第10話エピローグ
「好きだ。恋人として側にいて欲しい」
僕は彼女の手を取ってもう一度告げた。
「しんちゃん……」
「伸太さん……」
二人は戸惑いを隠さず、困ったような顔をして僕を見つめた。
告白の返事も、告白されていない側の問い質しも何もないまま時間は止まる。
無言のまま固まってしまった空間に耐えられず、僕はもう一度静かにだけど強い意思を込めて彼女に言った。
「好きなんだ、かのん」
名前を呼ばれ、ビクッと身を震わせるかのん。
返事を急かされていると分かっているからなのか、僕を見ていた視線をテーブルに落とす。
告白されていない音子も、何でと言いたげな表情で僕を見つめ続けている。
「かのん、返事を聞かせて欲しい。長年一緒に過ごしてきたんだ、そういった感情を意識したことくらいあっただろう?」
握っていた手をそっと離して聞いた。
僕だって今回が初めてではない。かのんといわず音子にも恋愛感情に似た想いを抱いたこともある。
「そう……ね」
離された手をアイスコーヒーに添え一口啜る。
カランと鳴った氷が、やけに大きく聞こえた。
「伸太さんを男性として意識したことは何度もありますわ。性的にも」
思春期ですから、と苦笑してつけ加えた。
「キスしてみたいとか、それ以上のことしてみたいとか。していることを妄想してみたりしたこともありますわ」
「じゃあ……!」
「好きですわ」
テーブルに落としていた視線を上げて再び僕を真っ直ぐに見た。
「幼馴染として、男性として伸太さんを好いています」
「それじゃあ恋人になってくれるんだね!?」
音子の心情なんて考えず、喜び勇んで腰を浮かせ、かのんの両手を取ってぎゅっと握った。
多分顔はアホみたいに笑顔だったと思う。
「でも」
そう付け加えて、僕に合わせて笑うでも『好き』と言ったことに照れるでもなく、かのんは少し寂しそうな顔をして続けた。
「伸太さんと恋人としてお付き合いすることは出来ません」
「へ?」
「お付き合いは出来ません」
「えっ!? 何で!? 今好きだって……」
口をポカンが開いてしまう。
何で、とかどうして、とかあれこれ尋ねたいのに口は開いたままで言葉を発してくれない。
「好きですが、私、伸太さん以上に好きな方がいるんです」
頭にフライパンで殴られたような衝撃が走った。
初めて知った事実。
そりゃそうだよな。成績も顔も普通で、言ってしまえばモブみたいな存在の僕が幼馴染という特権を付けても、好かれる要素なんて皆無なんだから。
大体他の誰かを好きになっていてもおかしくない年頃だし。
幼馴染だからといって僕にそれを話す義務もないわけだから、知らなくても当然だ。
「ずっと想いを秘めておりましたが、いい機会ですので正直にお伝えします」
ショックで心の中が嵐になってる僕をよそに、一度深呼吸をし意を決して話し始めるかのん。
「いつも元気で明るく、学校ではムードメーカー的存在。そんなに勉強は出来ないけれど、陰で頑張っている姿を見るたび『支えてあげたい』と思わされます」
その人物思い浮かべているのだろう、かのんは頬をうっすらと紅く染め口元を綻ばせる。
「真っ直ぐで純心で、それでいて強い。私はあの人ほど強い心を持っている人を知らない」
「かのん……」
よほどその人が好きなんだろう。こんなに雄弁に語るかのんを、僕は生徒会の集会以外で見たことがない。
「好き、大好きなの。伸太さんよりも」
熱く語るかのんに『ああ、これは幼馴染って立場でなかったら完敗だな』と思わざるを得なかった。どんなに僕がかのんを好きだとアプローチしても、これは絶対に敵わない。
諦めるしかないか、と肩を落とす。
「私の好きな人は……」
まだ話は続いていた。
まさか好きな人の名前まで明かすとまでは思っていなかった。
かのんのハートを射止めた相手は気になったが、この場で聞けるとまで思わなかった。
言葉を切ってモジモジしていたが、先程よりも顔を紅く染めてその名を告げた。
「大好きなの! 音子が!」
「ほえっ!?」
思い切って相手の名前を告げたかのんの声は広くはない店内に響き渡った。
そして僕の奇声も。
幸い客は僕達以外大学生くらいと思われる男性一人しかいなかった。
その大学生はありがたいことにチラリとこちらを一度見たきり、また持ってきた単行本に視線を戻してくれた。
かのんは興奮と緊張で視線には気付いていなかった。
いきなりの告白を受けた音子は、かのん以上に顔を真っ赤にして口をパクパクしていてこれまた気付いていない。
「ずっと好きだったの。大好きで大好きで、でも言えなくて冷たい態度まで取ってしまった」
僕がかのんにしたように、かのんも音子の両手を取ってぎゅっと握り自分の胸元に持っていった。
「こんなツンケンした人なんて御免よね。ましてや同性に告白されるなんて迷惑でしかないわよね。でも海の一件で再認識したわしたわ、やはり私が守らなくてはと」
「かのん……」
真っ赤になって暫くパクパクしていた音子だったが、落ち着いたのか漸く言葉を発した。
「私も好き。愛してる。ずっと好きだった」
目を潤ませ握られた手を強く握り返して、音子は間を空けて座っていたベンチ式の椅子の空間を詰め寄った。
「かのんはしんちゃんが好きなんだろうって諦めてた。だから私もツンツンしたり意地悪したり、かのんに冷たく接してた。でも諦めきれなくて、想いが叶うってパフェを食べに行ったりもしてた」
「音子……! 私も音子と一緒にいる気分になりたくて、音子の好きなブランドで、音子の好きそうな水着を買ってしまった。それがお揃いだったと知った時は死ぬほど嬉しかった!」
「かのん! 私も!」
今にも顔がくっつきそうな感じでお互い寄り添い、うっとりとしている。
一応公共の場なんだから、あんまりベタベタするのはいかがかと思うんだが。
さっき単行本に視線を戻してくれた大学生が、興味を示してこっちをじっと見ながらスマホを弄りだしたんですが?
絶対友達とかに実況中継してるって!
てか僕の告白って茶番?
ギクシャクしてたのって僕が寝言で告白して、それで気まずくなってたんじゃないの? 単なる思い込み?
もしかしてかのんの告白の手伝いになっちゃっただけ?
そう考えたら奢るのも、ここに長居するのもなんだか馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。
でも一度奢ると言ってしまったから、それだけは守っておこう。
「お二人さん、続きは家帰ってからにしてくれない? ここだと迷惑なんだけど。興味津々で見られてるし」
「うるさいですわよ! 今二人で話してる最中なんです! 帰りたければ伸太さんだけ帰ればいい話です!」
伝票を綴じたバインダーを二人の間でヒラヒラさせながら促していたせいか、幸せいっぱいのかのんの気に触れてしまったらしく、バインダーを奪い取られ、それで思いっきり顔の中心を叩かれた。
「いててて……」
バチーンといい音と衝撃と、『守る』というキーワードが記憶のパズルにパチンと填る。そして思い出した。
そう、忘れてしまっていたあの告白の続きの記憶が。
『けっこんしてあげる』
夕日を背にそう告げたのは、そう、かのんだった。
『けっこんすれば、ずっといっしょにいられるのよね? まもってあげられるのよね?』
そう言って手を差し伸べるかのん。
その手を僕は取って答えたんだ。
『うん! ぼく、かのんちゃんと、けっこんするよ!』
手を取った途端かのんのはにかんだ笑顔は消え、無表情に近い怒り形相になったのを憶えている。
そして……
『しんたさんじゃないの!』
怒鳴り声と共にびんた。
その頃にはすでに合気道だったか何だったかの武術を始めていたから、幼いながらに筋力はあったと思う。
勢いで後ろに倒れて頭を打ったんだ。気付いたら保健室にいて、先生が『遊んでて転んで頭を打った』と言っていたから余計に忘れていたんだろう。
そもそも『まもる』と言わせた原因は?
守ると言った相手は?
思い出し始めた記憶を辿っていく。
あの日の放課後、小学校の校庭。
そうだ、上級生が音子にちょっかいだしてきたんだ。
小学生あるあるの『好きな子をいじめちゃう』アレだ。
嫌がる音子を庇うが、上級生とあって僕も怖くて一緒になっていじめられて泣いてしまった。
そこに遅れてやってきたかのんが、そいつらをどうやってか分からないが追い払ってくれたんだった。
泣いている僕と音子を立たせて、水道で顔を洗わせて。
多分告白はその後の出来事だ。だから『まもる』対象が僕だと勘違いしたんだ。
ということはあの言葉は後ろにいた音子に向けて……。
「えええーー!!」
じゃあ、じゃあ、かのんは小学校の時からずっと音子が好きだったってことか!? 音子も!?
「しんちゃんうるさい! 二人の世界……じゃなくてお店に迷惑でしょ!」
「そうですよ。突然そんな大声上げて。何があったんですか!? 迷惑ですからさっさと帰って下さい」
まだいたんですか? と言いたげに睨みを利かせて冷たく言い放つ。
「あ、あのさかのん。ひとつ聞いていい?」
「どうぞ?」
「小学校の時にさ、『結婚してあげる』って言ったの憶えてる?」
「ええ。あの時のマヌケな伸太さんの姿は今でも憶えていますわ」
いや、マヌケって……。
小学生の僕に何を求めていたんだよ。
「あれってさ、僕に言ったんじゃなくてもしかして……」
「ええ、当然音子ですわ。頼りにならない伸太さんになんか任せていられない、私が音子を守っていかなくては、ってあの時自覚したんです」
「頼りにならない……」
小学生の僕に包容力とか武力とか求めるのってどうかとも思うんですけど。
「あの時私にびんたされて倒れて気を失った伸太さんが『ママー、たすけてぇ』と言い放ったのは今でも憶えております。心の中で『マザコン』と軽蔑しました」
「あー、私も憶えてる。すっごい情けない男って思ったもの。告白の返事返すのすら忘れたくらいに呆れたもん」
「子供の頃から容赦ないな、こいつら……」
小学校低学年が母親に甘えて何が悪い。男なんて生涯みんなマザコンなんだよ!
一番接している女性が母親なんだから、甘える対象や理想が母親になって何が悪いんだ!
「要件はそれだけですか? じゃあ伸太さんは邪魔なので帰って下さい」
「あ、帰る前に追加注文させて! 奢りなんでしょ。すいませーん! レアチーズケーキとホットティーお願いします!」
「じゃあ私はオレンジタルトを。音子が美味しそうに食べてるの見たら食べたくなっちゃった」
「なんだ、言ってくれれば食べさせてあげたのに」
「もう、音子ったら。じゃあ私のガトーショコラ、食べさせてあげるわ。まだ残ってるから。はい、あーん」
「やーん、かのん。じゃあひと口、あーん」
さっきまで僕を罵っていたのはどこへやら、また二人のイチャイチャの世界へ飛び立ってしまった。
「へいへい、お邪魔さまでした」
しっかりと追加注文分までお会計させられて、やっぱり借りたお金に手を付けることになってしまった。
**********
「おっはよー、しんちゃん! あっさだよー!」
元気の良すぎる挨拶と共に布団の上からボフンとボディプレスをかまされる。
「ぐへっ!」
いくら体重が軽いからといっても無防備な状態でのこれはキツイ。
息が止まるかと思える衝撃で、瞬時にして目が覚めた。
「……おはよう音子。いつもに増して勢いがいいな」
「そっれはねー。うふふっ」
なーにが『うふふ』だよ。昨日音子がかのんの家にお泊りしてるのは知ってるんだ。
そこで何かイイコトがあったんだろうに。
「おはようございます伸太さん。早く起きてくださいな」
「おはようかのん。お前も随分ご機嫌だな」
「え? そうですか?」
そうだよ。起こしに来るときの表情は大体が呆れ顔か憮然としているのに、今日は隠そうとしているけど隠しきれていないニヤケ顔だ。
「はいはい、朝からごちそうさまです。あれ? 今日って日曜日じゃなかったか?」
壁掛けのカレンダーを見ながら確認し、あれからもう二週間は過ぎたんだなぁとぼんやりと考えていた。
あの告白の後、もう二人は僕の家に起こしにはこないだろうと思っていた。
というか『仲良し三人組』から外されるのだろうと覚悟していたといった方が正しい。
しかし一夜明けてみれば、あの衝撃の時間は夢だったのかと疑いたくなるほどいつもと変わらない朝がやってきていた。
ノックもなしに部屋に入り込み、『優しく』起こしていく二人。
『だって両想いになったからといっても、伸太さんは伸太さんですから』
『私たちがいなければダメダメな生活でしょ。朝起きれないし』
それが二人の言い分だった。
まあ、僕も告白して成功しても失敗しても前のままの関係を望んでいたのだからいいんだけど。
「ちょっ!? 何してるんですかかのんさん!?」
そんなことを考えていたら、いつの間にかパジャマを脱がされてパンイチにされていた。
まだ朝の生理現象も治まっていないというのに。
「何って? 着替えですよ?」
「いや、分かりますけど、何でパンツに手をかけているんですか!?」
前みたいにパジャマのズボンと一緒に間違ってという感じでは全然ない。
いつの間に全部脱がせたのか、本当にパンツのみだ。
「昨日二人で結婚の話してたんだけどね、やっぱり子供って欲しいじゃない? そしたら種が必要でしょ?」
「精子バンクから提供してもらうって方法もありますが、どこの誰と分からない種よりは……ねぇ?」
「それにしんちゃんモテなさそうだし」
「そ、それとこれとどういう関係が?」
パンツを脱がされまいと必死に手で押さえるが、かのんの手に加え音子の手もパンツに加わり、徐々にパンツはずり降ろされていく。
「嫌ですわ、分かってるくせに」
「しんちゃん、魔法使いにならないで済むわよ?」
ズルズルと下ろされていくパンツ。徐々にジャングルの入口が現れていく。
「「仲良く三人で子作りしましょうね」」
にっこりと微笑んだ二人がせーの、で僕のパンツを一気に下ろし空中に投げ捨てた。
「うわぁぁぁー!!」
幼馴染と僕との関係は、フラれようが結婚しようが、『仲良し』のまま未来永劫続いていく……。
そんな予感しかしなかった。
幼馴染と僕との関係 伊吹咲夜 @shia33
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