第16話

 …風一つ匂ふが如き花椿…


 何なんだ、これは。車で堂々巡りした時の不思議とは様子が違うし、勘違いして乗り込んだバスとも思えない。少し欲を出した当てつけに天使がそっぽでも向いたとでも言うのか。現幻、妙な気分だ。

 でも待てよ。よく聞き取れなかった響子の言葉の全体を事後に気付いたことにも意味がありそうだ。なら結果お一人様を受け入れた私にとって、艶のある話と言えなくもない。

 そうだ。互いの心に触れて、何時までも忘れない思いこそ心の潤いであると、私は憧れを持つ映画の寅さんの純粋な気持を天に授けられたような気がして、無性に嬉しくなってきた。きっと、これでいいんだ。

 そういえばあの辻に椿の花が咲いていたな。響子という若い娘を花に譬えるなら椿だろう。椿の花は鮮やかな色の割に匂いが無く、気取らず優しいと花言葉にされている。バッサリと落ちる様を忌み嫌う人も居るけど、私はかえってその潔い芯の強さが好きだ。


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