第3話 食材・野菜

 天命の料理人とはその名の通り天命を――寿命を司る料理人のことである。

 わざと仰々しくするために司るなんて言われているが、要は秘境島に生息している生物などには寿命を操作できる不思議な細胞が含まれていて、俺たち料理人はその扱い方を知っているというだけである。

 島への渡航許可証を得るためにはいくつかの条件があるが、俺の場合は元は親父が許可証を持っていて、その親父の残した秘伝のレシピノートは俺にしか読めず、それを調理できる腕があり、その上で島でも死なないくらいの肉体が備わっていたから、という感じだ。つまり、悪く言ってしまえば裏口入学をしたようなもので、良く言えば特例ってことだ。

 とはいえ、レシピさえあれば誰にでも調理できるのかといえばそうでも無い。例えば寿命を十年延ばせる食材があったとしても、調理の仕方や食べ合わせが悪ければ食べた者が即死するという可能性もある。必要なのは知識と正確な腕。そして――誰にどんな料理を提供するのかを正しく判断することだ。寿命を延ばすことができるとは、つまり、やり方次第で永遠を生きることも出来るということだ。まぁ、基本的にはルールブックに従うわけだが。リリ曰く――

「死ぬことがわかっているのに、たった数年を生き延びたいと思う気持ちがわからない」

 そう思うらしい。俺からすれば、そういうリリの感情も、あと少しだけでも死ぬのを先延ばしにしたい気持ちもわからなくないからなんとも言えなくなる。

 とはいえ、仕事だ。今日も今日とて島にいる。

 第二区画からしばらく歩いたところにある林に囲まれた平原の中で草を選り分けていると、辺りを警戒するリリはこちらに聞こえるように大きく鼻息を漏らした。

「ん~……三年を生き延びるのに何の意味があるの?」

「お前さぁ、仕事の次の日に引き摺るその癖、いい加減に直せよ。あの客にはあと三年が必要だったんだ。孫の、小学校入学を見届けるためにな」

「そのためだけに? 高いお金を払って数年を買うの? どうして?」

「人によって違うだろ。生き甲斐が違うようにな。お前の場合は? 冒険か?」

「そう、冒険。でも、仮に冒険できなくなったとしても寿命を延ばそうとは思わないかな」

「いや、まぁ……俺だって寿命を延ばそうとは思っていないが、変わるんじゃないか? いざ死ぬかもしれない、って時には」

「……そんなものかなぁ」

「そんなもんだろ」

 死ぬ間際の人が何を望むのかはわからないが、少なくともうちの店を選んでやってくるお客は皆、美味しい料理を求めている。ただ寿命を延ばしたいだけなら闇に出回っている食材を手に入れて食べればいい。それなのに、リリの言う通りわざわざ高い金を払って数年を買う意味は、そこにあると思う。

 人生最後の食事は何が良い?

 答えは――美味い飯だ。

「それで、今日の獲物はなんだっけ?」

「今日は獲物なんていないよ。必要なのは野菜だ」

「ああ、だからか」

 そう。ここは通称・野草の平原。生えている草、埋まっている野菜、全てが食べられることで有名だ。もちろん、食べ合わせや調理法で毒になるものもあるが、それ単体で人体に影響を及ぼす植物は無い。

 ちなみに、この秘境島ではじゅがいも一つ取っても十数種類存在している。この間、川辺で採ったじゃがいもはでんぷん質が少ない代わりに味が濃く風味が強かったが、中には皮付近は毒で内側の一センチ程度しか食べられないじゃがいももある。そういうのを見分けられるからこそ、島への渡航と島の食材を提供することを許可されている。

 今回の客はベジタリアンだ。野菜類なら何でもいいが、肉をはじめとして魚も卵も使わないでほしいという要望を受けている。今のところ作る料理は決めていないが……野菜料理ってのは意外と幅が広いからなぁ。とりあえずは目に付いた野菜を収穫している。

「レタスにキャベツ……それに大根か。ニンジンとゴボウも。根菜なら炊き込みでも良さそうだな。あとは、掌大のミニカボチャに真っ白なブロッコリー」

 ふむ、悪くない。あとは酸味があれば作れる料理の種類が増える。などと思いながら頭の中でレシピをなぞっていると、周囲を警戒していたリリが何かに気が付いたように身構えた。

「ん――店長。その場で伏せといて」

「伏せるっつーか、座ってるけど。何か来そうか?」

「風に乗って何か来ると思う」

 この場所だと第四区画から山おろしの突風が時折吹くが――第四区画? 今だと枯れ山は豊作の時期か。ってことは、キノコの弾丸だ。

「丁度いい。リリ、キノコを傷めずに回収できるか?」

「えっ、キノコなの? とりあえずやってみるけどハンカチか何かある?」

「ハンカチはあるが、それより麻袋のほうが良くないか? こんなこともあろうかと用意してきた」

「じゃあ、麻袋!」

 そう言うのと同時にバックパックのサイドポケットから出した麻袋を手渡すと、丁度いいタイミングで飛んできたキノコが開いた麻袋の中に飛び込んだ。

 パンッ、と良い音を鳴らし、その衝撃で香ってきた匂いを嗅ぐとキノコの種類がわかった。椎茸だな。次は舞茸。その次はマッシュルーム。次はしめじ? いや、エノキとしめじが混じった秘境島特有のキノコだ。

 さて、そろそろ風が止む頃だ。次々とキノコをキャッチするリリを眺めていると、三つ同時に飛んできた内の一つが麻袋の脇を抜けて俺のほうへと迫ってきた。

「あぶっ――っ!」

 目の前に飛んできたのは掌で受けようとしたら、その衝撃で弾かれた手が頭に直撃し、後ろに倒れ込んだ。

「店長、ごめん。大丈夫だった?」

「い、たっ……ああ、だいじょ――いや、むしろ良くやった」

 倒れ込んだ視線の先、地面から生えた植物の枝に極小の赤い粒が大量に生っているのを見つけた。

「……それは?」

「滅多に見つからない極小のトマトだよ。これを見付けられただけでも今日は充分な収穫だ」

「お~。てか、今日ってどれくらい収穫した?」

「キノコ類を入れなければ、え~っと……十五種類くらいだな」

「充分?」

「ああ、充分だ」

 必要な食材は集まった。

 さぁ――料理を始めよう。

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