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「生理がこない」と絵梨花に言われて、最初に浮かんだのはなぜかスタイだった。
白地に青の縁取りの生地に、フェルトのアルファベットで一文字づつR E Nと縫い付けてあるよだれ掛け。
「今はよだれ掛けじゃなくてスタイっていうのよ」と母が、今の家が建って越してくるとき整理している荷物からスタイを見つけて僕に言った。
裁縫などしたことのない不器用な母が、兄にも作ったから次男の僕に作らないのは可哀想だからと僕がお腹にいるとき作ってくれたスタイ。
「蓮太朗の子供にも使ってよ」と母が言い、僕は嫌だと笑いながら答えた。こんなの、古いし汚れてるし、しかもRENってかいてあるから使えないじゃん。すると母が寂しそうに「じゃあ私が死ぬ時棺に入れてね」と言った。僕はやだねと笑い飛ばした。母はここにいない誰かに会いたがるみたいに「れんちゃん……マシュマロみたいなほっぺで、可愛かったのになぁ」と言いながらスタイに頬ずりした。
生理がこないことを告白されて僕はそんなことを思い出していた。どこかの家から焼けた魚のにおいがしていた。
「ちゃんと考えとくから」と絵梨花に言って別れた。お腹が空いていた。
家に着いて玄関を開けても、いつも通り誰も帰っていなかった。
最近はお金が置いてあるか惣菜が買ってあるかのどちらかで、面倒だから何も食べずに眠ってしまうことも多い。
僕は朝食べていたパンの袋を見つけて残っていたロールパンをひとつ口に放り込んで自室に入る。何度も絵梨花と性交をしたベッドに大の字になりスマホを操作する。
「ちゃんと考えとくから」と絵梨花に言ったものの、どうすればいいのか検討もつかない。
とりあえず僕はGoogleの検索バーに生理こない、高校生と入力し検索する。妊娠という言葉がいくつも出てきたので、次に中絶、費用で検索した。
10~15万あれば足りるらしい。日帰りもしくは一泊。
親、秘密を混ぜ検索する。高校生の妊娠の悩みが綴られる書き込みがずらりと出てきて、スレ主を批判する文章ばかりが目に入り怖くなる。
僕はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。親の同意なく中絶の手術をすることはおそらく不可能だろう。
絵梨花の親には話しても、どうにかして僕の親には秘密に出来ないだろうか。
その日はなかなか寝付けずに、朝方悪夢で目が覚めた。絵梨花の腹の皮をぶち破ってエイリアンが生まれる夢だった。
学校へ行っても絵梨花が怖くて仕方なかった。話しかけないでほしいと思った。金はなんとかするけど、僕の親には言わないで済むように上手く説得する方法はないか考えた。
夢だったらいいのに。目が覚めてエイリアンが消えたみたいに、絵梨花の腹の中の子供も消えればいいのに。自分がそんなことを願っているのが恐ろしかった。
絵梨花とは話さないまま過ごしていたらあっという間に2週間が過ぎて、もしかしてもう無かったことにできるんじゃないかと思った。ところが放課後門の前で絵梨花とばったり会ってしまった。絵梨花が口角を上げて笑おうとしたから生理が来た報告かと期待してしまった。絵梨花は無表情で「どうするの」と言った。怖かった。悪夢の続きを見ているようだった。「あ……あの、金は……なんとかなりそう」と僕が言うと「で、どうすればいいの」と絵梨花が言って、僕は「調べとく」と答えた。胸の奥がキリキリ痛んだので前屈みになってうつむいた僕を無視して絵梨花は行ってしまった。
どうすればいいんだろう。全然わからないし考えたくもない。
何かに追われているような気がして何度も振り返りながら歩いた。泣きたい気持ちで家に帰ると、珍しく兄がいた。
「ピザでもとる?」と兄が言い「いいよ」と僕は顔も見ずに答える。
「あっれー、俺スマホどこやったっけ? ちょっとお前俺に電話かけて」
兄が言い、僕は兄の電話番号を押す。すぐに耳元で「お掛けになった番号は……」とアナウンスが流れる。
「使われてないって」
「あ! ごめんごめん俺お前に新しい番号言ってなかったっけ?」
貸して、と兄が言い僕からスマホを取り上げる。
「新しい番号にかけるからあとでこの番号登録しといて」
兄が僕のスマホを耳にあて、遠くで鳴るスマホを探してリビングを出たので僕は自室に着替えに行く。
リビングに戻ると兄がふてくされたような表情でスマホを返してくる。
「あったの?」
「あった」
見つかった自分のスマホを操作する兄がネットでピザを注文し、ピザが届くまで僕たちはなにも話さずテレビを観た。
女のお笑い芸人が氷の張った湖に潜る番組だった。
ピザが届きチャンネルを替えテーブルで食べ始めたら兄が突然「お前の彼女妊娠したんだって?」と聞いてくる。
え、と声に出そうとしたけど出ない。心臓が痛いくらいに激しく鼓動を打ち呼吸が浅くなる。誰だ、誰から聞いた? 目まぐるしく色んな顔が浮かぶ。
「なんで知ってんの」声が震えないよう慎重に言う。
「お前のことはなんでもわかるんだよ」
兄が言い、蔑むような目で僕を見た。
「母さんに言ったのか」
「言ってない」
「早く言ったほうが良いぞ、お互いの親に。堕ろせなくなるぞ」
悪夢のあの感じがまたよみがえった。額から変な汗が出る。持っていたピザをトレイに戻す。
「自分で話すから絶対に言わないで」
僕が言うと、しばらく考えたのち「ひとりでどうにかできると思うなよ」と兄は言い、黙ってもうひとつのピザを咀嚼した。
ピザを食べ終えるとテーブルを片付けもせず鞄に着替えをパンパンに詰めて兄はまた家を出た。
絵梨花の生理がこないことを、友人の美濃たちに話した。美濃は家に来て兄と会ったことがある。でも連絡先を交換するほどの仲ではないはずだ。
誰が兄に話したんだろう。誰も信じられなくなりそうだ。
僕は自室に戻り、それよりも絵梨花のことをどうにかしなければと思った。兄が言った「堕ろせなくなるぞ」という言葉も気になった。
ベッドに腰掛けGoogleの検索バーにいつものように文字を打ち込もうとして手を止める。
検索バーにカーソルを合わせただけで出てくる文字列を見て血の気が引く。
兄は見たのだ。これを。
僕のスマホから兄が自分のスマホに電話をかけたとき、僕は部屋に着替えに行った。あの時勝手に他の操作をしようとして検索履歴に残っていた文字を見たに違いない。検索履歴には、「高校生 妊娠 中絶 費用 病院 」などで埋まっている。これを見れば誰でも、今僕が置かれている状況を容易に想像できるだろう。僕にスマホを返すときの表情がおかしかったのも合点が行く。
だから兄はカマをかけたのだ。中絶について調べていたのは僕自身の為なのかどうか、確かめるために。歯をくいしばらなければ押さえられないほどの怒りがわいてくる。
あの野郎。兄はいつもそうだ。幼い頃からずっと、僕は兄に騙されてきた。
意地悪で、卑怯で、無責任で。誰かの家を転々と泊まり歩き、浮浪者みたいな生活をしているのに大学の費用を払ってもらい、それを特にとがめられることもないので我が物顔でたまに家に戻り、汚れた洗濯物を置き洗濯済みの畳まれた新しい着替えを持って家を出る。
勝手気儘に生きているクソみたいな兄が、僕の一番弱っている部分を鋭い刃物で切りつけて帰った。
「ぁああーーー!!」
壁を蹴りつけ手当たり次第に物を床に投げつけた。泣いてしまいそうなほど悔しかった。
だから数日後に母が、朝玄関で靴を履く僕のところにつかみかかるような勢いでやって来て「女の子を妊娠させたんだって?」とつめよって来たとき、いつか兄を殺してやろうと思った。
「何ヵ月なの?」
「わかんない」
「いつ言われたの」
「2週間……いや、1ヶ月くらい前……かな」
「1ヶ月……」
母が凍りついたような表情で言ったとき、また兄の「堕ろせなくなるぞ」という言葉がよぎった。
「きちんと確認しなさい。いつから生理がこないのか、検査をしたのか」
「はい」
怒っていた母は次第に泣きそうな表情になり、僕の両腕をつかんで懇願するように言う。
「それが本当なら、お母さん、相手のご両親と話さなければいけないから、連絡先を聞きなさい」
「はい」
母の目が充血していた。
「必ずよ」
「はい」
「今日、必ずよ」
「わかった」
「わかり次第連絡して。休み時間でも構わないから、隠れてお母さんに連絡入れなさい」
「はい」
母を振り払うように家を出て、鉛のように重い足を引きずって学校へ行った。
絵梨花とはクラスが違うから、こちらから会いに行かなければならない。
僕たちの様子がおかしいので別れたんじゃないかと噂が回っている。だから僕が会いに行くときっとみんなから好奇の目で見られるだろう。でもそんなこと気にしている場合じゃない。
次の休み時間に、お昼休みに、と先伸ばしにしていたらとうとう最後の授業も終わってしまい、僕はさすがに焦って鞄を持って絵梨花のクラスに走った。もうみんな下校の準備を始めていて、教室の中にいないのを確認して階段を下りた。
絵梨花の後ろ姿はほかの沢山の人に紛れていてもすぐにわかった。
「絵梨花!」
僕が呼ぶとみんな振り返った。
「ちょっと話せない?」僕が言うと、絵梨花はすぐに「ん、いいよ」と答えた。何かを決意している顔だった。
二人でしばらく歩いて、人の流れから外れて、どこまで歩くべきか考えながら止まることも出来ず知らない道を進んでいたら「生理きたよ」と絵梨花が言った。
「まじ」
やった!と思った。繋がれていた重い鎖が砕け散ったような気分だった。でも喜ぶのは不謹慎だとさすがの僕でもわかった。だから拳を突き上げたいくらいの喜びを心の奥に押し込んだ。
絵梨花が立ち止まったので僕も止まる。ちょうど生理がこないと言われた時と同じような一方通行の道だった。
「別れよう」
絵梨花は言った。笑ってた。もう全部終わってると顔が語っていた。
「え……でも」
「結局なんにもしてくれなかったよね」
絵梨花が言って、僕はようやく絵梨花が怒っていることに気付く。
「ほんとにこのまま妊娠してたらどうしてたの? 無視してた?」
試されたのかという考えが一瞬よぎる。生理がこないと言って僕がどんな反応をするか試したのだろうか。まさか。でも。
「ごめん」
やっとのことで僕は言った。それで、母だ、母に連絡しなくちゃと思った。生理が来たと、妊娠じゃなかったと知らせなくちゃ。よかった、妊娠じゃなくてほんとによかった。だから僕は笑っていたのかもしれない。頬がゆるんでしまったのかもしれない。
それで絵梨花は言った。顔を歪めて、怒りとか、悲しみとか、憎しみとか、そういうものをごちゃ混ぜにした表情で、「ほんとにわたしのこと好きだったの?」と。
僕は考えた。好きって何を指すのだろう。
守りたいとか養いたいとかそういう気持ちを指すなら、僕は悪いけど持ち合わせていなかったかもしれない。だけど絵梨花を見ていたいと思ったんだ。今までに感じたことのない強さで。見ていたい。一緒にいて出来るだけ長い時間絵梨花を見ていたい。それは好きとは言わないのかな。
「好きだよ」
考えがまとまらないまま僕が言うと、勝ち誇ったような顔で「わたしはもう好きじゃなくなっちゃったから。じゃあね」と絵梨花は言った。
僕の返事など待たずに絵梨花は踵を返し行ってしまう。
追いかけようとも思わなかった。悪いことをしたなと思った。でもどうしようもなかったんだ。例えばどんな風に行動すれば良かったのか誰かに教えてほしいくらいだ。
ひとりで歩いて駅に着き、地元へ帰る電車を待ちながらLINEで母に連絡する。
――間違いだった
母からすぐに返信がくる。
――本当なの?
――ちゃんと確認した
そのあと既読にならず少し間があった。その間に電車が来て乗った。電車に乗っている間はスマホを見なかった。疲れたと思った。めちゃくちゃに疲れていた。つり革を持っている手に力が入らず離してしまいそうだった。しゃがみこんでしまいそうなくらいだった。なんにも体力を使うようなことをしていないのに。絵梨花に生理がこないと言われて、毎日毎日怖かった。それは初めて経験する種類の怖さだった。生理がきたと知って、心の底から安堵して気が抜けてしまった。そして僕は駅を下りて気づいた。今更だけど、なんだこれ、悲しい。ものすごく悲しい。もう好きじゃなくなったと言われてしまった。
服がびしょびしょに濡れているみたいに体が重かった。いつもの倍以上の時間をかけて駅から家まで歩き、玄関を開けると真っ暗だった。
母からの返信を告げる音がなる。部屋の電気を点けながら読む。
――自分で責任をとれないうちは軽々しくそういうことをしないように
僕はごめんと返信する。
勉強をしなさい、お兄ちゃんにも説明しなさい、女の子とのお付き合いは控えなさい。
母から次々にくるメッセージにすべてごめんなさいと返信する。
子供みたいだと思う。
いや僕は子供なのだ。何一つ自分で責任をとることが出来ない。
兄が母に伝えたことを腹の底から憎んだけれど、皮肉なことにそれが解決への糸口となった。
母にバレていなければ僕はいつまで経っても絵梨花に確認することができず悶々とした日々を送っていただろう。
母にバレて正直心のどこかでホッとしていたのだ。
暗闇のキッチンから炊飯器の炊けたメロディーが響く。
僕は制服を自室で脱ぎ部屋着に着替えてキッチンの電気を点ける。
炊飯器を開けると炊きたての白米から温かい蒸気があがる。
ご飯を茶碗によそいながらふと思い出す。
保育園から帰り、息つく暇もなく母が夕食の支度をし、僕と兄は遊びながら空腹をまぎらわせてご飯が炊けるのを待ったあの頃の母を。
いつも簡単なもので同じメニューばかりが並ぶ食卓だったけれど、母と兄と僕の三人で手を合わせ食べる母の料理はいつだって美味しかった。その日あった悲しかったことを母に話して聞いてもらえば、不思議と元気が出た。
「れんちゃん、我慢できたの? えらいね」と、頭を撫でてくれたあの頃の母に、強烈に会いたくなる。
冷蔵庫からスーパーの惣菜を取り出し、食卓に並べる。
情けない自分を鼻で笑い、ひとり静かに「いただきます」と手を合わせる。
咀嚼する音だけが耳の中に響き渡るので、耐えられなくなって僕はテレビをつける。画面の中の人たちが楽しそうに笑えば笑うほど、孤独が押し寄せた。
食べ終えて自室に行き、部屋のすみに置き去りにしていたピンクの紙袋に気づく。
そういえば有沢からもらったチョコレートを、食べていなかった。
美濃たちに絵梨花が妊娠しているかもしれないことを相談したとき、有沢が僕にチョコレートを渡しに来て、それどころじゃなかったからチョコレートを受け取ったことをみんなには黙ってて欲しいと有沢に言った。
そのあと美濃たちと話して、有沢からチョコレートをもらったのかと聞かれて「もらわなかった」と嘘を言ったのだ。彼女が妊娠して困っているのに他の女からチョコレートを受け取るなんてと美濃たちに思われたくなかった。「もったいねー」と美濃が言った。結局美濃たちに話したところで何一つ解決しなかったけれど、少しだけ心が軽くなったのだ。
恐る恐る包装紙を開けるときれいに四角いチョコレートが並んでいた。既製品ではなく手作りのチョコレートだということはわかった。
ひと粒口に入れてみる。日にちは経っているけれど、美味しかった。
美味しいけどそれ以上食べる気にならず、袋に戻してゴミ箱に捨てた。
もうすぐホワイトデーだから、何か買わなくちゃな、と思った。
去年までは母が用意してくれたけれど、今年からは自分で用意しようと思う。今年は有沢からしかもらっていないからひとつでいい。
ホワイトデーといえばマシュマロだろう、と思ってスーパーに行った。母が「マシュマロみたいなほっぺだった」と形容した僕の赤ん坊の頃のほっぺたを想像してマシュマロを袋の上から押してみた。柔らかかった。結局マシュマロは買わずホワイトデー用にすでに包装してあるクッキーを買った。
チョコレートをもらったことは有沢と僕だけの秘密だった。だからホワイトデーのお返しも誰にも見られずに渡さなければいけない。
有沢とは中学が一緒で同じ地元だから、駅で待てば会えるだろうと思った。
ホワイトデー当日じゃなくてもいいから渡せる機会があれば渡してしまおうと思って有沢に渡すクッキーはいつも鞄に入れていた。
するとそれからすぐに運よく帰りの駅で有沢とバッタリ会った。声をかけてきたのは有沢だった。
「やっと会えた」有沢は言った。
「ちょうどよかった」僕は言った。
「え?」
「あ、ちょっと駅から離れない?」
有沢を連れて駅前のロータリーから離れ不動産屋の前で立ち止まる。僕は鞄からクッキーを出して有沢に渡す。
「なにこれ?」
「クッキー」
「チョコのお返し?」
「ちょっとはやいけど」
「うれしい」
有沢は笑って僕を見る。
「じゃあな」と言って僕が歩き出そうとすると有沢が僕の二の腕をつかむ。
「待って話したいことが」
なんかやだな、と僕は思う。あまり僕にとって良い話じゃない気がする。
「なに?」
有沢に腕を掴まれたことで肩からずれた鞄をかけなおす。
「あのね」と言ったきり間が空く。僕は有沢と二人でいるところを誰かに見られたくないので周りを見渡して「なに?」と急かす。
「斉木さんと別れたんでしょう」
「あ、んー、まぁ」
「あたしと付き合って」
無理。
即答しそうだった。でもやめた。
うーん、と唸ってから「ごめん」と言うと有沢が「別れたばっかりだもんね」と眉を上げてわかったような顔で言う。
「いやそういうことじゃなくて……」
タイプじゃないって言葉が浮かぶけど傷つけない別の言葉を探す。
「わかった。大丈夫」
有沢が言って、何にもわかってないじゃんと僕は思う。
有沢は中学から一緒で、毎年バレンタインデーにチョコをくれる。高校に入ってからは数えるほどしか話していないのに、しかも絵梨花と付き合っているというのにチョコを渡してきた。僕のことを好きだと言ってくれるけど有沢が好きなのは僕自身ではないんじゃないかと思う。うまく言えないけど、僕のことを好きでいるって決めた自分自身の覚悟とか、誰かをずっと好きでいるという一途さとか、そういうものに憧れてて、僕自身の中身をよく見もせずに好きだって思い込んでいる気がする。好きで居続けてもらえるほど有沢とは接していない。だから傷つけてあげたほうが良いのかもしれない。僕はきっと有沢が思うような人間ではないのだし。
「いつから目悪くなったの」
中学の頃にはかけていなかった眼鏡をバカにしようと思い付く。
「悪くはないけど」
「ただの飾りなんだろ」
「うん……でも」
「ヘンだぞ、それ」
「え、ヘンかな?」
「似合ってない」
僕が言うと有沢はそっと眼鏡を外した。だから僕は黙って二回頷く。すると有沢は身に付けている衣服を脱いだ後みたいな照れた顔で僕を見て「こっちのほうがいいかな?」と言う。
なんか違う。言いたいことが全然伝わってない。傷つけようと思ったのにむしろ嬉しそうだ。それで僕はもうどうでもよくなって「いいんじゃない」と言う。
有沢は笑った。僕のことが好きなんだと言いたげな顔で。
「ありがとう、蓮太朗」
「ああ、うん」
女の子って、やっぱよくわかんない。
了
マシュマロ 楓 双葉 @kaede_futaba
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