかな。リリを満足させられるとしたら、やはり肉か。

「え、それってチキンバードの肉じゃん。まだ取ってあったの?」

「まぁ、そういう注文も無かったしな。悪くなるものでもないし」

 そう、秘境島の食材や生物は島を出ると細胞の動きが止まるようで、そのまま放置していても腐ることが無いのだ。とはいえ、以前のヤギ肉のようにその場で処理をしなければ食材としての状態が悪くなることはあるから最低限の手入れは必要になる。

 細胞が成長しなくなる――それは秘境島の生物を島の外で交配をしようとしたが、一向に成功しないことから研究機関が調べたことで判明したらしい。磁場による影響のせいだろうと言われているが、今現在に至っても真相はわかっていない。まぁ、料理人としては常に良い状態で食材の調理ができるというだけで有り難いのだが。

「それチキンバードの内臓? 使うの?」

「いや、これはいずれ煮込み料理に使おうと思っているし時間も掛かるからな。まかないなら三十分以内に出来るものがいいだろう」

「うん、お腹空いた」

「はいよ。作るものは決めたから、のんびり待ってろ」

「は~い」

 内臓は冷蔵庫に戻して、解れている肉のほうを使おう。あとはレタスとトマト、玉ねぎと普通の食パンを用意する。

 まずはすでに煮込んで火が通っている弾丸バードの肉をザルに移してキッチンペーパーで挟み水気を切る。その間に玉ねぎを薄切りにし塩揉みしたら、水で洗って塩抜きをする。こちらも同様に水気を切っておく。

 食パンは薄切りでも厚切りでもどちらでも良いが、今回は具材の味をダイレクトに感じてもらうために薄切りを使う。一枚にはマスタードを塗り、もう一枚にはマヨネーズを。マヨネーズのほうにはピクルスを混ぜたいところだったが、あいにく切らしている。代わりに酸味の強い秘境島のきゅうりを細かく刻んで混ぜ込もう。

 水気を切ったと蒸し鶏と玉ねぎを合わせたら、黒コショウを多めに振って混ぜる。

 それぞれマスタードとマヨネーズを塗った上にレタスを敷いて、マヨネーズのほうにスライスしたトマトに、先程作った蒸し鶏と玉ねぎを重ねて、パンで挟む。パンの耳を切り落として、真ん中から半分に切れば弾丸バードの特製サンドイッチの完成だ。

 ちなみに弾丸バードの肉は長時間かけて煮込んだおかげで寿命には影響を及ぼさない。

 普通のまかないならこれだけでも充分だが、余っている食材を使うって意味では切り落としたパンの耳も使おう。

 まずは二人前用のサンドイッチを作ったことで出来た十六本のパンの耳を、それぞれ麺棒で伸ばして八本ずつに分ける。一本ずつにマーガリンを塗ってシナモンと砂糖を掛け、挟んでいく。八本を重ねたら二か所に串を通して固定する。両面に軽く薄力粉をまぶして、溶き卵に浸してパン粉を付ける。あとは油を熱したフライパンでカリッとなるまで揚げ焼きする。これでシナモンロール風パンの耳串カツの完成だ。……料理名がちょっと長いな。

 とにかく、完成したサンドイッチと串カツを皿にのせて厨房を出れば、瓶ビールを開けているリリが居た。

「こんな昼間から酒か?」

「あ、てんちょ~。だって、今日はもう仕事ないでしょ? 一緒に飲む?」

「残念ながら未成年だ。ほら、弾丸バードのサンドイッチとデザートの串カツだ。ちなみに串カツのほうは秘境島の食材を使っていない」

「ふふん、店長が作ったものならどこ産のでも美味しいよ! いただきま~す」

 サンドイッチに噛り付いたリリを見て、椅子に腰を下ろした俺も一口食べた。

「……ん~」

 肉の歯ごたえは悪くないが、さすがに長時間煮込んだだけあって若干にだが風味が落ちているな。とはいえ、程よい酸味に黒コショウとマスタードの異なる辛味、それらをまとめるまろやかさ――味としては悪くない。即興で作った割には及第点だな。だが、次に作るとしたらマスタードとマヨネーズのどちらもからしマヨネーズに変えて、鶏肉と玉ねぎには黒コショウを減らして磨りゴマを加えてみるとしよう。風味が変わって、また違った味わいを楽しめるはずだ。

 目の前のリリを見ると、こちらが一つを食べ終えるよりも先に二つ分を平らげていた。

「リリ、味はどうだった?」

「美味しかった! 黒コショウの辛さがあってビールと合う!」

 酒を飲んでいることがわかっていればもう少し工夫できたが、黒コショウを多めに入れたのが功を奏したらしい。

「俺のも食うか?」

「いいの? 食べる!」

 こちらの皿からサンドイッチを手に取ったリリは二口食べてビールを飲んで、もう二口で完食していた。そりゃあ、食うのが早いわけだ。

 それじゃあ、デザートに行こう。

 串に刺したままのパンの耳カツに噛り付けばサクッ、と良い音を立てた。

「ふむ……悪くないな」

「さくふわっ! なんか見た目と違うから不思議だね~」

 確かに。こんがりと揚げ焼きしてあるから先にデザートだと言わなければ勘違いしそうだ。衣の上から粉砂糖を掛けることも考えたが、甘くなり過ぎると思ったから掛けなかったのは正解だった。少しの油っこさもシナモンでさっぱりと感じるし、くどさは無い。だが、何かが足りない気もするな。

「……どうだ?」

 さすがにビールとは合わないだろうが、俺以外の意見が欲しい。

「美味しいよ! でも、もう一つ何かが欲しいかも。なんか~、ほらっ、あれ」

「あれ……ああ、カルダモンか」

 シナモンロールを作るときにパンに混ぜるスパイスだ。なるほど、アクセントになるから大人の味覚にはそちらのほうが良いのかもしれないな。

「ん、ご馳走様でした!」

「はいよ、お粗末様でした」

 営業はとっくに終わっているけれど――秘境レストラン、本日も閉店だ。

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