エピローグ:とある虚無の片隅にて
異界管理官
ここからは〈
――あの後、遅れて到着した〈修復能力〉持ちの管理官によって滅茶苦茶になった現場は元通りに直された。監督官が運転する軽トラで家まで送ってもらった
ブレスレットは、あっちの世界に置いてきた。
戻ってきた巡とテトは背任罪を問われることとなったが、審議員から嫌味な小言をねちねち言われただけで話は終わった。普段の監督官のお説教のほうがよっぽどキツいと巡は思う。
これで正真正銘の札付きとなり、転属の望みは完全に絶たれたわけだが、当の二人はどこ吹く風といった感じである。
あの嵐の夜以来、大きな事件は何一つない。
日常を取り戻した〈
「はぁ……」
何度目かわからないため息をこぼす。
死ぬほど暇だった。とはいえ未だに事件を引きずっている巡は世界観光に行く気も起きず、こうして暇に殺されたゾンビのように、ソファでごろごろしているのだった。
「なんだ、まだごろごろしてるの」
そこにテト・グロウラー・シャプトゥスが戻ってきた。
あの夜のテトの顛末について言えば、完全なる『負け』であった。能力を振り絞って
あれ以来テトは『打倒
「ぬっふふー」
テトはニヤケ顔でソファに腰を下ろした。またぞろどこかの世界で千人斬りとかやって遊んできたに違いない。そんな暇があったら渦瑠に再戦でも申し込みにいけよと巡は思う。
「やけに機嫌がいいわね」と一応は尋ねてみる。
テトはまってましたとばかりに顔を輝かせた。
「教導官の知り合いに頼まれて戦闘訓練の助手をしてきたんだあ」
「へぇー。楽しかった?」
「いやぁー、まだまだだね。ヒヨッコだね。所詮は僕の相手じゃないね」
優越を誇る相手が教育課程のド素人だと思うと、聞いてるこっちがいたたまれなくなってくる。
「それでさあ、その新しい管理官ってのが女の子だったんだよねえ」
「へぇー。強かったの?」
「いいや全然! ありゃ全く戦闘向きじゃないね。きっと研究部か観測部行きだよ」
「へぇー。そういう人材って久しぶりじゃない」
なおもテトは耳をへにゃりと伏せて、笑い上戸の酔っぱらいみたいに頬を緩めている。
「巡は興味ない?」
あるわけない。
「じゃあ、これでも?」
テトは、今まで巡から見えない位置に隠していた腕を持ち上げてみせた。
その手首には、宝石を散りばめたようなビーズのブレスレットが巻かれていた。
巡はバネ仕掛けの人形のように飛び起きた。
「それって!」
「そういうこと! でも残念ながら、彼女だけだったけどねえ」
「そっか――」
残念ではないといえば、嘘になる。あの二人を引き離す〈
しかしそれ以上に、この巡り合わせは奇跡と呼ぶしか無かった。
報われた、なんて思わない。
自分たちがしたことはどこまでも独善的であり、それは決して肯定されるべきでない。
でも救われた、と巡は思う。
自分たちが背負った罪に、ほんの僅かであれ意味が与えられたのだから。
だから今だけは、視界をにじませる涙の暖かさを、素直に受け止めたかった。
「でも、よかった。……本当に、よかった」
彼女が教育課程を終えたら、折を見て遊びに連れて行ってあげようと思う。
そして語ってあげるのだ。
異界管理官 結城わんこ @sobercat
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