第18話 真摯な言葉が心に響いたのです

 



 あくまでも個人的な見解だが、魔物との戦闘で大切なのは『殺る気』だと言えるだろう。

 殺し合いにて相手の気迫に飲まれず、むしろ殺気を叩き返して叩き潰すくらいの気合と意気込みこそがすべてにおいて優先される。


 要するに『心を強く持て』という精神論ではあるが、異世界ファンタジーなんだから心の強さが力になる不思議ファンタジー理論なのは当たり前だ。それに比べればステータスとかスキルなんてオマケだよ、うん。


 女子さん達に足りていなかったのはそこだ。戦う気概がないから逃げ続けてゴブリンなんかに追い詰められた。

 そもそも江ノ島さんとか【強欲】なんてチートスキル貰ってるし、ステータスも軒並み初期の俺より高かった……高かったんだよ。


 と、とにかく、そういった意味ではもはや俺がアレコレと口出しして手を貸す必要性はないだろう。江ノ島さんが見せた決意に触発され、彼女を皮切りに女子さん達の中で意識改革が始まっている。

 時間はかかったが既に全員がゴブリンでの度胸付けを終え、もはや放っておいても勝手に強くなるはずだ。


 ――と、そんなことを考えていたのだが、そうは問屋が卸さないらしい。


「や、やぁーっ!」


 情けない掛け声とともに、へっぴり腰で石剣が振るわれる。武器の重さに振り回されていることが素人目にも一目でわかるその一撃は、半殺しで地面に転がしておいたゴブリンの脳天――から大きくズレ、二の腕を圧し斬る。


「ギョゴガァァッ!」

「ひ、ひぇーっ!?」

「んー、姿勢が悪いんだよ? あと力み過ぎて身体が固いかも。腕だけで振らず、もっと腰を入れて叩きつけるように踏み込むんだよ」

「む、ムリですよー!」


 のたうち回る魔物の姿に涙目になりながら距離をとる女子さんにアドバイスを送るが、石剣をとり落としブンブンと首を振りながら否定される。あれ、おかしいな?


 強くなるための助言が欲しい――そう彼女たちに請われ、俺としても女子さん達が少しでも早く自立してくれるのは願ったりかなったりなので引き受けたのだが、早くも暗雲が立ち込めてしまった。


 なお、最初は優奈の方に頼み込んだのだが、アイツの指導は擬音語に擬音語を重ねた混沌としたものだったので俺の方にお鉢が回ってきたという経緯がある。やはり馬鹿に教師役は無理だって。


 俺は這いずって逃げだそうとしていたゴブリンを踏みつけてこの場に留め、首を傾げながら問いかける。


「えーっと、瀬那せなさんだっけ? 【料理】スキル持ってたよね、レベルⅩの?」

「そうですけど、それがどうしたんですかー!?」


 元気のいい返事だ。胸の前で握り拳を作りながら、ショートカットの彼女――瀬那さんは叫ぶように答える。

 うん、さっき名前を教えてもらったのだ。当たり前じゃん。俺がロクに話もしないのにクラスメイトの女子の名前を記憶しているとでも?


 瀬那さんは調理部所属だったようで、異世界にやって来る際には『もっと料理が上手くなりたい』と願ったらしい。

 そうして得た【料理Ⅹ】をはじめとした調理関係のスキルだが、転移した場所がまともな食料を得るのが難しい樹海。クラスメイト達からは役立たず認定を受け、他の女子さん達と一緒に無能扱いされていたようだ。


 ……はぁ、馬鹿なんじゃない? こんな逸材が無能だなんて。誰も彼も見る目がなさすぎる。


「【料理】スキルがあるなら、それで剣が使えるはずでしょ?」

「どういうことですかー!? 使えませんよー! 空閑君は料理をなんだと思ってるんですかー!」


 秒速で否定された、馬鹿な。どうやら彼女は【料理】スキルで剣技に補正がつかないらしい。事前に全員が【言語翻訳】スキルを所持していることは確認済みなのだが。

 まあ、初めは俺も困惑したし、文句も苦情も山ほどつけたから戸惑うのはわかる。だが【料理】が戦闘に応用できれば便利だ。


 ここは初心者向けに、簡単に簡潔に順を追って説明するべきだろう。


「いやだって、料理には包丁使うよね?」

「使いますけど……」

「料理の際には包丁で肉や魚をさばくこともあるよね?」

「さばきますけど……」

「それじゃあ――」


 俺は足元で足掻くゴブリンを指さす。


「骨付き肉です」

「それはおかしいですよー!?」


 おかしいらしい。まさか俺の完璧な話術でも理解が得られないとは。アンビリーバボー?


「想像力が足りないよ」

「むかー! その顔凄く腹立たしいんですけどー!」

「ところで話は変わるけど、さっきからそんなに大声出して疲れない?」

「誰のせいだと思ってるんですかー!」


 怒られてしまった。潤んだ上目遣いは男子特効が入るのでやめてください。

 瀬那さんは全体的にノリが男子に近いというか、いつも溌溂として誰にでも分け隔てなく接してくれるので、自分から女子に話しかけられないクラスの根暗男子グループから人気が高い……と、どこかの誰かが言っていたのを小耳にはさんだ記憶が? あるような? 実際にボッチとも会話が弾んでるし?


 だがまあ、これだけ叫べば無駄な緊張もほぐれただろう。いい具合に脱力できている。


「普通は生き物を直接料理したりはしないんですー! いったん締めるんですー!」

「でも地球でだって、活け造りとかは生きたままの魚をさばく場合だってあるでしょ? まさかアレが料理じゃないと言い張るつもりなのかなー?」

「……た、確かにっ!?」


 目玉が零れ落ちんばかりに見開く瀬那さん。もっとも、目から落ちたのは鱗だったようだが。


「それに踊り食いだって生きたままの小魚を丸呑みにするんだよ? それなのに生きたままの生き物が食材じゃないって言い張るのは道理が通らなくないかなー?」

「そ、その通りです……あれ? でも……あれ?」

「敵を倒す事を『料理する』って表現することもあるよね? つまり【料理】スキルは戦闘でも使えるんだよ。はい論破」


 混乱している。頭上で飛び交う大量の疑問符が幻視出来るようだ……チョロイな。


「それじゃあ納得してもらえたことだし、早速練習してみようか。ほいこれ包丁ね」

「あ、ありがとうございます?」


 そう言って瀬那さんに渡したのは、新しく錬金した包丁――に見えなくもないかもしれない形の石剣。つまり俺が言い張り本人が思い込む限りは包丁だ。

 それを握り締めた彼女は、このやり取りの間も俺が押さえ続けていたゴブリンに向き直り、呼吸を落ち着かせるように小さく息を吐く。


 そして――振り下ろす。


 先程までとはまるで違う滑らかな踏み込み。足の裏から発生した力が真っすぐに腰を流れ肩で増幅され肘で加速し手首を伝わって剣先に集約する。つまりは正しき斬線、美しい太刀筋がゴブリンへと吸い込まれるように消えていく。


「でき、た……?」


 瀬那さんが呆然と呟く。きっとまだ実感がないのだろう。スキルは条件を整えてその気になれば呆気ないくらい簡単に発動する。

 逆に発動しない時は梃子でも動かないが、そこをどうにか騙して唆して誑かしてやるのが上手なスキルとの付き合い方だ。


「おめでとう。これで瀬那さんも非常識同盟の一員だ」

「はい、ありがとうございます! ……って、やっぱりおかしかったんじゃないですかー!」


 そりゃそうだ、普通に考えて【料理】が戦闘に使えるのは変なんだよ? 何を今更騒いでるんだろうね。


 しかし、これで瀬那さんの頭の中には『【料理】スキルは戦闘に使える』という認識が実体験として書き込まれた。もはやこの事実を疑うことはできないだろう。一度できれば次もできる、自転車の乗り方と同じようなものだ。

 まともに剣さえ振るえれば、彼女のステータスなら一対一で普通のゴブリンに後れを取ることはない。そう、彼女も俺よりステータスが高かったのだ! どういうことだ!


 女子に腕力Strで負ける男子高校生(笑)……って煩いよほっとけ!


「まあ、これだけできれば十分だろうし? あとは自分で頑張ってね?」

「ううー! タメにはなったけどなんだか納得出来ないー!」


 大仰な仕草で頭を掻く瀬那さん。そんな乱雑な手つきだと髪が痛むよ? そしてその不満は俺じゃなくて異世界のシステムにぶつけてね?


 かくあれ、彼女への指導せんのうはこれでひと段落だ。


「さて、次は……あー、犬飼いぬかいさん?」

「……なんですかぁ? それと、人の名前を疑問形にしないでくださいねぇ。ついさっき自己紹介したばかりですよねぇ?」


 少し離れた場所で俺たちのやり取りを見ていた女子さん達の中から、独特の間延びした口調の少女が近づいてくる。そしてその目は呆れたような半眼だ。


 彼女――犬飼さんは腰まで伸びた長毛種の猫のような癖毛に、いつもは眠たげに細められた瞳。纏う雰囲気は何処かのんびりと緩やかで、初対面では綿菓子のようにフワフワとした印象を抱く女子さんである。

 だがしかし、軽くはない。間違いなく軽くはないのだ。だってあんなに大きいんだから! うん、とても素晴らしいものをお持ちだ。


 制服のブレザーの上からでもわかる巨大な二つのお山。きっとあの中には男の夢とか希望とか欲望が詰まっているのだろう。クラス女子の中でも問答不要のトップの座は伊達ではない。

 あれはボッチ男子には刺激が強すぎる。普段なら鋼の意思で制御することもできるが……直前ペッタンとの落差が、ね。悲しいな――っ、殺気!? 脳内に三枚におろされた男子高校生の姿が!? しゅ、集中しよう!


「それでぇ、今度はどんなペテンを見せてくれるんですかぁ?」

「ちょ、ちょっと!? それは酷い風評被害の流布だよ! 俺はいつだって真面目――って、なんで皆揃って首を横に振るの!?」


 どうして俺を除いた全員が意思統一しちゃってるんだろう、不思議だ。あとちゃっかり便乗していた馬鹿は後で埋めてやる。


「それで、犬飼さんは『魔物使いテイマー』なんだっけ?」

「そうですよぉ。ただ上手くスキルが使えないんですぅ」


 犬飼さんがあの黒い空間で願ったのは、『ペットを飼いたい』というものだった。実家がマンションでペット禁止だったらしい。動物好きなんだろうか。

 その結果与えられたのが職業『魔物使い』と、それに付随したスキル。これだけなら戦闘職として活躍できそうなものだが、彼女はスキルを使おうとしても発動できないらしい。


「【使役】で魔物を従魔にしようとしたんですがぁ、どうやってもウンともスンとも言わないんですよぉ」

「それって、ゴブリンを相手にして?」

「……えぇ、そうですけどぉ」


 少しばかり引っかかったので尋ね返せば、注意深く窺っていても見逃してしまいそうなほど僅かな間、犬飼さんの顔が顰められる。あー、なるほど。

 まあ、この樹海に出てくるのはゴブリンばかりだしな。種類は豊富だけど俺もそれ以外の魔物とは出会っていない。ましてや普通の動物なんて影すら見えなかった。


「それって多分、犬飼さんが心のどこかで『ゴブリンを使役したくない』って拒絶してるからだよ。スキルの行使は精神の影響が大きいみたいだし?」

「それ、はぁ……そうかもしれませんぅ」


 俺の指摘に、犬飼さんは眉根を寄せて考え込む。自分でも心当たりはあるようだ。


 俺が教えた【言語翻訳】の曲解悪用もそうだが、基本的に能動系アクティブスキルは発動に本人の意思が重要になる。使おうと思えば発動できるということは、逆に使おうと思わなければ発動しないのだ。


「まあ、犬飼さんは女子だから仕方ないけどね。だってゴブリンってアレだし」

「えぇ、アレですねぇ……」


 アレというのはつまりはアレだ。オブラートに包めば大層な女好き、率直に言って薄い本案件である。ついでに容姿が醜い。

 女子さんたちは程度の差こそあれ、全員が男性不信にかかっている節があった。クラスメイト達からの対応を聞いた限りでは致し方がないが、それが潜在意識でゴブリンの使役を拒否しているのだろう。


 この件に関しては下手に弄ってもかえって悪化する可能性があるので、俺としては時間が解決するまで待てばいいと思うのだが……犬飼さんはどうにもそう考えていないようだ。

 全力を出さないのは怠慢だ、最善を尽くさないのは罪だ――と、自分を追い込んでいる気がする。状況ゆえ、気持ちはわからなくはないが。


 ならば、そのトラウマを誤魔化すのが俺の役目だ。


「犬飼さんは知ってるかなー? ゴブリンは最近のサブカルチャーだと邪鬼とか小鬼なんて表現されることが多いけど、そもそもの原典だと妖精や精霊の一種なんだよ?」

「……? へぇ、そうなのですかぁ」


 突然の俺のうんちく語りに、意図が掴めぬ犬飼さんは訝し気にしながらも相槌を打つ。


「伝承ではドワーフやノームっていう土の精霊が、邪悪に堕ちたり瘴気で汚染されることで変転したのがゴブリンなんだ。つまりはそれらをキレイキレイすれば元の善良な妖精に戻るかも?」

「それはぁ……その通りですけどぉ、結局机上の空論ではないですかぁ?」


 どうやら言いたいことは伝わったようだが、犬飼さんはそれを不可能だと思い込んでいるようだ。常識的に考えればその通りではある……が。


「なんで無理って決めつけるの? ヒーローやヒロインの愛とか勇気とかその他諸々が、敵の悪心を浄化するなんてありふれた話じゃん。ついでにその後は追加戦士として仲間になるのも鉄板展開だよ? よく日曜の朝に放送されてるよね?」

「あのぉ、それはあくまで小さな子向けのフィクションですからぁ……」

「フィクションだろうが空想だろうが妄想だろうが、こっちはファンタジーが味方に付いてるんだよ? 為せば成る、そして信じれば成るんだよ。だって夢と幻想の世界ファンタジーなんだから」


 敵だったときは醜悪な姿をしていても、味方になった途端に可愛く格好良くなるゲームや漫画なんていくらでもある。だってその方が都合がいい人気が出るから。


 雨垂れ石を穿ち、蟻の一念天に届く――ならば人の妄念は摂理すらも超越するだろう。きっと、多分、おそらくは。


 だませばいい、かたればいい。自分さえもを完璧に欺ければ、それはもう真実と変わらない。


 俺の強い語気に乗せられたのか、段々と犬飼さんの茫洋とした瞳に火が入りはじめる。

 彼女の中で常識が書き換わり始めた。ゴブリンが嫌悪するべき対象から、使役して妖精や精霊へと生まれ変わらせるべき存在へと。


「……わかりましたぁ。私ぃ、やってみますぅ」

「そう、その意気だよ」


 使役するゴブリンを探すために移動を開始する犬飼さんの背中を、俺は内心で微笑みながら見つめる。どうやら上手く意識を転化させられたようだ。





 ――そして、結果。


「使役には成功しましたけどぉ、やっぱりゴブリンのままじゃないですかぁ!」

「いや、別に確実にそうだとは言ってないよ? そうだったらいいな、ぐらいのニュアンスだったはずだよね?」


 涙目の犬飼さんに怒られました。だから女子の上目遣いは男子特効だと(ry


 なお、その後『一匹使役したんなら、二匹も三匹も変わらないよね』理論で説得そそのかし、最終的に彼女が使役するゴブリンは五匹になった。疲れたな?



 

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