私の中の街

「やあやあ、聞こえるかい?」

 どこからか声が聞こえる。

 どこから? ここには誰もいない。

「ねえねえ、聞こえてるでしょ? 僕の声が」

 どきり とした。

 この声は、私の中から聞こえる。

 私はどうかしてしまったのだろうか。

「君はいくつかの街を渡って来たけど、君自身の中に、街が存在してる事、気づいてた?」

 私の中に、街?

「君が見てきた物や人たち、それらが君の理想の形で存在する場所さ。そして、僕は君にとっての理想の人」

「おかしなことを言うね。私は、自分のことを『僕』と呼ぶ人と、仲良くなったことはないよ」

「きっと忘れてしまっているだけさ!」

 ああ、私はどうかしている。

 私は、私自身が作り出した何かと話をして、頭を悩ませている。

 私には理想がある? 理想の、人がいる? まさか。

「ヒトの心の深層は面白いよ。どんな世界だって広がっているし、どんなものでも生み出せる。ただ、とっても脆くてね。この街は何度も硝子ガラスの嵐に見舞われたし、……君がいなくなるのも、何度も見た」

 何度も。

「私はそんな場所、知らないよ」

「そうさ、今の君は知らない。君は何度も忘れて、僕はその度に君を呼びに来ていたんだ。今日で何度目かな」

 この世界は私の知らない場所ばかりだと思っていたけれど、私は、私の中にすら知らない場所があるとは思っていなかった。

「私は、その街でどうすればいいと思う?」

「この街の機能を完成させる」

 全く分からないことを言う。

「悲しみ、喜び、夢も、恋も、この街で循環できるようにするんだ。完成すれば、君はどこかの街を当ても無く渡る必要だってなくなる」

「私が街を渡り歩いてる理由、あなたは知っているの?」

 声は少しの間、沈黙した。

 それを僕が言っていいのかい? そんな風に言いたげだった。

「私は、もう少しだけ、もう少しだけ街を渡り歩きたいよ」

「……そう。もし、この街のことも思い出して。僕はいつでも待ってる」

 声は聞こえなくなった。


 物や人が私の理想の形で存在する街。

 どこかの街に何かを求める必要のない場所が完成してしまったら?

「えっと、私は何を探していたのだっけ」

 それすらも分からなくなるのだろう。

 少しだけ怖いな、と思いながらも、そこはきっととても美しい街なのだと、そう思った。

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どこかの街 ソルア @sorua

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