第8話海ときたら、お決まりのアレ
かのんの『二人で海に行きたい』計画は、音子の呪いともいえる強運と、かのんの凡ミスによって三人で行くことが決定となった。
あの時ファミレスで女二人で盛り上がって決定したとおりの週末金曜日、週間天気予報は外れてかなりの晴天になった。
日焼け止めを塗らないでそのまま遊んだら、絶対三日間は眠れないコースの火傷を負う羽目になりそうだ。
「しーんーちゃーん。遊びましょー!」
バッグの中身を再確認していると、窓の外から元気よく僕を呼ぶ音子がいる。
嬉しくて浮かれているのは分かるが、小学生じゃあるまいし窓の外から大声で迎えにくるヤツがどこにいる。
まだ朝の六時とあって、そんな大声で呼ばれたら僕が恥ずかしいだけだ。
「ちょ、ちょっと音子! まだ早い時間なんだから、外から大声で呼ぶなよ!」
「えー。だって玄関入って、サンダル脱いでって面倒臭いし。ここから呼べばスグじゃない?」
「いくらスグだからって、ご近所迷惑もあるし、名前を呼ばれる僕が恥ずかしいんだよ!」
思わず同じく窓から顔を出して対応してしまったが、これも近所迷惑になるんじゃない? って気付いたのは音子に対して言い終わって、隣からかのんが玄関から出てきたのが見えた時だった。
さすがはかのんさん。音子同様外から大声で僕を呼ぶことなく、音子の脇をすり抜けて玄関から入ってきて部屋までご丁寧に迎えに来てくれた。
「伸太さん。あのボリュームでは伸太さんの声もご近所迷惑になりますよ」
「……やっぱり? 言った後になんとなくそんな感じはしたんだ」
「まぁ、あそこで返事してやらないと音子のことだから、顔を出すまで大声で呼び続けそうですが」
実にありそうな現実をさらっと言ってのける。
でもそんな音子のことを言うかのんの表情は険しくない。
かのんも普段と変わらないフリをしているが、実はかなり今日を楽しみにしていてご機嫌という事らしい。
僕の荷物の再確認が終わるのを見届けると、かのんは壁掛け時計と自分の手帳を見合わせた。
「ここからバスで駅に向かって電車で海に行くのですが、思ったよりも音子がここに来るのが早かったので、一本早い電車で海に出ませんか? 今から少し走ればバスに間に合いますし」
そうだな、と自分の荷物を持って下へ降りようとしたら今度は音子が勢いよく部屋に突入してきた。
「もぉぉぉ! のんのん、またしんちゃんに変な事しようとしてるでしょ!」
「あら、いつから音子は牛になったの? どこかの誰かさんと違って、どさくさに紛れて下着下げたりなんてしませんわよ?」
「だ、だ、誰が牛よ! それにあれは事故よ、事故!」
開口一番かのんに言いがかりをつけた音子は、あっさりと返り討ちに遭う。
しかし何で二人は顔を合わせると皮肉のひとつでも言わないと気が済まないんだろう。
「さ、伸太さん行きましょう。こんなのに構ってたらバスに乗り遅れちゃいますわ」
「間に合うかな? ゆっくり行って次のに乗る?」
「ちょっと! すぐ出るなら私ここまで来なくて良かったじゃないの!?」
「誰もここまで来いなんて言ってませんが?」
「むきぃぃぃ~!!」
出掛ける前からこれでは、先が思いやられる……。
これはもうさっさと出てしまって、この場の雰囲気を変えるしかない。
「とりあえずバス停まで行かない? ここで言い合いしてたら次のバスまで乗り遅れちゃうよ?」
「……そうですわね。このアホ相手にしてたら今日中に海に行けませんわ」
「誰がアホよ!」
「一人しかいないでしょう?」
あーあ、何でかのんは音子相手になるとこんなに悪態つくんだか……。
二人とも置いて一人で海に行っちゃおうかな。
* * * * * * * * * *
何とか二人を宥めてバスと電車を乗り継ぎ、海まで出る事は出来た。
単純な音子はバスに乗ってしまうとご機嫌になり、さっきまでぎゃーぎゃーやっていたかのん相手にあれしたい、海の家でこれ食べたいと浮かれ始めた。
かのんも前から計画していただけあって、音子の話に乗っかり『私はあれが食べたいですわ』と通常運転のかのんに戻っていた。
まだ早い時間とあって海辺にいる人はさほど多くなかった。
レンタルでパラソルを借り砂地に立てると、着替えたらここに集合ということになった。
当たり前だが男女別なので僕だけ別行動となる訳だが、女子というのは着替えがめっちゃ遅い。
その間一人パラソルの下でボーっと待つのは結構暇というかキツイ。
勝手にビーチボールとか借りてきてもいいかな? とも思うけど、音子は文句いいそうだから下手に動きたくない。
ここは諦めが肝心だ。
せっかく海に来たのに音子のご機嫌損ねて、それを見たかのんがさらにご機嫌損ねてという負の連鎖はごめんだ。
楽しく遊んで楽しいまま家に帰りたい。
まあ、ここは海。見渡せば目の保養がいくらでも出来る。
二人がいる時に目の保養をしているとバレたら、これまたご機嫌を損ねてしまう可能性は十分にある。
「あー、海はいい……」
右を見れば巨乳のお姉さん。左を見れば桃尻のお姉さん。
正面を見ればマッチョのお兄さん……。いや、これはいいです。好みじゃないです。
色とりどりの水着は、ナイスバディーなお姉さん方をさらに美しく、いやらし……もとい輝かしく魅せてくれる。
そういえばかのんと一緒に水着を買いに行ったが、彼女がどんな水着を買ったか知らない。
あの豊かな胸だとワンピースタイプよりビキニの方が似合うだろう。
ワンピースも捨てがたいとは思うが、フリフリとしたスカートの付いているものより、いっそ競泳タイプな食い込みのある……。
いかん。完全に想像が妄想へと暴走してしまった。
かのんは大人っぽい水着が似合うんだろうな、ってことで想像をストップさせておくことにした。
逆に音子は可愛らしいワンピースだろうな。
貧乳をカバー出来る、胸元に大きなフリルやリボンの付いたやつとか。
背中は大きく開いていて、細い紐で幾重もクロスしてる、腰の所にもリボンとかあったらなお良しだな。
ビキニは……、何となく想像できない。
お子ちゃまが着るような、タンクトップみたいなビキニ? スポーツブラみたいなやつ? あのタイプしか思い浮かばない。
それにしても遅いな、と簡易更衣室の方を見てみるが音子達の姿らしきものは一向に出てこない。
水着に着替えるだけだから、僕の着替えプラス十分程度で収まると思ったが、それは僕の認識が甘かったのだろうか。
まさかの水着忘れました?
忘れても海の家でも売っているし、それを買って着替えたとしても十分な時間は経ってると思うが……。
かのんはあの性格だから何の一言もなくどこかへ行くとか、先に海へ入ってるとかは考えにくいが、音子に関しては大いにありうる。
どうせあいつのことだから『のんのん! 海入ろう、海! 気持ちよさそう!』って暴走して、かのんを引っ張って海に入っている可能性も考えられる。
「……ちょっと様子見てくるか」
パラソルから出て波打ち際に沿って歩いていった。
すっかり海の中に入って泳いでしまっていては確認することは出来ないが、波打ち際で遊んでいる分には探せるはず。
来てから大分時間も経っていたので、まばらだった人もかなり混みあってきた。
こんな中から二人を探すのは結構困難だなぁと思いつつ、似たような背格好の女の子を一人ひとりチェックしていく。
高校生らしき女の子はいても、男連れだったり三人グループだったりと音子達でないのは明らかだった。
パラソルから更衣室、そこから少し先の人の多い場所は歩いてみたが二人の姿らしきものは見当たらなかった。
見落としたのか、もしくはすれ違いでパラソルに行っていたのかもしれない。
これだけ人がいればすれ違っていても気が付かないのも仕方がない。
一度戻って待ってみて、それで来なければ呼び出し(出来るのか分からないが)してもらえばいいか、と引き返す事にした。
戻る途中で目にした人の切れた岩場近くの砂浜は、あまり人が来ていないせいか貝殻がたくさん落ちていて綺麗だった。
かのんがこれを見たら喜びそうだ。
少し拾っていって来たら見せてやろう、と割れてなっそうなのを求めて奥へ進むと……
「いい加減にして! しつこいって言ったでしょ!」
「やだなー、照れてるんでしょ。そんな恰好二人でしてるのって、絶対ナンパ待ちなんでしょ?」
「だからさっきから違うって言ってるでしょ! 何でこの女とそんな真似……」
「そうですわ。偶然一致しただけです! それに私はナンパなんて破廉恥な事していただきたくありません!」
どこかで聞いた事ある声と口調がする。
もしかして、とそろりと覗くと案の定、音子とかのんだった。
「……何でこんなところにいるの?」
ナンパ男が『そんな恰好』と言ったのも、二人を見た瞬間理解出来た。
二人はなんと打ち合わせしたかのように双子ルックだった。
水着はもちろん髪型まで一緒となると、これは『二人一緒にナンパしてね』と言わんばかりだ。
髪は二人とも長いから邪魔にならないようにと思ったんだろうが、見事にまでツインのお団子と揃ってしまっている。
更衣室で髪直しててどっちか気付いただろうと思うが、こいつらのことだから隣同士で仲良くお着換えなんてしなかったんだろう。
そして問題の水着。
一緒に買いに行ったわけではないのに、同じもの。
正確に言えばまるっきり同じではなく、色違いのビキニタイプかワンピースタイプかの違い。
あの音子と偶然あったショッピングモールの店のものだ。
細い紐を三重にした肩紐で、胸元の大きなリボンとワンポイントでリボンの中心にはスワロフスキー? キラキラした大きなアクセサリーが付いている。
ビキニタイプの上の背中側はシンプルに飾りもなく真っ直ぐに肩紐が下りているだけ、ワンピースタイプは三重の紐が大きく開いた背中で二回クロスしていた。
ビキニもワンピースもボトムはスカートのようになっていて、腰から裾にかけて斜めにステッチされたレースが二本施されていた。
言わずもがな、かのんがビキニで音子がワンピース。
色はかのんはエメラルドグリーンに近い水色で、音子は珍しくピンクでなく栗色っぽいブラウンだった。
「あんた何? 声聞いて駆けつけたなんちゃって王子様? 邪魔だからあっちいってくんない?」
「そうそう。俺達もう少しでこの子達落とせそうなんだからさ」
この状態で落とせそう?
めっちゃ拒否ってるのに?
「僕、かなりお邪魔なようで。それでは」
成功しそうにないナンパだけど、このナンパ男達僕よりはガタイがいい。
下手に二人を助けると僕の身が危ない。
それに僕が助けなくても何とかなるし。
あっさりと踵を返す僕を見て、音子は当然慌てて声をかけてきた。
「ちょ、ちょっと! しんちゃん見捨てるの!?」
「あれぇ? もしかして知り合いだったの? でも俺達が怖いのか帰っちゃうね。好都合なんだけど」
そういってかのんの手を掴んだナンパ男A(と仮にしておく)は、瞬時に宙を舞った。
「!?」
「気安く触らないでくださる!?」
砂地に背中から着地したナンパ男Aはもちろんナンパ男Bも、かのんのやった事に頭が理解出来なかったようだ。
「次、触ったら容赦しませんわよ。音子に対しても同様です」
両手を前に構えてナンパ男に対自するかのん。
ああ、相変わらす凛々しいことで。
別に僕は自分が可愛くて二人を見捨てた訳でもなく、こうなると分かっていたから、下手に手出しして余計な怪我を貰うよりは得策だろうと背を向けた訳なんだ。
文武両道、眉目秀麗のかのんさん、その美しさゆえに幾度か危ない目に遭ったらしく、親を説得して合気道やら護身術やらを習ったそうだ。
だからあんなナンパ男くらいは軽くやっつけられる実力を持っている。
「さすがかのん。あれくらいの男は屁でもないね」
「ですが伸太さん、私達を見捨てましたね」
まだ砂地に倒れているナンパ男Aと、呆然とかのんを見つめるナンパ男Bを押しのけ、先ほどにもない凄まじい殺気で迫ってくる。
「え? いや、だって、ねぇ? 僕が出ていってもやられるだけだし、ねぇ?」
「それでも男という、幼馴染という立場を分かってやっての事ですか!」
「待って、かのんさん待って!」
むんずとかのんに掴まれた僕の運命は言うまでもない。
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