第4話 メニュー・サラダ
考えているレシピは三つ。一番時間の掛かる料理から取り掛かろう。
まずは蒸し器を用意して下に水を入れて、上には細長く切った大根、ニンジン、ゴボウ、ナスと、アスパラガスとオクラ、それに小さな白いブロッコリーはそのままで、レタスの一番外側を入れて蒸し焼きにする。普通なら火を通すのに茹でるかレンジで温めるかという方法を取るが、茹でてしまっては野菜の栄養が溶け出てしまうし、レンジではムラなく均等にというのが難しく、せっかくの瑞々しさを失わせてしまう可能性がある。
蒸している間に、長方形の型を用意する。それと同時に鍋で寒天を溶かす。勘の良い者なら、この時点で何を作っているのか見当が付くだろう。そう、テリーヌだ。
テリーヌと言えばゼラチンで固めることも多いが、ゼラチンが動物性だ。今回の料理にはそぐわないから代わりに植物性の寒天を使うことにしたわけだ。
蒸し上がった野菜を取り出して網に上げて冷ましつつ、用意した型の底に寒天を一センチほど流し込む。ヘラなどで均等に伸ばしたらその上に大根を並べて、隙間を埋めるように薄く寒天を流し込み、次にニンジンを。また寒天で隙間を埋めて、お次はオクラとアスパラガスを交互に。そうやって層を作ったら、蒸したレタスだけは入れずに型をそのまま冷蔵庫の野菜室に入れた。常温でも固まるのが寒天だが、今回は時間の短縮と味を濃縮させるために冷やす。
固めている間に次に移ろう。
残しておいたゴボウとニンジン、じゃがいもは大きめのさいの目切りにして、リリが受け止めたキノコ類は風味が出るように手で割き、全部まとめて炊飯器に入れる。そこに上からしょう油・酒・みりん・塩・砂糖を適量入れて早炊きモードでスタート。まぁ、ぶっちゃけると単に米をいれて炊き込みご飯を作るのなら下手に調味料を入れてるよりはめんつゆを入れたほうが余程それらしく炊き上がる。常識的な豆知識だが。
それじゃあ、最後のメニューに取り掛かろう。
最後にして最上、食材の良さをそのままぶつける料理――つまり、サラダだ。
まずはレタスをざく切りに。次に甘みが強い代わりに歯ごたえのあるキャベツを千切りに。生でも食べられるほどエグみの無いピーマンも細切りにして混ぜ合わせればグリーンサラダの出来上がり。ドレッシングにはこの間採ってきたパセリをオリーブオイルに混ぜて、そこに半分に切った極小トマトを合わせて完成だ。あとは残っていた酸味のある鉛筆サイズのきゅうりを苦みのある小松菜で包んで、野菜スティックの完成。これはサラダと一緒に出すから、あとは根菜とキノコ類が炊き上がるのを待つばかりだ。
「てんちょ~、今日のテーブルセッティングってどうすればいい? 野菜でしょ?」
「テリーヌがあるからとりあえずはナイフとフォークだな。あとは箸も。スプーンは必要ない」
「ほう、りょーかい!」
そろそろ客の来る時間だ。今日はやることも少ないし、俺が出迎えるとしよう。
ここは都内某所、高層ビルの最上階。屋上にヘリポートがあって島へ渡航するのに楽だから、店舗兼自宅にしている。ちなみに予約した客には直通エレベーターを教えているから体の不自由な人でも苦が無いようにできている。
入口の前に立っていると、開いた自動ドアの向こうから車椅子に乗った老婦人が若い女性に押されてやってきた。
「秘境レストランへようこそ。どうぞ、こちらへ」
席へ案内してから椅子を脇に除けて、若い女性をそちらに座るよう促した。
「今日は急なお願いをしてすみません。私にはもう時間が無かったもので……」
「いえ、ここはそういうレストランですので。それでは早速料理をお持ちしますが――そちらの方は?」
付き添いの女性に問い掛ければ、顔の前で手を振った。
「あ、私は大丈夫です。介護の付添なので」
「そうですか。では、失礼します」
厨房へと戻り、冷蔵庫から取り出したテリーヌを型から外してレタスで包み、約一センチの幅に切り出しているとリリがやってきた。
「飲み物は水で良いって。付き添いの人にも出していい?」
「ああ、二人分持っていけ」
幸いにもテリーヌは余分にある。皿に取り分けて店内に戻り、婦人の前に一皿、離れた席に座る付添人の前にも一皿出すと驚いたような顔をされた。
「こちら、秘境島野菜を使ったテリーヌです。特に味付けなどはしていませんが二から三種類を一緒に食べることにより深い味わいを感じることが出来ます」
「あの、これは――」
「そちらはサービスです。よろしければご賞味ください」
「サービス、ですか……ありがとうございます」
特に作るものもないが、見られていると食べ辛いだろうから軽く頭を下げて厨房へと引っ込んで聞き耳を立てた。
「あら、これ凄く美味しいわねぇ。お野菜なのに、物凄く濃厚なスープを飲んでいるみたい」
「ちなみに固めているのはゼラチンじゃなく寒天だから動物性のものは不使用だよー」
「あらあら、そんなことにまで気を遣って頂いて……」
「……昔から野菜しか食べなかったの?」
ああ、まったく。デリケートな部分には触れるなって言っておいたんだが……言ったのは大分前だったな。
「そうねぇ、貴女からすれば昔のことになるのかしら。死んだ夫がね、今で言うところのヴィーガンだったのよ。だから、結婚するときに私も、ね」
「それは、同じようにヴィーガンにならなかったら結婚しない、とか言われたの?」
「いいえ。むしろ、その逆ね。あの人は私が美味しそうにご飯を食べる姿が好きだと言ってくれたの。だから、同じになる必要は無いと言ってくれたわ」
「なのに?」
「だって、好きになってしまったんだもの。好きな人の思いは共有したいじゃない」
「……ふ~ん。もう死んじゃってるのに、まだ続けるの?」
「ふふっ、若いわねぇ。確かに、天国のあの人は、もういいよって言っているかもしれないわ。でも――それでもね? やっぱり好きなんだと思うわ。だって、元はお肉が大好きでお野菜を好きじゃなかった私が、今はこうしてお野菜の美味しさを実感できるのだから。貴女はある? 味覚を変えてしまうほど、人を好きになったことを」
……ふむ。
ドレッシングを掛けたサラダを持って店内へと向かった。
「葉物を使ったサラダです。こちらの小松菜を巻いたきゅうりには卵不使用のマヨネーズに付けて食べることをお勧めします」
食べ終わったテリーヌの皿を持って厨房へと戻ると、多くの食材を保存している業務用の冷蔵庫を開いた。
根菜とキノコの炊き込みを邪魔しない食材。シンプルな味の植物は――血脈の木だな。
取り出した枝を温水で洗いながら外側の皮を剥いていく。すると血脈の走っている幹が残り、それをフライパンに入れて熱していく。程よく水分が飛んだところでオリーブオイルを全体に回しかけて、幹の全面をこんがりと焼きながら塩コショウを振り掛けて――木のステーキの完成だ。
炊き上がった根菜とキノコを茶碗に盛り付けて、その脇に木のステーキを添える。あとは生の血脈の木の枝を持って店内へ。
「お待たせ致しました。本日のメインディッシュです。根菜とキノコの炊き込み、それと木のステーキです」
ステーキを口に含んだご婦人は驚いたようにこちらに視線を送ってきたから、それが本当に木の枝だと伝えると、驚くよりも安心したように肩を落とし、それから笑顔を見せた。
「本当に、ありがとうございました。私のわがまままを聞いていただいて、それでいて娘の結婚式にまで出席できるなんて夢のようです。本当に――本当に――」
結婚式は一週間後。ただその分だけの寿命を延ばしただけだ。ともかく、即興ではあったが肉の味がする木のステーキも喜んでもらえて良かった。
「聞いたんだけど、自分たちの子供は野菜だけじゃなく肉も魚も食べるんだって。よくわかんないね」
「そりゃあ、アレだよ。お前がまだ本当に人を好きになったことが無い、ってことじゃないか?」
「ん~……店長は?」
「二十歳前だぞ? 俺だって、当然まだなんだろうよ」
かくして、婦人は一週間後の娘の結婚式に出席することとなり、そして死ぬだろう。家族がそれを理解しているのかはわからない。苦しみを一週間長引かせてまで意味があることなのか、俺にはわからない。まだ、わからない。とはいえ、俺は料理人だ。今日も今日とて料理を作る。リリの場合は――なんだろうな。
ともあれ、秘境レストラン――本日の営業は終了いたしました。
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