第19話 異世界の食事情は切迫している

 



 何という事だ。ありえない。こんなことがあっていいのか。


 どうやらまだ俺は過小評価していたらしい。正当に推し量ったつもりでもその実、これっぽっちも真価を見抜けていなかったようだ。

 この目は節穴だ、はたして今まで何を映してきたというのか。ガラス玉の方がまだ綺麗な分だけ有能だろう。後悔と慚愧ばかりが津波のように押し寄せてくる。


 ああ……だがしかしだ。


 そんな自責の念をも吹き飛ばす歓喜が、感動が、喝采が、胸の内より這い出て全身を震わせる。喜べと、そして褒めたたえろと、天啓の如く授けられた使命が我が身を駆り立てた。


 そう、この――【調味料生成】のスキルへ!


「という訳で結婚してください」

「何がという訳なんですかー!」


 瀬那さんに跪きながら申し出ると、真っ赤な顔で怒鳴り返された、何故だ。照れているのだろうか?

 もしも俺たちの間にすれ違いがあるのならば、それを正さなければならない。誤解が生まれたのなら取り払わなければならない。であれば、ここは一度最初から思い返してみるべきだろう。




 まずはゴブリンたちに訓練相手(強制)を務めてもらった日中から時間は流れ、おおよそ女子さん達への助言やテコ入れを済ませた夕暮れ。せっかくなので職業『料理人』の瀬那さんが夕食を準備すると言い出したのが事の始まりだった。


 正直に言って期待はしてなかった。いくら女の子の手料理とはいえ、材料があの樹海産のクソ不味い謎食材だ。むしろあれらを食材と言い張るのは全国の一次産業従事者たちへの侮辱だとすら思えてくる。


 そんなわけで微妙に冷めた心境でいたのだが、まず瀬那さんは錬金術で深みのある石皿を出して欲しいと頼んできた。

 やや疑問に思いながらも俺が指示に従うと、その容器に彼女はおもむろに手をかざす。


 そして文字通り、どこからともなく現れたのだ――お味噌が。


 アイエェェェ! 味噌!? 味噌ナンデ!?


 気づけば我を忘れ、無意識のうちに距離を詰めて肩に掴みかかっていた。おそらくは俺の異世界史上でも最速の挙動だったろう。それだけの衝撃だったのだ。


「言えっ! このお味噌様をどこに隠してた裏切者め! 正直に白状しないと全身ひん剥いてまさぐって人様に見せられない有様にしてやるぞ! それが嫌ならさあ吐けすぐ吐けさっさと吐けこのぺったんこ!」

「わわっ、あわわわわっ!? い、いきなり裏切者ってなんでですかー!? と言うか最後、それただの罵倒ですよねー! ぺったんこじゃないですちゃんとありますー! ちょっとだけ慎ましやかなだけなんですからー!」


 詰問したら泣かれてしまった。そして殴られた。しかも瀬那さんだけじゃなく、周りで見ていた他の女子さんたちからもだ。

 レベルが上昇しステータスも軒並み跳ね上がった女子一同の容赦ない剛腕の連撃が、頬を胸をみぞおちを抉り込み吹き飛ばす。確認すればHPが一桁寸前に……って危ないな!? どうりで物凄く痛いわけだよ。


「人の特徴をあげつらって責めるなんて最低よ! あと乱暴なのも駄目!」

「いやでも委員長、これは明らかな盟約違反なんだよ!? 瀬那さんは同じ非常識同盟として交わした契りを忘れたのか!」

「交わしてませんからー! それ空閑君が一方的に主張してるだけですからー!」


 俺がいきり立って瀬那さんの不義理を指摘するが、他ならぬ彼女から大声で否定された。

 どうやら瀬那さんの中では、『桃園の誓い』ならぬ『ゴブ園の誓い』は成立していないらしい。濃霧の樹海の中、我ら三人生まれた日は違えども……って、一人足りないな? まあゴブでもいいかって、もう他ならぬ瀬那さんの手で殺してたよ!


 いや、試し斬りの的になったゴブリンなんぞどうでもいい、とにかく今は味噌だ。


「これは瀬那さんのスキルですよぉ。調味料限定ですけどぉ、魔力を消費して生み出せるんですぅ」


 険悪な雰囲気で結束する女子さん達から何とか事情を聞きだせば、瀬那さんは異世界転移に際して【料理】だけではなく【調味料生成】というチートスキルを入手していたのだ。


「は? 意味わかんない。なんでそのスキルを持ってて役立たず扱いされてたのさ。どう考えても超有能スキルじゃん、それ一つで異世界の食事情変えられるよ?」


 誰だってその希少性に気づく。気づかないはずがない。何しろ馬鹿さえも目を輝かせて耳をそばだてているくらいだ。明らかな当たりスキルである。

 それなのに、どうして瀬那さんは俺の言葉に暗い顔をしているのか。何故全然嬉しそうではないのか。コレガワカラナイ。異世界は不思議に満ち満ちていた。


 衣食住という言葉に取り上げられる通り、『食』というのは人間が快適に生活する上で欠かせない三要素の一つだ。ついでに三大欲求の一つでもあるほど、生物の本能に密接にかかわってくる部分でもある。


 調味料限定だからどうした。料理の出来不出来なんて大抵の場合、調味料で糊塗出来てしまう範囲だ。

 そして日本製の調味料は、全体的に種類が豊富でレベルが高い! 伊達に大手メーカーが鎬を削っているわけじゃないのだ。


 人と食は切っても切り離せず、同時に食は最も身近な文化でもある。ならば地球産の調味料をばら撒ける彼女のスキルは、異世界で文化侵蝕できる可能性すら有していることになるだろう。


 もしやクラスメイト達は優奈に引けを取らないほどスカポンタンだったのだろうかと疑い始めるが、あの馬鹿でさえ食べ物の重要性は骨身にしみて理解しているのだ。つまりは馬鹿以下? 嘘だろ、そんな物体が存在するはずが……あるまげすと?


 ちょっと宇宙の法則が乱れる難問にぶち当たって混乱したが、どうやら詳しく事情を聞くと瀬那さんの【調味料生成】とは別に、その上位互換ともいえる【異世界物販】のチートスキルを持ったクラスメイトがいたらしい。

 名前を言われても顔は思い出せなかったが、直感的に察した。それ絶対オタクたちの誰かだろ! 一時期ネット小説で流行ったもん、俺知ってる!


 そして、ようやく瀬那さんが無能扱いされていた本当の理由もわかった。ずっと疑問に思っていた謎が解けたよ。

 だって彼女は【食材鑑定】スキル持ちなのだから。異世界サバイバルでは必須級の能力だろう。本来ならクラスメイト達から大切にされ、丁重にもてなされてしかるべき人材だ。


 まあ、初対面時は俺の差し出した食べ物を不用心に口にして痺れていたが、あれは単品では問題ないほど弱い毒の盛り合わせと組み合わせだ。

 加えて、そもそもあれらは薬用の素材・・・・・だったので、食材専門のスキルではそこまで詳しく調べられなかったのだろう。


 うん、実はこの樹海の植物って全部毒か薬として使えるのだ。だって錬金術師の【素材鑑定】に引っかかるんだよ? どれもこれもが特殊な効果持ちである。

 毒と薬は紙一重とも言うし、麻酔だって分量を誤れば容易く人が死ぬ。そして現代人にとって、薬の飲み合わせ次第で予期せぬ副作用が出るのも常識だ……と、話を戻そう。


 そりゃあ、【異世界物販】なんてスキル持ちがいるなら『料理人』は不要だろう。わざわざ苦労しながら材料を取ってきて調理するまでもなく、最初から完成品をデリバリーすればいいのだ。

 しかも樹海産のは元の味がアレなんだから、いくら調味料で誤魔化そうと最終的な味も知れている。得体のしれない怪しい素材から作った物よりも、多くの人は見慣れた食事を選ぶだろう。


 大半の普通で普遍な人間は、自分を上等な存在だと思いたがる。自身の価値を証明したがる。もはやそれは自我エゴを得た知性体の宿命だ。

 ならばどうするか、一番手っ取り早い答えは『自分より序列が下の人間を見つければいい』だ。そうすれば少なくとも最下位ではなくなるのだから。


 そうして目をつけられたのが、『他の人の下位互換』と見なされた瀬那さんだ。ついでに『戦闘能力を持たない』のだから、さぞかし蔑みやすかったことだろう。異世界という異常な環境もその心理を加速させた。

 あとはまあ、そうして女子を貶めることで優越感を得るだけでなく、もっと即物的な実利を欲したのかもしれない。クラスメイト間で彼女の序列が低くなれば、その分だけ自分の欲望を通しやすくなるから。要は身体を差し出させることを強要できる。


 理解はできた。次にやはりアホだと思った。最後に感謝した。

 ありがとう名も覚えていないクラスメイト達よ、お前たちの頭が伽藍洞がらんどうだったおかげで、俺はこのチートスキルに出会えた。


 確かに相対的に見れば、瀬那さんのスキルは役立たずに思えるのかもしれない。汎用性を比べるなら間違いなく負けている。

 だがわかっているのか? 【調味料生成】だろうと【異世界物販】だろうと、そんなスキルはまず間違いなく世界で・・・たった一人しか・・・・・・・持っていない・・・・・・んだぞ?


 調味料の貴重性が、その他の物に劣るなんてことはありえない。


 こんな危険な世界なんだから、リスクを分散させるのなんて当然の判断だろうに。重要物資の入手経路は複数確保するに限る。

 委員長たちの話だと、オタクどもは死んだんだって? ならもう地球製品を手に入れる方法は永遠に失われてしまったのと同義だ。瀬那さんを除けば……だが。


 ――そして最初に戻る。


「という訳で結婚してください」

「何がという訳なんですかー!」

「あなたの作る味噌が毎日欲しいです」

「味噌汁が飲みたいならともかく、味噌が欲しいって意味わかんないですよー!」


 何故だ、どうしてこの熱い想いが瀬那さんに伝わらないのだ。いつの間にか剣呑だった女子さんたちの眼差しも可哀想なモノを見る目になってるし、馬鹿は目を離したすきに味噌を舐めてるし……って、それは俺のだよ!

 だって味噌なのだ、もう二度と味わえないと思っていた日本食なのだ。本来その価値は黄金を積み上げたって足りることはないだろう。


 けれどわかっていない。瀬那さんは俺がどうしてここまで必死になっているのかが理解できない。それが酷くもどかしい。


「ええい、ならばまずはカレー粉を出せ! あと調味料枠ならきな粉もイケるはずだ! というか今から言うやつを無理やりにでも捻り出せ!」

「わ、わかりましたからー! その剣幕で強引に詰め寄るのをやめてくださいー!」


 器を差し出しながら瀬那さんに願い出れば、怒ったような呆れたような困ったような、そしてチョットだけ嬉しそうな表情で指定した材料を用意してくれる。


 さて、ならば料理の時間だ。作るのは当然、みんな大好きカレー……風のスープである。


 まずは毎度の錬金術で大なべを用意し、そこへ刻んだ適当な樹海食材を投入して炒める。大まかに火が入ったら水をタップリと加えて煮込み、浮かんできた灰汁を取り除く――って、灰汁多いな!? えぐみが強いわけだよ。

 大量の灰汁を捨て終わったら、そこに瀬那さんが出してくれたカレー粉、コンソメを投下しかき混ぜ、味を見ながらその他細々とした調味料で整えた。


 同時進行で余ったきな粉には少量の水と塩を含ませ、捏ねてブロック状に成型する。そして焼く、ナンの代わりの大豆バーモドキだ!


 そして完成。どうしようもなく物足りない不完全で不出来な料理だが、それでも異世界の樹海で食べるにはご馳走だろう。

 途中、こっそりと錬金術で色々材料を調整ズルしたり代用ごまかしたりしたが……それでも紛れもなく、瀬那さんから貰った調味料で作った食事だ。これが彼女のスキルの価値だ。


 すすり泣きが聞こえる。言葉もなく、ただボロボロに崩れやすい大豆バーをスープに浸し懸命に口へと掻き込む女子さんたちの食事風景。その中には当然、瀬那さんの姿も含まれている。


 女子さんたちはクラスメイト達から追われ、ゴブリンから死に物狂いで逃げ続けていた。誰もが満足に休むことなんて出来なかったのだろう。そして食事をとる間も、食材を探す暇もなかったのだろう。

 だからこそ、彼女たちはあんなにあっさりと麻痺毒に引っかかったのだ。あれほど飢えていたから、迷いなく俺なんかが差し出したものに手を伸ばしたのだ。


 本当に馬鹿だ、大馬鹿だ。その苦しみを知っているくせに、自分のことを過小評価するとか、想像力が足りないよ。

 これでまだ理解が及ばないなら馬鹿をけしかけるつもりだったが……どうやら、その必要はなさそうだ。うん、アイツは食には厳しいぞ!


 承認欲求なんて面倒だ。はっきり言ってどうでもいい。だって最初からボッチな社会不適合者には無縁の概念なのだから。

 しかし、立派な社会適合者な彼女には必要なのだろう。自分が他人の役に立っているのだという実感が、否定され貶められ続けた精神を癒す唯一の薬になる。


 女子さんたちの中でもひときわ大きな嗚咽を零しながら食べる彼女から顔を背け、俺は料理に口をつけるのだった……やっぱ色々物足りないな? せめて小麦粉が欲しいんだよ、うん。



 

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イカサマ錬金術師の異世界譚 ~異世界でもチートがあろうと空気は読めない~ 無糖メグル @mutou-meguru

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