Ⅱ
トバリ達が本拠地として扱うオフィスにて、ヴィンセント・サン=ジェルマンことヴィンセントは紅茶を飲みながら新聞のとある記事を見ていた。
「『恐怖、深夜に現れる不可思議な列車!』ねぇ……。乗ってしまうと朝にはどこかの駅のホームで料理に見立てたような死体にされる、か。確かオリエントの“猿夢”とかいう怪談が似たような感じだったかな」
“猿夢”その名の通り夢もとい明晰夢の一種である。目を覚ますと電車の中に居り、列に並ばされる。そしてその並んだ列を二対一体のピエロが一人づつ、料理に見立てて殺していくのだ。明晰夢であるが故、その苦痛を肉体が受け取りショック死もしくは実際に死ぬともいわれる怪談である。
しかし、今はそんなことはどうでも良いのだ。記事にある写真と記者の名前を彼はしぶしぶと見つめて静かに呟く。
「ふむ、これはこれは……
ヴィンセントがその名を告げるとともに扉が開き、トバリ、リズィ、そしてロレンツォ。予想外の異邦人にヴィンセントはトバリに軽く尋ねた。
「おぉ、お帰り二人とも。そちらはお客さんかな?」
「チャオ! ヴィンセント・サン=ジェルマン伯爵だっけ? 僕はロレンツォ・ホラティウス。お茶目さんなイタリア人です」
「……だそうだ」
元気ハツラツと言わんばかりのロレンツォとは対照的に、トバリはさも面倒と言わんばかりにバッサリと返す。
それもそうだ、ロレンツォとトバリは良くも悪くも対照的すぎる。むしろ、トバリからすればロレンツォのような、揚げ足の取りにくい飄々とした人物は苦手なのかもしれない。
得体のしれない道化師、変な奴、めっちゃ白い生きる日光反射人間etc……。所謂良くない印象の方がはるかに強い状態だ。
ため息を短く零し、トバリは定位置であるソファに軽く寝そべる。彼のそんな様子を見て、ヴィンセントは軽く叱った。
「トバリ、客人にお茶を」
「残念、俺はお茶汲みの使用人ではありません。よって却下だ」
「リズィ」
ヴィンセントが彼女に視線を送り、リズィもそれを確認して短くうなずく。そのままトバリの横までひょこひょこと歩き――彼の鳩尾を蹴り……損ねた。
リズィが右足を振り上げて下ろすまで一瞬、本能的な危機感をトバリは感知しソファから身を翻す。まさに危機一髪。
「む」
「む、じゃねーよ! お前今何しようとしてたか分かるか!?」
「踵落とし」
「うん、そうだな。踵落としだな。でもそれは人に対してするもんじゃねぇ!」
リズィは小首をかしげ、何か問題でもあるのか? と言わんばかりの視線をトバリに向けてくる。彼からしたら問題しかない。というよりも、いつの間にこの二人はこのような謎の連携を習得していたのか。実に末恐ろしい。
「あな恐ろしや……」
「此処は実に楽しい場所だね! という訳でお茶を頼むよトバリ」
ことの原因であるロレンツォは、いつの間にか向かい側のソファに座り笑顔を浮かべている。図々しいやら、この野郎やら思いつつもトバリはため息交じりで頭を軽く書きながらお茶を入れに向かった。
一方のリズィはどちらのソファに座るべきかきょろきょろと迷っている。ロレンツォは此処がチャンスだと言わんばかりに、自分の横の席を軽く叩いて彼女を招いた。
「リズィ! マイエンジェル! 一緒に座ろうよ」
「……伊達男と言うものは、事務所の花を勝手に持って行かないものなんじゃあ無いのかい?」
ヴィンセントの言葉にロレンツォはリズィにウインクをしながら軽く返す。
「花を愛でるのが男ってもんだろう? 特に惚れた花には、ね」
「はっはっはっは。せめて視線位こっちに寄越してから言い給えよ若造」
だが、ロレンツォの視線はリズィにしか向いていなかった。それもその筈、彼はリズィに一目惚れしてからぞっこんなのだ。
ここに来るまでの間も、リズィに対して可愛い、好きだ、一緒にデートしよう、お菓子食べようの事しか話していない。無論、彼女は最初こそ戸惑いはしたものの、徐々に適応し、軽くあしらう始末。
所謂、相手にされていないのだ。
だが、ロレンツォはめげない、しょげない、諦めない。こうして、隙さえあれば彼女にアプローチをひたすら繰り返す。その様子はまるで、滑稽でもある。
もちろん、今回も軽くあしらわれるのだろう。ロレンツォも阿呆ではあるが馬鹿ではない。もちろん、予想は的中。流石に悲しくなったのか、ロレンツォは少しだけしょんぼりとしてしまった。
トバリはもはや何度目か分からないため息を零し、各々にお茶を配り終え、向かい側のソファにどっかりと座り込んだ。彼のその行為を切り口に、ヴィンセントは紅茶を一口飲み、ロレンツォへ問いかける。
「ミスターロレンツォ、君はイタリア人と言ったね。わざわざこんな老人に、しかもピンポイントで会いに来たって――どういう事だい?」
その問いは、何処か威圧さを感じ取れた。無論、尋ねる為の威圧さではなく、何か確信をもって確認するための威圧さだ。つまり、ヴィンセントの中ではロレンツォの目的が判明もとい、計算され終わった後という事だろう。
ロレンツォは彼の威圧さに身震いしつつも、素直に告げる事を選んだ。
「単純に言うなら、仲良くなりに来たってとこかな!」
「仲良く……か。そりゃ結構! 私も君みたいな若人とぜひ仲良くしたい限りだ」
笑顔で告げるヴィンセントの言葉を聞き、トバリは咄嗟にロレンツォに告げる。
「イタリア人、ヴィンスの仲良くしたいには二重の意味が含まれるから逃げ出すなら今の内だぜ」
「へえ、それはどういう意味だい?」
「実験台を手に入れたと、実験台にならないかの二つだ」
「あっはっはっはっは、トバリ。君は黙りなさい」
おもわず反論した様子を見るに、どうやら彼はロレンツォの事も実験台にと狙ってはいたようだ。いや、恐らく彼にとって自分以外のほとんどの人間が実験に好都合なのだろう。
ロレンツォは冷や汗をかきつつも、どうにか会話を変えようとヴィンセントの見ていた新聞紙に目線を動かす。
新聞には見出しに『恐怖、深夜に現れる不可思議な列車!』という文字がイギリス英語で書かれていた。
「この国は深夜にも列車が走るのかい?」
「はぁ?」
トバリの何を言ってるんだこいつは、という表情をみつめ、ロレンツォは新聞記事に指をさす。トバリはその視線の記事を見つめ、ポロリと言葉を零す。
「なんだ、今度は列車のレヴァナントか? 何でもありだなホント」
「だと良いんだけどねぇ」
「……違うって事か?」
ヴィンセントは紅茶を飲み、何処か懐かしむような、けれど警戒するような声色でその単語を告げる。
「ニューヨークの
白の探究者の話 大福 黒団子 @kurodango
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