幸運

僕は時々、考えることがある。

人の善悪、運について。


僕の親は、二人とも病を患っている。精神的なものでは無いけれど、技術がどんどん進歩して、医療技術だって発達した2100年において、それでもなお治すことが難しく、手術を受けてどうにかするしかないという病だった。僕の家は貧乏だから、それが出来るわけもない。

母さんは時に、苦しい、殺して、って、寝言を口にする。

父さんはこの前、職場で呼吸困難になって運ばれた。


僕は、自分が何とかしなくちゃ、と思った。母さんは生まれつき体が弱いから、僕しか産むことが出来なかった。だから、病を患いながら仕事をしている父さんに代わって、僕は学校には行かず、母さんの食事を作る。この忙しさを精神的に和らげてくれるのは、一匹のペットの青いインコだった。だが、このインコは最近になってどこかへと消え去ってしまった。


この事は、友人達には説明をしていない。先生には秘密にしておくという条件で伝えてある。そうでなければ、僕は学校にも行かず提出物も出さず、ただ怠けて休んでいるだけの大馬鹿者になってしまう。

母さんが比較的調子の良い日、提出物を届ける時に、友人に出会うことがある。こんな僕でも、友として接してくれる、良い人だ。だから、皆僕の心配をしてくれる。僕は至って健康なのに。


僕にとっての依存先があるなら、これは母さんだろう。僕は家族が好きだ。

だから、この前、とても忌々しい、思い出すだけでも殺したいと思うことに出くわした。


どんな学校にも、いじめっ子というのはいるものだ。僕はそう考えている。

この前、そのいじめっ子共に出会った。いつもグループで馬鹿なことをしているのだろう、僕一人に対して、相手は三人でこちらに向かってきた。


その紙どうしたんだよ、とリーダーは笑う。


提出物だよ、と僕は正直に言う。


届けてやるよ、とリーダーは奪おうとする。


僕は抵抗するが、結局奪われた。


他の二人が提出物を踏んづけて、ダメにした。


あーあ、お前は提出物を出さない、学校にもいかないクズになっちまったなぁ。

お前みたいなのを育てる親の顔が見てみてぇよ、きっと心底殴りたくなるような顔なんだろうな。ははは。


殺したくなった。

力の差は歴然だ、僕は運動してないのに、相手は力だけはある馬鹿の集まりなんだから。


コテンパンにやられ、腹に思い切り蹴りを入れられた。でも、一撃だけ、顔面に拳を喰らわせられたのは、爽快だったと思う。

たまたま友人が補習から帰る途中で僕を見つけてくれた。

大丈夫、と言ったが、そんなわけがなかった。僕は立てなかった。口から血は出ているし、腹を押さえて蹲っている。

友人が救急車を呼んで、僕は事なきを得た。

でも、ダメだ。僕はそれではダメなんだ。

だって、まだ母さんに何も連絡してない。

今日は父さんは遅く帰る日だ。

まだ、夕飯も作ってないのに。


でも、また友人が助けてくれていた。

救急車を呼んでくれた友人は、他の友人に連絡をして、僕の家へと行ってくれたのだ。それに、不幸中の幸いというのか、父さんが家に忘れ物をしていた。だから、父さんは荷物を取りに帰ってきていたのだ。


友人達は、僕と、僕の家族の家の中で、家事をしてくれた。父さんは仕事になったから職場へと戻ったが、友人達は親御さんへ連絡し、父さんが帰ってくるまで家の手伝いをしてくれたのだった。


僕の腹への攻撃はそこまで大きなものではなく、痣ができた程度であることがわかった。吐血したのは何かと問うと、医者の先生も分からないという。腹への攻撃は大したものではなく、内臓に異常があるわけでもなかった。

結局、原因不明のまま、僕は家に帰った。時刻にして深夜の1時。長い外出だった。


その後、急展開だったが、友人達が僕の話を信用してくれ、先生にいじめっ子共の事を告発した。決定打がなく攻めあぐねていたという先生は、僕が犠牲になったことでやっと、不良生徒へ罰を与えるに至ったのだという。


とある人が訪ねてきた。

その人は、いじめっ子のリーダーの親だ、と自分のことを紹介した。


僕がそれを聞いてからの第一声は、本当に申し訳ございませんでした、だった。

そんなにかしこまる必要ないですよ、と伝えても、その親御さんは頭を上げない。結局、5分ぐらい同じ体勢だった。


とりあえず家に上がってもらって、そこで、父さんと三人で話し合いが始まった。


父さんは、子供の喧嘩に親が出るのはどうなのか、と問う。

親御さんは、これは子供の喧嘩ではなく、立派な犯罪であると考える、と伝えた。

僕は、そんなに重い怪我じゃなかったから、大丈夫ですよ、と伝えた。僕も殴ってしまったし、とも。

でも、親御さんは考えを曲げなかった。僕が複数人に攻撃を受け、大切な提出物を破壊されたことは確かなのだ、と。


そして、親御さんは、こんな話を持ちかけてきた。

貴方達夫婦は、私の治療チームの手術を受けてみないか、と。

親御さんの家はいわゆる富豪の家系で、直属の医療チームがいる、という話だった。まるで漫画みたいな話だと思った。

父さんは、それが許されるなら是非、と嬉しそうだったし、すぐに母さんに報告をしに行った。

そうして、僕と親御さんは二人きりになった。


親御さんは言った。

君が私の息子に一発痛いのを喰らわせたのは、正直憎らしい。だが、それ以上のことを私の息子はやったのだ。君には、君の家庭には、償いをしなければならない、と。


その後、一年と半年ほど経った日。

父さんと母さんの手術は成功し、病を取り除くことが出来た。母さんはとても活発になり、殺してなんて言うこともなくなったし、父さんは仕事の効率を上げ、昇進することになった。さらに僕は学校を卒業し、友人ともまた友好関係を築けている。

いじめっ子は親に見放され、今はどこにいるかも分からないという。取り巻き達は、親が何もしないことを見ると、自分の子が可愛くてこの件について無視を決め込むらしかった。


その後、とある日。僕の家の庭に、一匹の鳥が落ちた。ズタボロで、もう助からない。


どこかで見覚えのある子だ。


いや、見覚えがあって当然だ。

どこに行っていたんだい。

君がいなくて寂しかったんだぞ。


青い鳥は、ペットのインコは、弱々しく声を上げて、息を引き取った。

僕は、その時本当に久しぶりに、大粒の涙を流して、大声で泣いた。

両親にその事を伝えて、庭の日陰にお墓を立てて、埋葬した。この子は、涼しいところが好きだったから。


あれから、思うことがある。

例の親御さんは、罪滅ぼしの為に、と言っていた。いじめっ子は追放された。それは、親として、正しいことであったと言えるのか。大人として正しいと言えるのか。


ただ一つ確信しているのは、ここまでの波乱を最後に決めたのは、いや、最期まで支えてくれたのは。

父さん、母さん、僕、この三人以外の、もう一匹の家族の奮闘だった。


僕は今でも、そう考える。

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粗雑な奇述 ペンを持つスライム @gandara_SZ

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