第17話

 …匂はずも匂ふが如き花椿風に匂ふか鳥辺野(とりべの)辺り…


 匂うという言い方について、実際に香るものと観念的に感じるものがあるとするなら、観念的な方がむしろその本質を強く感じるものと表現できよう。

 そう私が響子に抱くものは妄想であって妄想に非ず。風ひとつあればたちどころに椿の花が匂い立つような、この世に有って異次元の気配を確かに感じた気がしたのだ。

 未来をすり減らして長く生きると、事実であっても過去は幻の様でもある。然して現、幻の区別は曖昧になりいや同調して、私を観念的に動かしているような気がする。

 待てよ。混雑していたバスの中は無音で、在ったのは自分の心拍の音だけだった。 すると、辻に有った椿の花は現のものか……。さては、六道の辻あたりから飛んで来た幻を見たものだろうか。

 ひょっとしてあの娘は、鳥辺野に棲む狐さん……。

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短編小説『此岸椿』 桑原縛逐 @baku-novel-333

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