第5話 食材・肉Ⅱ
うちのレストランは完全予約制で、その要望や緊急性によって順序が変わったりもするが基本的には週に一件から二件で、多い時でも三件だ。というか、食材の調達に一日を掛けるから三件が限界なのだ。それでも店をやっていけているのは秘境島ルールブックによる価格設定によるもので、正直そこらの高級料亭よりも高い。まぁ、寿命に値段をつけるのだから仕方が無いとも言えるが。
「てんちょ~、今日の獲物はー?」
今回来たのは比較的危険度の高い第六区画の亜熱帯雨林。仮に俺一人で来ていたら野生の獣に襲われているところだろうが、こちらにはもっと獰猛な獣が居る。野生生物ってのは自らよりも強いと判断した敵には襲い掛かってこないから、良い獣避けだ。
「鳥だよ。時速百キロで地上を走る鳥」
「ああ、チキンボール!」
「知ってるのか?」
「冒険家の中では有名だよ~。誰も獲って食べようとは思わないけど、捕まえるのが指標、みたいな。私はまだ見たことも無いけどね。トゲトゲだっけ?」
「みたいだな。羽毛はハリネズミのようなトゲで、アルマジロのように丸まって常に転がっているらしい。捕獲事例はほぼ無い」
「私も実際に捕まえたって話は聞かないな~。ノートには書いてないの?」
「あるにはあるが、現実的ではないな」
「どんな?」
「半径五十メートル、深さ三メートルの穴を掘って落とす」
「あ~……面倒だ!」
同感だ。生息地はこの辺りで間違いないが、その鳥は転がりながら地面にいる虫や植物を食べていて同じ場所を周回しているらしいから、まずはその道を探さないと。リリもそれを知っているのか、くるくるとその場で回りながら地面に視線を落としている。
「リリ、見つかりそうか?」
「たぶん……あっち!」
「勘か?」
「勘だ!」
探す見当すらつかないのなら野生の勘に任せるのも一つの手か。先を行くリリに付いていくこと約五分――削られたような一本道が見つかった。
「本当に見つかるとは……とりあえず、この前のキノコの時と同じように麻袋で受け止めてみるか?」
「りょーかい!」
時速百キロの球体を麻袋で受け止めようするのは下手をすれば腕ごと持っていかれる可能性もあるが、そこはほら、リリだ。
トゲが刺さっている角度から転がっている方向を推測して、それに逆らうよう麻袋を広げていると、向こうから風を切る甲高い音と同時に球体が転がってきた。
パンッ――と、派手な音を鳴らして、麻袋に穴を開けた。
「……次だ」
半径百メートル、深さ三メートルとまではいかないが先程の球体が嵌まるくらいの穴を掘ってみた。
転がってきた球体は穴の直前で微かにジャンプして避けると、変わらぬ速度でそのまま転がっていった。
「私が地面を殴って穴を開けようか?」
「やめろ。地形を変えるようなことはしたくない」
「ん~……じゃあ、思い付いたことやってみる?」
「そうするか」
チャレンジ三、倒した木で道を塞ぐ。
結果――木に穴が開いただけで失敗。
チャレンジ四、俺とリリでロープを持って引っ掛ける。
結果は――転がってきたのに合わせてロープを張ると、ブツリと切られた。当然だな。とりあえず俺の腕が無事で良かった。
チャレンジ五、シンプルにリリが受け止める。
結果――いつも嵌めているのは防刃及び防弾の耐久手袋で、転がってきた球体に合わせて横から手を出したがパンッ、と弾かれた。リリの手も手袋も無事だが、どうやらあの回転を止めるか遅くしない限りは止めるのは無理らしい。
チャレンジ六、俺が持っている特製の保存容器を上から被せる。
結果――を見るまでもなく、容器が壊れたら困るので、そもそもやらない。
「じゃあ、無理だよ!」
「そうは言ってもな……」
回転を和らげる方法で思い付くのは、次々と障害物にぶつけるとか、逆回転のものをぶつけて相殺するとか、あとは水に沈めるとか、だな。……水? 止めるのではなく引き付けるって感じならいけるんじゃないか?
思い描いたものを持ってきていたような気がしてバックパックの中を漁ると、やっぱり持ってきていた。ピアノ線だ。
「ん、それでどうするんだ? ロープで失敗したんだからピアノ線でも同じじゃない?」
「同じ轍は踏まないよ。次は、釣りだ」
このピアノ線は、秘境島の川や湖などで釣りをするときのために持ってきている釣り糸だ。市販の釣り糸ではどうしたって強度が足りないような魚ばかりだからピアノ線を使うのだが、まさかこれを地上で使うことになるとは思わなかった。
チキンボールは回転しながら虫や植物を食べているのだから、まずはピアノ線の先にその辺に生えていた草を括りつける。あとは場所を決めよう。有り難いことにここは亜熱帯雨林だから太くて頑丈な木が多く生えている。できるだけ硬くて頑丈ならいいのだが――何本もの枝が絡まっているこの辺りがいいか。
「リリ、このピアノ線をあの枝の上に通してくれ」
「はいはい」
そう言うと、ピアノ線の反対側を手にして、躊躇いなく木を登っていくとものの数秒で向こう側へと通して見せた。
「あとは、わかるだろ?」
「あとは? ……ピアノ線、草、道――ああ、なるほどね!」
改めて、チャレンジ六、釣り。
いざ――転がってきた球体はピアノ線の先に括っていた草に食付いて、線がピンと張った瞬間にリリが思い切り後ろに引っ張ると、木の枝に食い込みながらギュルルと激しい音を鳴らし――次の瞬間にはピアノ線の先を銜えたままの鳥の一本釣りに成功していた。
上手くいくかどうかは半信半疑だったが、やはり前にある障害物と違って、後ろから引かれる力には慣れていないようで無抵抗だった。
「リリ、平気か?」
「全然へーき!」
よし。無事なら何より。
個人的には初めて扱う生物だという緊張感も去ることながら、これまで捕獲情報の無かったチキンボールを捕らえたことで冒険家仲間たちに自慢話ができると喜ぶリリがむふふんと踏ん反り返っている姿を見れたのが一番の収穫だな。そこまで嬉しそうな顔を初めて見た。
とりあえずは、本日の食材調達は完了だ。明日に備えよう。
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