シラン

ユラカモマ

シラン

 その男はとある契約のため訪れていた"父"の庭で見かけた少女姿の生きた殺戮人形オーダーメイルに一目で心を奪われた。男はそのオーダーメイルに駆け寄りその手を取ると"まるで死体のようだ"と褒め称え、そのまま"父"と契約を交わしを屋敷へと連れ帰った。男の名前はバードリ、ネウロ領主にして死体の収集が趣味のネクロフィリアだった。

 シランは屋敷でバードリのコレクションの警備を任された。"父"の庭と同じように侵入者を処す仕事。まともな感性の人間ならやっていられないと言うだろうが死体に等しいシランの体は男が見込んだ通りコレクションルームによく馴染んだ。旦那様の大事なものを守る仕事はやりがいがあったし特に仕事のないときは旦那様の一等お気に入りの赤いドレスの女性を眺めて過ごしていた。

「シラン、今日も変わりはないか?」

 薄暗くも湿っぽさはない地下のコレクションルームに旦那様の声が響く。

「はい、旦那様」

「そうか、いつもありがとう。ではこれから私はコレクションを愛でてくるよ」

 旦那様がコレクションを愛でられている間シランは外に出て狩りをする。人の限界を越えた足の速さで屋敷から離れた場所の物陰に隠れ旦那様が好むような獲物を探す。

 それは血のような赤い髪。

 それは血のように赤い瞳。

 シラン自身は持ち得ないもの。

 獲物を見つけたらそっと近づいてさくっと一掻き。悲鳴は上げさせない。暴れる隙も与えない。そうして物陰に引きずり込んで状態を確認した後屋敷まで持って帰るのだ。今日の獲物も喜んで貰えるだろうか、そんな期待に胸を弾ませて。

 もちろん屋敷に来た始めのころは胸を弾ませることなんてなかった。"父"の家にいたころと同じように淡々と仕事をこなしていた。だけど旦那様の優しい手に撫でられるたびないはずの体温が上がった。優しい言葉をかけられるたび金属製の心臓が跳ねた。旦那様は死体のようなシランが好きだと言ってくれたのに旦那様の一挙一動にシランの体はまるで生き返ったかのように生々しく応じてしまう。

(どうしてだろう、死体のような私を好まれたのにこんなまるで人のような)

 それは人で言うところの恋であっただろう。しかし心を作られていない人形にそんなことは分からない。だから人形はただただ旦那様のために働き続けた。それが旦那様の首を絞めるとも分からないで。

 ある日狩りを終えて屋敷に帰ると旦那様のお屋敷が燃えていた。シランが急いでコレクションルームに向かうとそこにはなたくわを持った男たちに囲まれて血だらけの旦那様がいた。男たちは少女の持つ獲物に殺気立ち、口々に少女と領主に対する罵倒を浴びせかけるが少女の耳には届かない。少女の氷のように薄青い目はただ血まみれの男にのみ向けられている。

「なんとか言ったらどうなんだ!」

 苛立った男が一人、鉈を振り上げ少女に迫る。しかしその刃が少女の体を裂くより先に鉈を振り上げた男の方が血飛沫を上げ床に倒れた。それはそうだろう。いかに少女の姿をしていようとシランはオーダーメイル…殺戮人形であるのだからただの人間にかなうはずがない。しかしそんなことは分からない男たちは一斉にシランに襲いかかる。罰を受けろと叫んだ男には喉を一突き、血塗れの鍬を持っていた男には肺を一突き…シランは次々に向かってくる男たちの怨嗟の声一つ聞かず向かってくる男たちすべてを無情に切り捨てた。

「おいこいつがどうなっても…!」

 最後に残った男は領主を質にとろうとするも即座に腹に風穴を開けられ物言えぬむくろとなった。

「旦那様…っ」

「シ…ランか…奥、に、あそこに、連れて行ってくれ…」 

 シランは殺戮人形だ。人を殺すことはできても人を救うすべなど知らない。教えて貰わねば分からない。だからシランは止血の一つもしないまま男の望むままに彼が最も愛したコレクションのもとに彼を抱えて連れていった。赤いドレス赤い髪赤い瞳の女性のもとへ。

 お気に入りの彼女を見ると旦那様は少し生気を取り戻されたようだった。よたよたとよろけながらも彼女が収められているガラスの棺に歩み寄る。そして嬉しそうにガラスの中の彼女に向かって話しかけた。

「あぁエリー、ようやく私も君のところへ行くようだ」

「…エリー?」

 聞き慣れぬ名前にシランは繰り返す。旦那様がコレクションと逢瀬を重ねる時は外に出るようにしていたからお気に入りであっても名前なんて知らなかった。だからもちろんそれが生前誰であったかなんてシランは考えたこともなかった。

「君には話してなかったかな、エリーは生前私の妻だったんだ。狼藉者ろうぜきものに襲われて亡くなってしまった私の最愛の…シラン、最後の命令だ、私が死んだらどうか帰る前に私をエリーと同じ棺に入れて弔っておくれ」

(いやだ)

 愛おしそうに"エリー"を見つめる男にシランのことは見えていない。シランは初めて旦那様に不快感を覚えた。シランが父と男の声以外に耳を傾けないように始めから男が見ていたものはシランでも、シランが持ってきた数多の哀れな領民でもなくこの"エリー"ただ1つだったのだと今分かってしまったから。シランは自分の心臓が金切り声を上げて壊れるのを聞いた。荒れるはずのない脈が速くなって握り込んだ指が震える。どうすればいいのか分からない。命令には"はい"と答えてすぐ動かなければならないのになぜか体が動かなかった。旦那様はまだ"エリー"を見つめうっとりとしている。

「ほら"お父さん"への手土産にこの金でできた懐中時計をあげよう。だからどうか果たしておくれ。私はエリーと共に眠りたいんだ」

 シランが答えを返せないまましばらく経ってようやく男はシランに一瞥をくれた。そして懐から大切にしていた懐中時計を取り出し重ねて願う、愛する伴侶と死体となっても共に居たいと。聞きたくもないのにシランには男の声が良く聞こえた。

「………………はい、旦那様」

 暫しの沈黙の後ようやく答えると男は少し口元を緩めてそのまま事切れた。


 こうしてネウロ領で大勢の死者行方不明者を出した神隠し事件は領主と退治に向かった勇敢な市民の死をもって終結した。これで大切な人たちを失った領民は嘆きながらも悲劇の死を遂げた死者を弔うことができるだろう。

 一方で人の心を持たない人形に"弔い"とは何か分かるだろうか。その答えはもちろんいなである。あの事件以後、あちらこちらの町で赤い髪や赤い瞳を持つ者が行方不明になる事件が何件も起こった。ネウロ領からも"父"の家からも遠い場所で起こったその事件はそのどちらとも関連付けられることなくある時ぱたりと消えるまで被害者を出し続けた。


 "哀しみ"を知ってしまった人形は、

 もう"父"の元へは帰れない。

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シラン ユラカモマ @yura8812

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