森の小道
「ねえ、そんなところで何してるの?」
白い花びらに薄く青がかかった小さい花が点々と咲く、森の小道。
一人の女の子が声をかけてきた。
女の子にはフワフワとした獣の耳、そして細身の尻尾を持っていた。
「あなたも、行く場所がなくなったの?」
魔物と人との合いの子、人の突然変異、魔物が人に化けた者、それら人とは違う者の多くは街から遠ざけられ、森の中などで生活をしている。
「わたし達が住んでるところに連れてってあげる」と女の子に手を引かれ、私は森の奥へ。
「わたし達の先生は、わたし達を街から遠ざけた人たちを憎んではいけないよって言うんだ」
「先生?」
「ああ、先生っていうのは、わたし達の住んでるところにいる、先生だよ」
背の高い木と低い木が不規則に並ぶ地面の隙間、白い小さな花がひしめき合うように咲く。
「君は、どこから来たの?」私は女の子に訊いた。
「わたしはね、気づいたらここに居たの」
女の子のフワフワとした獣の耳が木の枝葉に何度も触る。
道を歩いていた足音は次第にガサガサと背の草をかき分ける音に変わった。
「わたしが初めて目が覚ましたとき、先生が言ったんだ」
今日からここが、君の居場所だよ。
どこにも行かなくて大丈夫。
もし、誰かが道を間違えてここへ来たら
そしたら連れておいで。
「君の先生は、優しい人なんだね」
草をかき分けてたどり着いた場所。
大きな木のある開けた場所だった。いくつかの小屋が見える。
「あ! 先生!」女の子が木の下に人を見つけて駆けていく「あのね、森の小道で人に会ったんだよ」
先生、と呼ばれた人物は、私と同じ人間の男だった。
女の子は男と一言二言、会話をすると、楽しげにどこかへ駆けて行く。
男がこちらへゆっくりと歩いて来た。
「やあ、旅の人。それとも、ここに居場所を求めて来た人かい?」
「あなたは……、私と同じ人間なんですね」
「君は、ここが人間ではない者たちが住む場所だと思ってここに来たのかい?」
「まあ、そうですね」
「ここにいるのは、人間や獣人、魔物、それらの違いの概念を失くした者たちさ」
「あなたは、ここに住む人の頭から、誰かに拒絶された記憶や誰かとは違うという概念を、何らかの方法で奪っているんですね」
「奪っているだなんて、ちょっと人聞きが悪いね。彼女たちはそれで幸せさ」男は言うと「それに」と続けた。
「人間なんて、魔物と大して変わらない存在だ」
「え、帰っちゃうの?」
女の子が森の出口まで見送りに来てくれた。
「私はもう少し、色んな場所を知りたいからね、君も元気で」
そっか、と女の子はい少し残念そうに、最後にこう言った。
「迷子になったら来てね」
男は言葉を続ける。
「君も本当は思っているんじゃないか? 誰かが嫌いだとか、好きだとか、そんな区切りが無ければいいのに、と」
「たしかに。でも……」
私は今の私でいたいと思うんだ。
「もしも迷子になったら、ここにおいで。君の悲しい記憶は、僕が何とかしてあげる」
森の小道。白い花が点々と咲く場所に、ぽつり、言葉を零した。
「先生、私がここから外へ出て行ったこと、悲しい記憶にさせてしまって、ごめんなさい」
戻れない街を、私はあとにした。
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