『都に響く音』~女性向けゲームの主人公(男)に転生したら、追加データ入ってるBLだった。~
港瀬つかさ
『都に響く音』~女性向けゲームの主人公(男)に転生したら、追加データ入ってるBLだった。~
痛い、と《彼女》は思った。
一番痛いのは後頭部だ。何かに盛大にぶつけたに違いない。次に痛いのは背中だ。まるで地面に倒れ込んでぶつけたようだ。他にも手足も痛かった。まるで目の前で強烈な光を浴びせられているようにチカチカする視界で、それでも《彼女》は何とか目を開けた。
視界に一番に入ってきたのは、イケメンの集団だった。もはや種類の違うイケメンがより取り見取りで、痛みでぼんやりする意識で《彼女》は「おぉ、イケメンすげぇ」と思った。やや口が悪いのは昔からなので仕方が無い。男兄弟に囲まれて育った《彼女》の口調は、一人称を変えてしまえば男とあまり変わらなかった。一応思考回路は女子なのだが。
「やっと気づいたか。愚図。これでも食ってろ」
不機嫌そうな顔をした、声も不機嫌で、ちっともこっちを労っているように見えない青年が差し出してきたのは、葉っぱだった。あぁ、弟切草だ、と《彼女》は思った。見た目はただの葉っぱだが、他の薬草が煎じたり色々しないと効能を発揮しないのに、ただ食べるだけで傷を治してくれる便利な回復アイテムである。のろのろと手を伸ばして受け取り、もぐもぐと食べた。生の葉っぱであるが、苦みはあまりない。味はちょっとほうれん草に似ていた。
弟切草はレアな薬草である。特に処理をしなくても、ただ食べるだけで傷を治してくれるなんていう、薬草界のチート様だ。ただし、それだけに腕の良い薬師にしか見つけられないと言われている。理由は簡単。弟切草の見た目が、そこらの雑草と変わらないからだ。
「
呆れたように呟くイケメンの声が聞こえた。《彼女》が視線を向けると、
《彼女》はまだ痛む身体でゆっくりと起き上がりつつ、弟切草をもぐもぐしつつ、こくりと頷いた。そうか、と優しく笑ってくれる笑顔に心がほっこりする。先ほどの青年、叢雨の冷たい態度に比べたら、とてもありがたい。
そこでふと、《彼女》は気づく。響って誰ですか?と。
自分の名前はそんなものではない、と。だがしかし、思い出せない。思い出せないのだが、とりあえず、それは私の名前では無い、と《彼女》は心の中で思った。口に出さなかったのは、弟切草を咀嚼している真っ最中だったからだ。口の中に食べ物がある状態で喋ってはいけない、と《彼女》は両親、特に母親に厳しく躾けられてきた。それ故だ。
「まぁまぁ、落ち着きたまえ、
穏やかに微笑んだイケメンが、緋柳と呼んだ陰陽師風の青年を宥めるのを、《彼女》はぼんやりと見ていた。あ、またイケメン増えた。そんな気分で。優雅な仕草と口調が似合う青年は、その優雅さを示すように扇を手にしていた。何故扇、と喉元まで出掛かったけれど、似合っていたので黙っておいた。そもそも、まだ弟切草を食べ終わっていない。この状態でお残しをしたら、不機嫌顔の叢雨にまた愚図と言われる予感がしたのだ。多分間違っていない。
(……叢雨、緋柳、それに、響……?)
心の中で《彼女》は、今まで出てきた固有名詞を反芻してみた。どこかで聞いた気がする。というか、よく知っている気がする。喉元まで出掛かっているのだが、あとちょっとが出てこない。非常にもやもやする状態だ。
うんうん唸っている(ただし顔にはちっとも出ていないので、客観的に見ればぼんやりと弟切草を食べているだけだ)《彼女》を囲んでいるのは、その三名だけでは無い。いつまでたっても反応しない《彼女》に焦れたのか、残り二名が顔を覗かせた。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
口調は荒いが、表情には心配を色濃く映し出した青年は、腰に差した刀の柄を弄びながら《彼女》を見ている。頭上高く綺麗に結わえ上げられた髪が、その動きに合わせて揺れた。彼もまた和装であったが、先ほどの雅一直線な青年とは異なり、動きやすさを基調としているらしい。《彼女》はぼんやりと「あ、新撰組とかっぽい。侍さんだ」と暢気に思いながら、弟切草を食べていた。…味はほうれん草のようで美味しいのだが、やはり生の葉っぱは咀嚼に時間がかかるらしい。
「まぁ、そこまでひどくはぶつけてねぇだろうよ。響、声は聞こえてんな?」
蓮っ葉な口調で問いかけてきたのは、イケメン達の中で一番年上に見える青年だった。ワイルドイケメン、と《彼女》は胸中で呟いた。ワイルドというよりは、おっさん一歩手前と言う感じだろうか。他の四人がどことなく育ちの良さを感じさせるのに対して、彼には下町で逞しく荒事をくぐり抜けて生き抜けてきた、野性的な雰囲気があった。…そもそも、肩に担いでいる獲物が斧である。ワイルドだ。
問いかけに、《彼女》はこくこくと頷いた。そもそも、効能は抜群だが、咀嚼に時間のかかる弟切草を渡してきたのは、もしかしたら彼、叢雨の嫌がらせだったのではないか、と《彼女》は思った。だって、彼は薬師なのだから、懐に山ほど処方された丸薬やら軟膏やら色々と持っている筈なのだ。あと、子供向けの甘い味付けのされた薬湯とかも。
そこまで思い出して、《彼女》は「あ……っ、知ってる」と思った。思って、もう一度、目の前のイケメン五人を確認した。
「いつまでかかっているんだ。さっさと食え、愚図」
下等生物でも見るような目線で自分を見下ろしてくる男、薬師の叢雨。
口は悪いが、態度も悪いが、性根は一応弱者に優しい。だから薬師の才能があると知って、それを目指したのだ。金持ち相手にはぼったくるが、貧乏人にはほとんど無償で薬を与える所もある。それを優しいというと、問答無用でぶん殴られる。…好感度が上がっていれば、「煩い」と一言言って頭を叩かれるだけで終わる。
「だからお前は、回復担当ならばもう少し労れと言っているだろう」
眉を八の字にして叢雨に苦言を呈しているのは、陰陽師の緋柳。
「叢雨、緋柳、二人ともいい加減にしてあげてくださいね。響が困っているではありませんか」
やんわりと微笑みながら、険悪状態に陥る二人を止めるのは、公家の御曹司・
立ち居振る舞い一つとっても優美としか言えない人物で、常に手元に扇を持っている。ただし、この扇は鉄扇で、不審者や妖の類を遠慮容赦なく叩き倒すという役割も果たしている。西都の公家の名門の御曹司様である。優美で当たり前だろう。なお、怒らせると非常に怖い人物でもある。
「貴様等、相変わらず相性最悪だな」
誰もが思っているけれど、決して誰も口にしないことを言ったのは、
「叢雨、緋柳、白狼を睨むな。夕凪、面白がって煽るな。…響、もう弟切草は食べ終わったか?」
全員の名前を呼んで諭したのは、一行のまとめ役でもある最年長、妖狩りの
他が十代後半から二十歳前後という若者に対して、彼の年齢は三十路を越えている。実力はあるがまだ人生経験の足りていない若者達のまとめ役、という望んでもいないポジションを与えられた男は、東都でも西都でもない、狭間の出身者であった。狭間の住人は総じて妖狩りであり、彼はその中でも腕利きで知られている。
《彼女》は大人しく頷いた。揉めているイケメン四人は放置し、自分を案じてくれている絶牙に頷く。頷きつつ、内心では冷や汗を大量に流していた。何でこんなことになっているのか、是非とも聞いてみたい気分である。
《彼女》は、彼らを知っていた。だって彼らは、《彼女》が大好きで何周もプレイしまくったゲームの仲間達なのだから!
(何でこんなことになってんだぁあああああ?!)
絶叫するが、生憎と顔には出ない。そうだった、と《彼女》は思い出す。響は感情が顔に出にくいタイプのキャラだった。別に無表情では無いが、感情の起伏が顔に出にくいタイプ、と公式設定になっていたではないか。その分内面で色々考えている、ともあった。
響とは、《彼女》がプレイしていたゲーム『都に響く音』の主人公のデフォルトネームである。
色々と記憶を探ってみるのだが、《彼女》の脳裏に浮かぶのはゲームに関する記憶ばかりだった。何故自分がこんなところにいるのか、というのはちっとも出てこない。いくら何でも夢であって欲しい現実である。世知辛い。あと色々と居たたまれない。
《彼女》はゆっくりと自分の身体を見ろした。見下ろして、手にしていた弟切草の残り一枚の葉っぱをぐしゃっと握ってしまった。途端に、叢雨から愚図の一言が飛んでくるが、この際無視をしておく。何故なら、《彼女》はとてもとても重大なことに気づいてしまったのだから。
(ゲーム転生果たすにしても、何で主人公(男)の方になってんじゃぁああああ!!!)
で、ある。
『都に響く音』は、主人公の性別が選べる。基本的な設定やキャラデザインもあまり変わりは無いが、とりあえず、性別は男女で選べるのだ。ここが重要である。だというのに、何故か、《彼女》は「主人公(男)」としてここにいる。色々と理不尽だ。
『都に響く音』は、携帯用ゲーム機で爆発的に売れた、女性向けゲームだ。主人公の男女が選べ、タイプの違う五人のイケメンとパーティーを組み、妖退治をして世界を救う、という和風RPGである。平安風の街・西都と、江戸風の街・東都がある、和風大好き人間の萌えツボをまとめて放り込んだような感じだ。
なお、緋柳と夕凪が西都、叢雨と白狼が東都、絶牙が狭間の出身ということで、一応キャラクターはばらけている。タイプの違うイケメン達と、時々発生するイベントで好感度を上げつつ、協力するという感じのRPGだ。好感度が上がると、合体技が強力になったり、相手を庇ったり、庇われたりというシステムが発動しやすくなる。あと、顔グラフィックがデレやすくなる。
これだけならば、このゲームが阿呆みたいな売り上げを誇り、キャラブックやサントラが鬼のように売れまくったり、ネット上の二次創作を放り込む系のサイトが賑わったり、薄い本の発売会が頻繁に催されるようにはならない。このゲームには、追加データという物体が存在した。
追加データを購入、インストールすることによって、このゲームは乙女ゲーorBLゲーへと変貌するのである!
《彼女》はそんな楽しみ方はしなかった。イケメンとの擬似的な恋愛に萌える乙女心も、イケメン同士をくっつけようという腐萌え要素も備えては居なかった。ただただひたすらに、顔面偏差値の高いイケメン達とパーティーを組んで、RPGをすることが楽しい、という人種であった。なので、男主人公も女主人公も堪能しているが、恋愛イベントに関してはノータッチだ。
ノータッチなのだが、《彼女》は理解してしまった。脳裏にぶわっと蘇った、コレまでの響の道筋を、理解してしまったのだ。明らかに、《彼女》の知らないイベントをいくつか通過している。まだ誰かのルートに入っているわけではないだろうが、コレは明らかに、腐ったお嬢さん達が嬉々として悶えながら、ゲーム機を握ってごろごろ転がるタイプのイベントである。
……妙に例えがリアルなのは、《彼女》の親友がそういう人種だったから、である。
(マズイ……。このままだと、この世界はホモの巣窟で、私はその餌食にされる)
御免被りたい、と《彼女》は思った。確かに、自分が主人公(女)であったのならば、乙女ゲーの世界に入り込み、イケメンに口説かれるのも多少は悪くないかな、とは言える。だが、今、この世界で《彼女》を口説く彼らは、響の性別が男と理解した上で、愛しているのである。立派なホモだ。ホモの彼氏は欲しくない、と彼女は思う。
とりあえず、フラグを全部へし折ろう。
《彼女》はそう決意した。この世界で、妖狩り見習いとして生きていくことに不安はない。記憶喪失で、どこの誰かもわからない、何故か妙に不思議な力だけは持っていたという設定の響。この愉快なイケメン達と一緒に戦っていくことだけならば、何の問題もなかったのだが。
(何で、ノーマルな状態じゃなかったんだよぉぉおおお!)
そう、これがただの和風RPG『都に響く音』略して『みやおと』ならば、《彼女》は一生懸命馴染もうと努力しただろう。だがしかし、無理があるのだ。だってここは追加データがインストールされた後の、BLの世界なのだ。頼りになるイケメン達は、《彼女》もとい響(男)の貞操を狙ってくるようなホモの集団なのだ。色々と泣きたい。
どうにかして逃げ道は無いものか、と《彼女》は思った。仲間達の好感度を下げるのは、今後の行動を考えてもよろしくはない。恋愛フラグは根こそぎへし折りたいが、友好度を下げるのは戦力的に考えてありがたくない。
そこでふと、思い出した。このゲームは、主人公が攻略対象を落す以外にも、キャラ同士でくっつけられる、という事実を。
そういえば、主人公が攻略対象を落していくタイプのBLゲームだけではなく、むしろ主人公が彼らのキューピッドになれるゲームだから買った、と《彼女》は親友が豪語していたことを思い出した。《彼女》の親友は、乙女ゲーのように主人公がイケメン達に好かれまくるのが納得いかず、サブキャラのカップリングにばかり萌えているマイナー人種だった。このゲームは、そんな親友を満たしてくれるシステムも備えていたらしい。
しまった、と《彼女》は思った。こんなことになるのならば、親友の煩悩ダダ漏れの話を、もっとしっかり聞いておくべきだった、と。キャラ同士をくっつけられる方法を、もっとちゃんと聞いておけば良かった、と。とりあえず辛うじて脳内に残っている情報は、「全キャラ総当たりでくっつけられるから、誰でも楽しめる!」と叫んでいた姿だけだ。
だがしかし、とりあえず、未来は見えた。というか、強制的にそっちのルートに進めることを《彼女》は決意した。ただ、リアルでも恋愛経験なんて存在しない自分が、どうやって彼らをそっちのルートに押し込めるだろうか、という不安はあったのだが。それでも、努力するしかない。ホモに貞操を狙われるのは勘弁してくれ、である。
「響?」
「うん、食べ終わった。叢雨、普通の回復薬無かったのかよ」
「煩い、愚図。そもそもお前が、己の錫杖で頭ぶつけるなんていう阿呆をやらかしたせいだろうが」
「……すみませんでした」
あぁ、そういう風に頭ぶつけたんだ、と《彼女》は素直に叢雨に謝った。周囲が叢雨の悪態を咎めているが、この場合、きっと叢雨が正しいと思われる。自分の武器で自分の頭をごつんやらかすとか、どんだけドジっ子なのだ。響にそんな設定は存在しないので、多分それは、《彼女》を目覚めさすためのご都合主義とかいうものだったのだろう。多分。
「まぁ、響も気づいたし、たいした怪我もなさそうだし、良かったよ」
「ありがとう、緋柳」
「無理は禁物ですよ、響?」
「わかってるよ、夕凪」
ぽんぽんと頭を撫でてくれる緋柳、穏やかに微笑んでくれる夕凪に、《彼女》はとりあえず素直にお礼を言っておいた。優しい人たちである。ゲームを何周もプレイしてるので、彼らが、記憶喪失+謎の能力持ちという胡散臭い響を疎まず、受け入れて、おまけに一緒に魔王(この場合妖の親玉)退治に向かってくれるという、とても優しい人間であることは知っている。
だから、何で追加データインストールされてんだよ、と《彼女》は思った。そうで無ければ、安心して彼らと一緒に、ただの仲間として旅が出来たというのに。彼らが全員ホモで、それに貞操を狙われるとか、どんな苦行であるのか。なまじ、中身がいい人だと知っているだけに、色々と辛い。むしろ、ホモにされている彼らに哀れみすら感じる。全員タイプの違うイケメンだというのに。
「この後、もうちょい妖倒そうと思ってたが、お前大丈夫か?無理なら宿に戻るか?」
「わた……、僕は平気だから、心配するな、白狼」
「お前は本当に、見た目小動物の癖して、中身は戦闘系だな」
「そうでなけりゃ、妖狩り目指したりしないんだろ、絶牙?」
本気で案じてくる白狼には親指をぐっと立てて答え、呆れたような絶牙には不思議そうに問い返す。小動物、というのは当たっていた。響は男女のどちらでも、大きな瞳が印象的な童顔タイプなのだ。ただし、ショタでもロリでもない。あくまで童顔であり、見た目の印象は、…かつて《彼女》の親友は、「この主人公のキャラデザ、男女どっちでも、狐耳と尻尾生えてても可笑しくない感じに、小動物だよね?」と言っていた。《彼女》もちょっと否定できなかった。
今、自分が《それ》(しかも性別は男の方)になっていると考えると、ちょっと頭が痛かった。色んな意味で。《彼女》はRPGゲームを好む所から理解して貰えるとおり、育ちからも男が好む感じのバトル系が大好きだ。少女漫画より、血湧き肉躍る少年漫画のバトルの方が心が楽しい人種である。色々と乙女がどこかに消えている。
「せめて夕暮れまで、もう少し妖退治しとこう。村に被害があったら困るし」
笑顔で告げれば、五人はそれぞれ頷いてくれた。叢雨は面倒そうに。緋柳は請け負ったと言いたげに。夕凪は穏やかに微笑み、白狼は無言で刀に手をかけた。絶牙はそんな一同を見渡して笑みを浮かべると、肩に担いだ斧をびゅっと空振りして、行き先を示した。そして《彼女》は、自分の頭をごつんやらかしたらしい錫杖を手に、彼らの背中を負う。妖退治をするために。
(とりあえず、宿屋でイベント出たら、フラグへし折って、こいつらくっつけるルート探そう)
真剣な顔で《彼女》が考えたのは、そんなことであった。
『都に響く音』~女性向けゲームの主人公(男)に転生したら、追加データ入ってるBLだった。~ 港瀬つかさ @minatose
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