第7話結局はこうなる

「何でのんのんばっかり!」


 背後から声を掛けてきた音子は、僕がかのんに買って上げようとしていたキャミソールをじっと見て怒りをぶつけてきた。

 拗ねてる証拠にかのんを『のんのん』って呼んでる。


「いやいやいや! 違うから! まだ買ってあげるなんて言ってないから!」


 あまりの音子のブータレ具合に、言われてもない事を口走ってしまった。

 もしかしたら音子の言う『のんのんばっかり』が指すものは、かのんと二人で出掛けている事だったかもしれないのに。


 変なところで感のいい音子さんは、僕のこの言葉でピンときた。


「ちょっとしんちゃん! その服かのんに買ってあげるつもりでいたの!? ずるいずるいずるい!」

「だから違うって!」


 嘘だとはバレていそうだが、音子が単純で強引に言いくるめれば信じ込んでしまう性格を利用して、違うと言い張ってみた。

 すると案の定訝しそうにはしていたものの、レジに持っていった訳でもなかったのでギリギリ信じて貰えた。


「それより音子は温泉に行ったんじゃなかったのか? 昨日の朝におばさんに連行されるのを見たぞ?」

「ええ、温泉には行ったわよ」

「じゃあ何でここにいるんですの!?」


 僕が聞くより早くかのんが口を挟んできた。

 そりゃ、この計画を練ったのはかのんだ。

 これまであらゆる計画を立ててきて僅かな誤差はあったものの、ここまで見事に狂ったのは初めてだ。


「何でって? 当たったのよ、温泉で」

「当たった?」

「そう当たったの」


 えっへん、と自慢げにするが何が当たったか言わないあたりが音子だ。いつも主要な部分が抜けている。


「だ・か・ら! 何がですの! 自分の中で分かっていても、私達はエスパーでもその場に一緒にいた訳でもありませんのよ! これだから成績の悪い人は……」

「今成績の話は関係ないでしょ!」

「大ありです!」


 当然の結果として言い合いが始まってしまった。

 こうなると長い。


「ね、ねえ。お店の前だと他のお客さんの迷惑になるし目立つから、移動しよう、ね?」


 おそるおそるというより、メンドクサイという気持ちで二人に声をかける。

 何でこの二人っていつも些細なことで喧嘩するのか不思議でしかない。


「伸太さんの言う通りね。ここでは迷惑になりますから移動しましょう」

「ちょーっと待ったぁ!」


 ちょこちょこと視線を集めている中、移動しようとかのんと店の前から動くと、音子は声をあげて店の中にバタバタと入って行った。

 さすがにここで待っている勇気は僕にはなく、店が見える場所に移動して音子を待つことにした。

 かのんも同様。


「何で待っててくれないのよ!」


 ショップの袋を抱えた音子が、店の前にいない僕達を慌てた様子で辺りを探し、すぐ近くに立っているのを見つけると、またもプンスカしながら近づいてきた。


「ちゃんと近くで待ってただろう。店の前では邪魔になるし」

「何で移動したって言わないのよ!」

「言う前に店の中に飛び込んでったのは誰だよ」


 図星を突かれ、音子はブーブーと理不尽な文句を言い続けたが、お腹が空いたから奢ってくれたら許す! とまたも勝手な事を言って返事も聞かずに自己解決してしまった。


 かのんとショッピングしている間にお昼のピークは過ぎていたらしく、先ほど入ったファミレスは並ばずとも座る事が出来た。


「えっとー、フルーツパフェとー、ハンバーグドリアとー、クラブサンドウィッチとー」

「まだ食うの!?」

「だってしんちゃんの奢りだし。お腹ぺこぺこだし」

「誰も奢るなんて言ってないぞ」

「えー!? 勝手に移動してくせに! 奢ったら許してあげるっていったじゃない」

「じゃあ許さなくていいよ。僕、かのんと二人で帰るから」

「あー!! 待って待って! ごめんなさい! 音子が悪かった! 奢らなくていいから帰らないで!」


 立ち上がろうとする僕を音子は必死に止めた。

 勿論帰りはしないが、こうでもしないと音子は我儘を貫くし、僕達は全然悪いわけじゃないというのを理解して貰えない。

 悪い子ではないんだが、常に誰かに甘えていたいという気持ちの表現方法が、普通のベクトルと違う方向を向いている結果なのだとは何となく分かる。


「それで、音子は何に当たったんだ?」


 音子が頼んだメニュー(結局言ってた三品プラス三人分のドリンクバー)が来るまで、僕は言い合いの原因となった音子の『当たった』ものを聞いた。


「何だと思う? 何だと思う?」

「いいから早く教えなさいよ」


 ウキウキの音子に水を差すようなかのんの発言にカチンときていたが、僕が慌てて音子に話を振り直して事なきを得た。


「それがね、じゃじゃーん! ここのショッピングモール全店で遣える商品券なの! 凄いでしょ! 三万円分もあるの!」


『特賞』と書かれた水引の封筒を出し、中の商品券を見せる。

 しかし商品券は三万円分もあるようには全然見えない。


「一万円くらいしかないんじゃないの?」


 表面から見える枚数をパパっと数えたらしいかのんが指摘してくれた。


「当たり前でしょ。さっき買い物したもん」

「ああ、あのショップに駆け込んでったのはそのせいか」

「そうそう」


 嬉しそうにショップの袋を持ち上げ、袋の隙間から中身を見てはまたにやける。


「でも何で温泉を途中でキャンセルしてまでここに? 予定では明日まで温泉でしたわよね?」

「何であんたまで予定知ってるのよ」

「うちの母とあなたのお母さまが仲いいってこと、忘れたの?」


 そうなのだ。僕の家を挟んで両隣に位置する二人の家なのだが、娘が同い年ということもあって母親同士はうちの母以上に仲良しだったりする。

 母親三人で仲良くお茶をすることもあるが、音子とかのんの母親だけで会ってる方が多いんじゃないかって位だ。


 ああ、今回の温泉の件の情報がかのんのお母さんからの情報だったんだな。


『忘れてないもん』と音子はちょっと不貞腐れはしたが、ちょうど食事が運ばれてきたのもあってすぐに機嫌を直ってくれた。


「で、何で早く帰ってきたかというと、実はママも買い物来たかったんだって。お店は違うんだけど、今日入荷の服が限定品で、これを逃すともう手に入らないんだって」

「それなのに温泉行こうって言ったの? おばさん」

「ママ、限定品だって知らなくて、温泉から帰ったら行けばいいわって思ってたんだって。温泉から出て暇つぶしにネットでお店のHPチェックしてて気づいたって」

「それでキャンセルしてこっちに? 明日の分の宿代戻ってこないんだろう? 勿体ないな」


 たかが服くらいでと思ってしまうのは、僕がそこまで服や限定品に興味がないからなんだろう。

 それでも家族三人分の一泊の温泉代っていったら商品券分どころでは済まない気がするんだが……。


「そ・れ・が・ね。これ、特賞でしょ? 副賞がついてたのよ」


 ああ、理解した。

 だからおばさんはキャンセルを惜しむことなく限定品を買いに戻ってきたということなのか。


「昨日泊った温泉の本館に二泊もだよ! 凄くない!? 私ってチョーくじ運良くない!?」

「え!? 音子が当てたの!?」

「当然。でなければ商品券はママが持っていったに決まってるでしょ」


 言われてみればそうだ。

 いくら当たったものとは言え、娘に三万円の商品券全部をポンと寄越す訳がない。


「それで、海に行こう! 海!」

「は? 海?」


 またもや話が急に飛ぶ音子。

 気持ちが先行するのは分かるが、もっと主要部分を入れて、筋道を立てて、こっちに分かりやすいように話して欲しいもんだ。


「うん! ママ達が副賞の温泉に行く日があるから、その日に音子達も海行こう! 泊りで!」

「いけません!」


 ピシャリとかのんが否定する。

 あ、目が座っていらっしゃる……。


「年頃の男女が泊りで、しかも親抜きだなんて。ふしだら過ぎますわ」

「かのんはちょっと考えすぎなのよ! 今時の高校生なんて親抜きで泊りに行くわよ!」

「全員がそうとは言えないでしょ。万が一間違いなど起きたらどうするんですか!?」

「しんちゃんにそんな勇気はないと思うし。そう思わない?」


 音子に言われてかのんはピタリと止まって考えだした。

 そしてさほど間を空けず真面目な顔をして大きく頷きやがった。

 どうせ意気地なしですよ。

 ブラウスから透けて見えるブラジャーごときでドキドキしているDTですよ。


 ちょっと傷ついたことをバレないように装いながら、一番肝心なところに気付いてい二人に言ってやった。


「そもそもさ、夏休み始まってるってのにこれから海の近くに宿取れると思ってるの? 軍資金は?」

「「あ……」」


 現実なんてこんなものです。

 ましてや高校生。親のすねかじって生きてるのに、海に泊まりにだなんて豪遊するお金はどこにあるというんだ。


 夢から覚めてしまった音子は一気にショボーンとなってしまった。

 反論していたくせにかのんまで。

 僕が悪いわけではなさそうなんだけど、僕が悪いような気がしてきた。


「あのさ、泊りだとお金とかの問題があるけど、日帰りでなら行けなくもないよ?」


 そう言った途端、二人の目がキラーンってなった。


「いつ!? 明日!? 明後日!? いつ行くの!?」

「待って! 明日は生徒会の集まりが午前中にあるから、行くなら明後日……、いや宿題を多めに片付けておきたいので来週あたりに!」


 急に意気投合し始めた。

 普段仲悪く見えるけど、ホントはお前ら仲良しさんだろう。

 二人とも手帳まで広げ、かのんなんかは週間天気予報までスマホで調べ始めた。


「伸太さん、来週の金曜日がいい感じですよ。晴れ時々曇りで、気温もそこまで高温じゃない予報です」

「ねえねえ、金曜日で決定でいい?」


 あっという間に日程を決めてしまっているが、かのんに至っては自分で夏休み前に言った事忘れてないか? と些か心配というか疑問に思えてきた。


「……それで二人がいいなら」


 そしてこっそり机の下からかのんに宛てラインを送ってやる。


『お前、自分で二人きりで海に行きたいって言ってたのに、いいのか?』


 天気予報を見ていたかのんのスマホがブルルと震え、かのんが僕からのメッセージを何事かと読む。


「あっ!!」

「どうしたの? かのん」

「な、何でもないです!」


 じっと僕を恨めしそうに見てくるが、ミスしたのはかのんだ。


『何でもっと早く教えてくれないんです!』


 早くって言っても、言葉に出してしまえば音子にバレてしまうだろうに。

 そもそもこの場で日程まで決めるなんて、僕には予想出来なかった。

 恨むなら自分を恨んでくれ!


 まぁどっちにしろ帰りのバスの中で、音子がかのんの買ったものを漁って、水着だと分かって、それを僕と買いに行ったという事から二人で海に行こうとしていた事はバレてしまったんだけどね。


 結局、こそこそと二人で出掛けようなんて考えると、引き寄せられるようにもう一人現れるという事なんだとは悟った気がする。

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