最善の結末
すべての音が戻ってきた。
「ごくろうさまです」
どす黒い水面から吹き上げる風に煽られて、振り向いた。
「監督官――」
「
二台のクルマに二人ずつ。
一人は巡が始末し、一人は〈修復能力〉持ちで、一人は渦瑠。
ならば、最後の一人は誰か。
「兎にも角にも、間に合ってよかったです」
監督官は最初から、巡たちのことなど一切信じてはいなかったのだ。
「――なんで」
突沸するような怒りが、巡の腹の中で暴れだした。
理性では理解しているのに、癇癪を起こす子供と一緒だと分かっているのに、それでも収まらない感情の爆発が、意味のない八つ当たりになって口から溢れた。
「なんで止めなかったのよ! 最初っからわかっていたくせに、なんで私を止めなかったの! どうせ命令なんて聞かないってわかってるなら、あの時に私を殺してでも止めればよかったのに。なんで――なんでこんな、人の運命を弄ぶようなことをするのよ!」
口をついて出る言葉の全てが、どうしようもなく陳腐で、おそろしいほどに愚劣で、はきけがするほど醜悪で、いっそのこと死にたくなる。
それでも吐き出さずにはいられなかった。
怒りで己を奮い立たせなければ、正気を保っていられる自信がなかった。
「点数を稼ぎたいだけなら、私たちを噛ませる必要なんてなかったじゃない。どうせロクなことをしでかさないってわかってたなら、なんで私たちなんかを……」
憐れみでもなく蔑みでもない、ただひたすら無表情に近い微笑みをたたえて、監督官はじっと巡を見下ろしている。
「私は監督官として任務を遂行したまでです。そこに他意はありません」
感情の色すらない、突き放した声だった。
「『可能なことは可能である』――あなたはその原理に従って決断し、行動した。その結果がこれなのです」
罵ってもらえればどんなに楽かと思う。
いつものように圧倒的な正論で、自分たちがやらかしたことを片っ端からあげつらって一列に並べて全否定してくれたなら、少しは「自分は正しいことをしたはずなのに」という意地が沸くかもしれないのに――
「恥じることはありませんよ。あなたは自身に可能な限りのことをしたのですから。つまり、これがあなた方の作り得た最善の結末だったということです」
完膚なきまでに叩きのめされた。
反骨という逃げ道すらも失って、巡はただひたすら、自分が背負った責任と対峙することを迫られた。
魂が抜けたような顔で空を見上げる。
低く垂れこめた灰色の雲に、不自然なくらい丸い穴がぽっかりと空いている。
監督官の槍が開けたその穴からは、澄んだ星空に架かる月が見えた。
降り注ぐ月光は冷たい炎のように、巡の心を焼いた。
――誰のせいだ、と何者かが問う。
最初からわかっていたのは誰だ。
それでも止めなかったのは誰だ。
命令を聞かなかったのは誰だ。
殺そうとしなかったのは誰だ。
人の運命を弄んだのは、誰だ。
「――ごめんなさい」
それが、心の底から沸き上がってきた想いだった。
「ごめんなさい」
巡は泣いた。
家に帰れなくなった迷子のように路上にへたり込んで、あふれる嗚咽をそのままに、ごめんなさいごめんなさいと何度も繰り返して、よだれも鼻水も垂れ流して泣いた。
ようやく流れを取り戻した雲が月光を濁らせ、空を覆い隠していく。
思い出したように戻ってきた雨と風だけが、巡の涙を拭ってくれた。
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