第9話愛のコクハク
『伸太さんには罰を与えます』
そう言ってかのんは僕と音子を海の家に連れて行った。
目的も何を求められているのかも言わずと知れた。
ここで三人分の昼食を奢れと。それで今の失態は許してやるということなのだろう。
理由を話したことろで納得はしないだろうし、両親にまで愚痴られてお説教を受けるのは御免だ。
いつまでもグチグチ言われるより、すっからかんの方がましだ。
「分かった、帰りの交通費が残る程度で喰ってくれ」
「さすが伸太さん物分かりが良いですわ」
そう言ってかのんは僕の財布を持って、音子を連れてあれこれと注文して戻ってきた。
数分後、テーブルの上には三人分とは思えない焼きそばやらカレーやらがズラリと並んだのは言うまでもなかった。
**********
こんなお財布が空っぽになるような『楽しい』夏の思い出を体験をさせて貰い、おまけにと言わんばかりに宿題を過酷スケジュールで終わらさせられて夏休みは終わりを迎えた。
……休みの残りの二週間は規則正しい生活はさせられたけど、ゲームや読書に時間を取ることが出来たのだけは感謝しておく。
新学期も相変わらず二人による『突撃モーニングコール』は行われていた。
が、ただ一つ違っていたのは平然と行われていた『お着換え』がされなくなったことだ。
何があった? と最初の数日は思ったが、年頃の女の子なんだから男性のハダカを意識し始めてもおかしくないんだよなぁと解釈して、気にすることはなくなった。
普通には起こしてくれるんだし。
その頃からか、音子とかのんに少し変化があった。
僕に対する態度が変。僕だけでなく、音子とかのん二人の間も。
何というか、よそよそしいというかギクシャクというか。
元々二人の関係はべったりでもなく険悪なものでもなかった。起こしにくれば二人であれこれ話していたし、遊びに行く時は三人一緒が当たり前くらいの仲。
それが……。
「何したんだ? 僕、寝言で変なことでも言ったのかな?」
メロンおっぱいとかちっぱいとか。二人の気に障るようなこと。
もしくはどちらかの名前を呼んで『好きだ』と言ったとか……?
ありえなくもない。
三人の関係がここまで不自然な感じになるというのは、その類の言葉を発したという可能性が一番強い。
その時ふと昔のことが思い出された。
小学校の校庭で遊んでいた時のあの思い出。
『けっこんしてあげる』
そう、あれはまだ小学校に上がったばかりの頃だった。
夕日を背負う彼女は僕に向かってそう言った。表情は逆光になっていて分からなかったが、口調は何となく照れているように思えた。
僕は何と返事したのかは思い出せないが、あの後三人の仲がギクシャクというか少し悪くなったのだけは憶えている。
その時は三人の母親が出てきて理由を知らないまま『喧嘩してても楽しくないでしょ? お隣さん同士仲良くしようね?』とか何とか言って仲直りさせたのも憶えている。
「似たような状況ってことは……、だよなぁ」
寝言でとはいえ、それが原因になっているのだろう。
二人とも幼馴染として好きと思っていたが、いつの間にかそれ以上の感情を持っていたのかもしれない。
それゆえに寝言とはいえ、ポロッと口から出てしまったのだろう。
では一体僕はどっちの名前を呼んだんだ?
「どっち……」
改めて自分の心に問いかける。どっちを幼馴染としてではなく『好き』という感情を持っているのかと。
音子。
いつも明るくて元気な女の子。クラスではアイドル並みの扱いを受けている。
僕に対してはかなりツンデレな部分があるが基本いい子。
いろんな意味で馬鹿だけど憎めない、世話を焼きたくなってしまう感がある。
かのん。
三人の中でお姉さん風を吹かせている存在で、頼りになる。
容姿端麗、文武両道。非の打ち所がないような完璧な才女だが、ちょっと天然な部分もある。
こんな彼女だが、実は寂しがり屋で強がり。弱い部分を見せまいとする姿を見ていると、陰ながら守ってやりたいと思ってしまう。
こんな二人のどちらかを選べと言われても(言われてないが)選ぶのは難しい。
どっちにもいいところもあって、嫌なところもある。
「とりあえずちゃんと告白しよう!」
それがギクシャクの解決になると答えを出した。
元の仲良し三人組に戻るか、告白によってバラバラになるかは分からないが、曖昧なギクシャクではなくなるのは確かだ。
悩みに悩んで、どちらに告白するかは決めてある。
妥協でも何でもなく、はっきりと『好き』と自覚した結果だ。
で、告白だけど、二人一緒に呼び出すことにした。
本人だけ呼び出してしても良かったが、OKにしろ玉砕にしろ後で報告するのも何か躊躇われた。
面倒臭いというより、除け者感があって嫌だった。それにまた三人で仲良くしたいという意思を伝えるのには揃っている方が都合がよかったのもある。
「ねえ、今日の放課後時間取れる?」
別々にだが二人にそう告げて、放課後にうちの学生が利用しない、少し古めかしい喫茶店に呼び出した。
ここは雰囲気もだけど提供される苦めのサイフォン式のコーヒーと手作りのガトーショコラが好きで、二人と遊ばない日でお財布に余裕のある時は必ずといっていいほどに通っている店だ。
マスターの口も堅いので撃沈しようが何しようがどこかに漏れてしまう可能性はない。
放課後の約束の時間になると、二人は約束していた訳でもないのに一緒に店に入ってきた。
約束していないと判断したのは二人の表情が『何でここに音子(かのん)が?』だったから。
「お疲れ。とりあえず座って好きなもの頼んでいいよ、奢るから」
「……うん。しんちゃんのおススメは?」
「オリジナルブレンドコーヒーとガトーショコラかな。オレンジタルトも美味いけど」
「じゃあオレンジタルト。コーヒーは苦手だからアイスティーがいい」
「かのんは?」
「ではオリジナルブレンドをアイスで。それとガトーショコラを」
「了解」
万が一を考え母親からお金を借りていたが、このオーダーに正直ほっとした。
大食らいの二人だからケーキの二・三個は頼まれると覚悟していたけど、自分の持ち分でギリギリ足りそうだ。
僕に向かい合わせになる形で二人は隣どうしに座っていたが、僕が話しかけなければ黙ったままだった。
オーダーしたものが届くまでその状態は続いていた。
そわそわ、ギクシャク、ダンマリ。
長く感じた数分後に届いたコーヒーをひと口飲み、改めて二人に向き直って僕は背筋を正して口を開いた。
「今日二人を呼び出したのは話したいことがあったからなんだ」
「な、なによ」
「どうぞお話ください」
何かを察したのか二人とも同じように背筋を正し、緊張した面持ちでこちらを見て言った。
「好きなんだ。幼馴染としてではなく、一人の女性として」
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